ヤケヤスデ(?)の幼体
昨日今日と、少し暖かい日が続いている。しかし、我が家の庭にはユスリカの類が時折飛んでいる程度で、撮る気の起こる虫は現れない。昨年の暮れに撮ったネタもあるが、これは英国の古本屋に注文した文献が届いてから掲載したい。・・・と云う訳で、今日は昨年の今頃撮った土壌生物を紹介することにする。 普通、土壌生物を採集するにはツルグレン装置と云うものを使用する。それなりの店に行けば完成品を売っている(通販でも買える)が、白熱電球のスタンド、篩、大きなロートとコップがあれば、自分でも作れる様な簡単な装置である。その内、徹底的にネタ不足になったら自作するかも知れないが、今のところは作るのも面倒なので、土壌生物を探す時には、シャーレに土を入れ、少しずつ掻き分けて調べる程度にしている。 そんな簡単な操作?でも色々と奇怪な虫が出て来る。今日、紹介するのはそうやって見つけたヤスデの幼体である。ヤケヤスデ(多分)の幼体.体長は約7mm胴節は18節ある様に見える(写真クリックで拡大表示)(2010/01/25) 体長は約7mm。この辺り(東京都世田谷区西部)に居るヤスデと云えば、ヤケヤスデ(Oxidus gracilis)位なもので、成体の体長は20mm程度だから、これはその幼体であろう。この幼体は色が極く薄いが、成体は背面が焦茶色乃至海老茶色で、腹面と肢はかなり淡い色をしている。危険を感じると丸まって防御態勢に入る。これは、フサヤスデ等の一部の目を除いたヤスデ類(倍脚綱)の特徴である。ヤケヤスデの幼体で間違いはないと思うが、確証は無いので、一応「?」を付けておくことにした。尚、似た様な種にアカヤスデと云う別属の種が居るが、これは成虫越冬なので、その幼体である可能性はない。 村上好央氏の「ヤケヤスデの生活史」(動物学雑誌 71(8), 1962)に拠れば、ヤケヤスデは秋に繁殖活動を行い、5~7齢の幼体で越冬し、翌年の初夏に成体になるとのこと。他に、春に繁殖行動をし、成虫で越冬する別の系統(strain)があるとしていたが、これは後に同著者により別種であることが明らかになった(村上好央(1966) ヤケヤスデの生活史についての訂正, 動物学雑誌 75(2))。少し横から撮った写真.第2~4胴節には各1対以降の胴節には各2対の歩肢がある(写真クリックで拡大表示)(2010/01/25) ヤスデの体は、頭部と胴部に分けることが出来る。写真の幼体の胴節数を数えると(胴部の第1節と最後の2節程度は、その間の部分とは少し形が異なる)、胴部は18節から成る様である(最初の写真)。 ヤケヤスデはオビヤスデ目ヤケヤスデ(Paradoxosomatidae)科に属し、「日本の有害節足動物」では、成体の胴節数は20とされている。渡辺力著「多足類読本」に拠ると、オビヤスデ目は完増節変態を行う。これは加齢(脱皮)と共に体節数が増加し、成体になると脱皮を止め、同時に体節数の増加も止まる変態形式である。丸まって防御態勢に入ったヤケヤスデ(多分)の幼体頭部を内側にして守っている(写真クリックでピクセル等倍)(2010/01/25) 写真の幼体の胴節数はまだ18なので、これは今後脱皮により節数が2つ増加すると云うことである。体長は約7mmで、まだ成体の1/3程度だが、「多足類読本」には、ヤケヤスデは7齢を経て成体となると書いてあるので、6齢位の幼体なのかも知れない。防御態勢を解除しつつあるヤケヤスデ(多分)の幼体頭部が内側になっているのが良く分かる歩肢には折れているものが多い(写真クリックでピクセル等倍)(2010/01/25) ヤスデは、一般に第2~4胴節には各1対、以降は最後の2節を除いて各胴節に2対ずつの歩肢を持つ(第1胴節に肢はない)。ヤスデは、この世で最も肢の多い生き物である。最大はカルフォルニア産のIllacme plenipesで、何と、750本もの肢を持つと云う。 一方、ムカデ類では、後部の胴節でも歩肢は各節に1対しか持たない。ムカデは漢字で「百足」と書く。しかし、ジムカデ目以外のムカデ類では、歩肢数は最大で46本、100本には遠く及ばない。100本に達する歩肢を持つのはジムカデ目のみで、最大は191対(382本)の種類があるそうである。しかし、何故か、歩肢対の数(=肢を持つ胴部の節数)は何れも奇数ばかりで、偶数の歩肢対数を持つ種類は知られていない。100本の肢、と云うことは歩肢対数は50で偶数であり、この様な歩肢対数を持つムカデは未だに知られていないのだそうである(以上、何れも「多足類読本」に拠る)。第1胴節は他の胴節と形が異り肢もない触角の先端2節は色が濃い(写真クリックでピクセル等倍)(2010/01/25) ある種のヤスデは時々大発生し、これが大群を成して線路を渡り、それを踏んだ汽車の動輪がヤスデの脂で空転して汽車が動かなくなる、と云う記事を新聞などで見ることがある。この種の騒動を引き起こすのは、普通、その名もキシャヤスデ(汽車馬陸)と云う種類なのだが、今日のヤケヤスデも汽車を止めることがあるらしい。「新島溪子(2001):ヤケヤスデ列車を止める,Edaphologia (68)」に拠れば、平成12年7月19日に大糸線平岩駅の近くでヤケヤスデが大発生し、臨時急行列車「リゾート白馬アルプス」は2時間半に亘る停車を余儀なくサルルノ已ムナキニ至レリ、とのことである。 ヤケヤスデなど、何処にでも居る「つまらない」ヤスデだと思っていたが、時には、中々やるモンですな!!