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カテゴリ:中国という国
北京オリンピックが閉幕した。
「大丈夫なのか?」と心配してしまいそうなほどのスリリングな準備段階だったが、 「ホンマに開幕した」という段階を過ぎ、 「ホンマに何もなく閉幕した」という感がある。 最高警戒エリアのはずの開幕式の鳥の巣に行っても私の命はまだ大丈夫だったし、 それ以外のヤバい目にも遭うことがなかった。 あんまり何にも起こらなかったので、拍子抜けするくらいだった。 武装警察も公安も街にうようよいたけれど、 彼らを見ても抱く緊張感は日に日に薄れていった。 なんだかそれがあまりに日常になりすぎて。 多分彼ら自身も緊張感が緩んできたので、妙なオーラを発さなくなったのであろう。 それは4年前、「オリンピックの翌日ってどうなっているのかね? みんないなくなって、ゴーストタウンみたいになるのかね?」という 友人の言葉を聞いた記憶があるが、 こうして閉幕式の翌日になっても、街は正常に機能しているし、 北京のどっかで暴動が起こってという情報は今のところ確認していない。 表面的には何も変わらない。 しかし、感じるね。祭りの後の途方もない虚脱感。 日本人の私自身、つい日本のテレビでオリンピックの映像を探してしまうんだから、 いわんや北京の中国人よ。 金メダルを51個も獲得して、世界中から史上かつてないほど注目されて、 外国からいろんな人がやんややんやと押しかけて、 ともかく心の中では未曾有のお祭り騒ぎ。 (街頭でお祭り騒ぎだったとは思えないのだが。) 簡単に頭の中が切り替わるとは思えない。 これに中国人が耐えられるのかってことだ。 それに間もなく中秋節の休みが来る。(9月13日~15日) それが過ぎたら今度は労働節。(9月29日~10月5日) 仕事に身が入るとは思えない。 と同時に、オリンピックの余韻に浸っていたって中国の厳しい現実は変わらない。 どんなにいい夢見心地だっていつかは目が覚めてしまうのだから。 9月20日を過ぎれば、営業停止を食らっていた街の小さな店は営業を再開、 出稼ぎ労働者が戻ってきて、ビルの工事は再開される。 これまでのような「オリンピックのために」というスローガンがなくなったときに どうなるんだろうか? しばしその様子を観察、観察。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2008.08.28 12:17:50
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