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2020.10.07
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カテゴリ:Heavenly Rock Town
「地上の感染症、米国の現役大統領まで罹患したらしいな」
「そうらしいね、もう回復したようだけど」
「既に100万人超がそれでこっちに来たって、エプスタインが言ってたぞ。こんなロックフェスじゃ焼け石に水だな」
「まぁでも何もしないよりはいいんじゃない?とはいえイアンも俺も不参加だけど」
「そうだな。俺たちは俺たちのやり方で宣伝に協力してるから良しとしよう。OK、リッキー、テープを貼ってくれ」
 今日届いたばかりのロックフェスのポスターを、イアン店長が大通りに面した店のガラス壁に押し当て、仕事帰りに立寄ってくれたリッキーが、相変わらずイアン店長に使われつつも嫌な顔一つせず、テープで貼り付けている。今の二人からはロックスターのオーラをまるで感じないが、ステージ上で輝く二人を是非見てみたかった。
「助かったよ、リッキーがちょうど寄ってくれて。キオじゃ手が届かなかったからな」
 そう言って、チラッとイアンが意地悪っぽい視線をレジカウンター内にいる私の方に向けた。
「どうせ私はチビですよーだ」
 私の身長は161cm。地上にいた頃は自分がチビだと感じたことはあまりなかったが、この町では完全に低身長の部類に入る。
 リッキーはテープカッターをレジカウンターにそっと戻すと、レジ横に積んでいるロックフェスの案内チラシを手に取って独りごちた。
「本土3ヶ所で分散開催か…。移動が大変そうだなあ」
 ロックフェスは12月25日から31日までの一週間、本土の3つの町で同時開催される。本土といっても別にこのHeavenly Rock Townが離島というわけではないのだが、ここ以外の町を総称して本土と呼んでいる。私は一度もHeavenly Rock Townから出たことがなく、本土がどのような所なのかはTVや本でしか知らないが、おそらく地上と同じような感じなのだろう。まぁこの町だって住人の多くがロックミュージシャンであること以外は至って普通の、地上と何ら変わらぬ町である。

 帰りにウィルベリーズで夕飯を済ませ、ほろ酔いで帰宅した私達は、先程リッキーが書店から持ち帰ったロックフェスの案内チラシをリビングのテーブルに広げた。
「3会場それぞれに新旧のミュージシャンを上手く組み合わせてるなあ」
 1日6組×7日間×3会場で計126組が出演するようだ。126組といっても全てがバンドを組んでいるわけではなく、プレスリー町長やビル・ヘイリー元町長、ジャニスやジミヘンのような大御所はソロでの出演である。彼らのバックで演奏するのも、勿論有名ミュージシャンだろうけど。
 リッキーは冷蔵庫から取り出したハイネケン缶を開けながら、フェスの出演組み合わせに感心している。私も彼の隣に腰掛け、目を皿にして日程表を覗き込んだ。
「声様はC会場で25日に出演だって。ベンも同じC会場で27日に出るみたい」
 日程表を覗き込みながら記載されているベンの名前を指差すと、どれどれ…とリッキーが顔を寄せてきた。酔っているせいか、やたら顔が近い。これはもうほぼ口付けの距離といってよく、どちらかがひょいと顔を横に向けると、唇が重なりそうだ。しかしリッキーはそんなことなど微塵も頭になかったようで、ベンの名前を確認するとすぐさま離れて頬杖をついた。
「キオは25日と27日にC会場へ観に行くのかい?C会場は結構遠いけど、誰か一緒に行く予定とかはある?」
「あ…そこまで考えてなかった。C会場ってどれくらい遠いの?」
「そうだなあ、高速鉄道で7時間くらいじゃないかな」
「7時間!? 普段この町に観光に来てる人って、そんなに遠くから来てるんだ」
「元々ここは一般社会からロックミュージシャン達を隔離するために作られた町だからね」
 そう言ってリッキーは自嘲気味に笑うと、頬杖をついたままハイネケンを呷った。ロックフェス経験者(といっても出演側ではあるが)に言われるまで、誰かと一緒に行くなんて考えてもなかったが、確かに独りで行ってもあまり面白くないだろう。というより、正直なところ勝手にリッキーと一緒に行くものだと思い込んでいた。やっぱり仕事で忙しいだろうし、ミーハーな一般人の私とは違ってリッキーは本来であれば出演側なのだから、一緒に観に行くのは無理なのかな。
「一緒に行ってくれる人は何とかして探してみる。声様やベンがステージで歌っているところを、見てみたいもん」
「……俺もベンのステージを見たいし、C会場って26日にオリジナルのラモーンズも出るんだよな。俺でよければ一緒に行かない?25日から27日まで3日間、2泊3日で。キオの休みの都合がつけば、の話だけど」
「ホント?本当にいいの?リッキーの仕事の方は?」
「勿論。俺の仕事は大丈夫だよ」
「じゃあ明日イアン店長に聞いてみる。有難う、リッキー!」
 嬉しさのあまり思わず隣に座っているリッキーに抱き付くと、彼は珍しく声を立てて笑った。彼の親友にしてバンド仲間でもあったキースがDVDのインタビューで『彼が笑うと世界がパッと明るくなった』と言っていたが、まさにそんな感じだった。私は顔を上げ、一か八か勇気を振り絞って彼の頬に軽く自分の唇を押し当ててみた。拒絶されたらどうしよう――という私の不安を読み取ったのか、リッキーは少しばかり驚いたようであったが、すぐさま優しく微笑んで私の頭をくしゃくしゃと撫でてくれた。
「明日も仕事だからそろそろ寝ないと。おやすみキオ」
 嗚呼、シンデレラは王子様との身分差って全く気にならなかったのかしらん!?





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Last updated  2023.08.03 15:57:51
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