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偐万葉田舎家持歌集

偐万葉田舎家持歌集

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2021.08.12
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カテゴリ:銀輪万葉
(​承前​)
 前ページの続きです。

(須磨浦公園から平磯緑地まで)
 前ページで、須磨区西須磨と垂水区塩屋町の境界となっている堺川の谷をうっかり見落として通り過ぎてしまったこと、この谷が畿内と畿外を分かつ境界とされた赤石の櫛淵であることを記しましたが、日本書紀の当該記述は次の通りです。

凡そ畿内(うちつくに)は、東は名墾(なばり)横河(よこかは)より以来(このかた)、南は紀伊()兄山(せのやま)より以来(このかた)​、西は赤石(あかし)櫛淵(くしふち)より以来(このかた)、北は近江(あふみ)狭狭波(ささなみ)合坂山(あふさかやま)より以来(このかた)を、畿内国(うちつくに)とす。(日本書紀 孝徳天皇大化2年正月の条)

​​​​ これは改新の詔の一部で、畿内の範囲を定めたことを記述している。
 文中の、名墾の横河は名張川のこと、紀伊の兄山は和歌山県伊都郡かつらぎ町の背山のこと、合坂山は逢坂山のことである。
 つまり、この堺川の谷が赤石の櫛淵であるなら、ここが摂津国と播磨国との境界ということになる。
 したがって、ヤカモチは既に播磨の国に入ったことになる。
 播磨国に入って、最初に訪ねるのは平磯緑地である。
 この緑地には万葉歌碑が6基あるということなので、銀輪万葉としては外せない。
 緑地にさしかかってすぐに進入口がある。
 小高い丘になっているので坂道を上ることになる。
 上りきったところが万葉のこみちになっていて、歌碑の案内板が設置されている。
​​​​
(万葉歌碑案内板)

(平磯緑地万葉歌碑位置図)

(垂水ゆかりの万葉歌碑)
 案内板の左部分の説明文を拡大したのが上の写真ですが、それによると、これらの歌碑は平成6年11月に「垂水に古典文学碑を建立する会」によって設置されたものであることが分かる。
 では、歌碑番号順に見てまいりましょう。

(1番歌碑 巻8-1418番歌)​​​​

いはそそく 垂水(たるみ)(うへ)の さわらびの
    萌え()づる春に なりにけるかも (志貴皇子 巻8-1418

 「いはそそく」の原文は「石激」で、古来からの訓は「いはそそく」であったが、賀茂真淵が「いはばしる」と訓を改めて以来、これが支持されて広まった。ヤカモチも学校で習ったのは「いはばしる」であったから、「いはそそく」という訓のあることは承知していたものの、もっぱら「いはばしる」で馴染んで来たので、いはそそく、では何かしっくり来ない。
 しかし、「激」の漢文訓読では「そそく」と訓むことが多く、「はしる」と訓まれた例はないとして、最近は「いはそそく」の方が再び有力になっているようです。

(2番歌碑 巻12-3025番歌)

石走(いはばし)る 垂水(たるみ)の水の はしきやし 君に恋ふらく ()が心から(巻12-3025
 こちらの原文は「石走」であるから、「いはばしる」という訓に異論の余地はない。
 「石走る垂水の水の」は「はしきやし」を導き起こすための序詞。
 「はしきやし」は、いとしいという意味の「はし」の連体形「はしき」に間投助詞の「や・し」が付いて意味を強めているもので、「いとしい、いとしいアナタ」といった感じか。
​​
(3番歌碑 巻7-1142番歌)

(いのち)をし (さき)()けむと (いは)そそく 垂水(たるみ)の水を むすびて飲みつ(巻7-1142

 この銀輪散歩に於いて、ヤカモチが脱水症・熱中症にならぬようにと、木陰に入ったりして、ペットボトルの冷たい飲料を飲む行為も、これと同じであるか。
 こちらの原文は「石流」で、「石激」同様に賀茂真淵による改訓で「いはばしる」となったが、こちらも「いはそそく」が復活である。

(4番歌碑 巻3-413番歌)

須磨の海人(あま)の 塩焼き(きぬ) 藤衣(ふぢころも)
 
  間遠(まとほ)にしあれば いまだ着なれず (大網公人主(おほあみのきみひとぬし) 巻3-413

 これは、前ページ(その4)の記事の須磨海浜公園のところで記載した歌ですな。
 宴会での吟であるから、座の誰かから「彼女とのことはうまく行っているのか。」などとからかわれたことに対する返しの歌かもしれない。
 塩を焼く時に海女が着る藤衣は織り目が粗くて着慣れないのと同じで、たまにしか逢っていないので、彼女とはまだ馴染んだ仲にはなっていない、と言っているのであろう。

(5番歌碑 巻3-255番歌)

天離(あまざか)る 鄙の長道(ながち)ゆ 恋ひ来れば
      明石の()より 大和島(やまとしま)見ゆ (柿本人麻呂 巻3-255

 海路、西への旅では、明石海峡を越えると生駒山など大和の山は見えなくなる。逆に、西の旅から帰って来た場合は、ようやくここで大和の山々が見えるようになる。まさに明石の門であった訳です。
 上の歌は、帰って来て大和島を目にした喜びを詠っている。

(6番歌碑 巻3-254番歌)

灯火(ともしび)の 明石大門(あかしおほと)に 入らむ日や
    漕ぎ別れなむ (いへ)のあたり見ず (柿本人麻呂 巻3-254

​​ こちらは、5番歌碑の歌とは逆に、明石海峡を越えて西国へと旅する時の歌。大和の山々、即ち「家のあたり」が見えなくなることへの嘆きと言うか、心細さと言うか、旅愁を詠っている。
 ところで歌碑の字であるが、揮毫者によって色々であり、その書体を味わうという楽しみもあるのだろうが、時に崩し過ぎた書体で何と書いてあるのか分からないものもある。歌碑の字は、副碑などに頼らずとも多くの人が読めるものが望ましいと思う。
いたづらに 奇をてらふなかれ 素直なる
        字のよみやすく あるこそよけれ (歌碑家持)


(参考地図 平磯緑地から五色塚古墳まで)
 平磯緑地を出て、国道2号を西進。JR垂水駅前を少し西に行ったところにあったのが海神社。

(海神社)
<参考>​海神社(神戸市)​・Wikipedia
    海神社公式サイト

 「海神社」と書いて「わたつみじんじゃ」。
 綿津見神社とも表記される。​​​
 「かいじんじゃ」とも呼ばれるようだから、そう訓んでもいいのだろうが、
古くは「たるみ神社」「あま神社」とも呼ばれていたらしい。
 「たるみ」は本来の祭神が垂水神であったことを意味し、「あま」は当神社が海直
(あまのあたい)氏の氏神を祀る神社であったことを意味しているという。
 現在の「わたつみ」という訓は、明治7年(18771年)に本居宣長の説を採用して決められたものだそうな。
 祭神は、綿津見三神。
 上津綿津見神(カミツワタツミノカミ)=海上:航海の神
 中津綿津見神(ナカツワタツミノカミ)=海中:漁業の神
 底津綿津見神(ソコツワタツミノカミ)=海底:海藻、塩の神

(同上・拝殿)
 神社の由緒。神功皇后が三韓征伐の帰路、嵐で船を進めなくなり、綿津見三神を祀り、祈願したら嵐がおさまり船を進めることができた。神功皇后が神を祀った場所に社殿を建てたのが当神社とのこと。
 この銀輪散歩の出発点でもある敏馬神社の創建説話と似たような話。
 同様の創建説話は、神戸市兵庫区の長田神社、同中央区の生田神社、西宮市の広田神社、大阪市住吉区の住吉大社にもある。神功皇后は、行く先々で色んな神様から「我を祀れ」と言われて、これを祀ることで無事に船を進めることができている。これは神様にモテたということなのか、折り合いが悪かったということなのか(笑)。まあ、仲哀天皇没後の天皇空位という不安定な政治状況を反映したものとも言えますかな。
 海神社の前から南に下る坂道には海神社の赤い大鳥居があり、それを潜って海べりの道を東に少し戻ったところにあったのが、寶ノ海神社という小ぢんまりした神社。

(寶ノ海神社)
 海神社と関係があるのかどうかは不明だが、どうやら無関係のよう。鳥居の扁額を見ると、金刀比羅大権現、恵美須大神、大黒天大神と祭神の名が記されている。
 上掲の参考地図にも表示されているように、この後、五色塚古墳へと向かいますが、これは明日以降のこととします。
 今回の銀輪散歩もいよいよ大詰め、終盤近くとなりました。多分、次回で完結かと思います。(​つづく​)
​​​​​
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最終更新日  2021.08.13 17:29:33
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