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HANNAのファンタジー気分

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May 5, 2011
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 震災からもう2ヶ月近くになるのですが、相変わらずニュースはそればかりだし(ビン・ラディン殺害とか、他のニュースも穏やかでなくて)、何となく気が晴れぬまま新学期のばたばたした日々を送っていました。

 関西の日常はほぼ例年どおりなんですが、「こんなに平穏でいいのか?」とか「この日常も一瞬で崩れ去る可能性があるんだなあ」とか、つい感じてしまいがちな私です。

 たしか震災直前まで、西行法師の本を読んでいたんですが、なんだか気分がのらなくなってやめてしまいました。その本によると西行ってひたすら自分の心の問題にとりくんでいて、周りの騒ぎ(戦乱)なんかどうでもいい感があるんですよね。

 霧島の噴火による大災害をシュミレートした『死都日本』も、ようやく図書館で予約がとれたのに、事実は小説よりもナントヤラなので、今はちょっと読む気がしないです。

 で、やっぱりこういう時にはなじみの本。佐藤史生の二つの長編『ワン・ゼロ』『夢見る惑星』です。もうこのブログにも何度も登場させていますが、コンピュータとインド神話がらみの宗教的近未来SFと、地殻変動による大災害を前にした太古の人類のファンタジーです。
 どちらの話も、世間がこのように騒がしく恐ろしい時、それに対してどんな心持ちで居ればよいかを教えてくれるような気がするんですね。

 たとえば、大災害を暗示するエル・ライジアの言葉;

  人びとが救いを求めて神殿の階段をかけのぼってくる…
  その時 百万の美も千万の富ももはやチリにひとしい
  そういう時がこないとはだれにも言えない ということです

  わたしは恐ろしい その時すがるものを持たぬ魂が
  どれほど悲痛な叫びをあげるかと          ――佐藤史生『夢見る惑星』

 このセリフはなぜか、物語最後で実際に起こる大災害の描写よりも、ずっと強烈に私の中に記憶されていて、3月11日以来なんども頭の中に浮かんできます。

 それから、人知を越える「自然」の力のすさまじさについては、“神”と戦い敗れつづける“魔”たちに向かっての都祈雄のセリフ;

  「“神”の力は無限だからな
  遍在する万物の因(みなもと)に由来するのさ」
  「無尽の力の前に何ができよう?」
  「人間は雨風を防ぐ家を建て 子どもを育てるじゃないか」
  「雨風もまた無尽…か よかろう 我々は力の残っている限り御身らの招請に応えよう」
                            ――佐藤史生『ワン・ゼロ』

 これも、最近よく思い出される言葉なんです。生きるということに必死になっている避難所の方々のニュースをみたり読んだりするときなんかに。

 コミックスですから絵もすばらしいんですが、限られたスペースにこめられた言葉のひとつひとつが、金言のように心に残っています。余震のニュースに落ち着かない夜なんかに、本棚から引っ張り出して読んでいました。
 そういえば、阪神淡路大震災の時にも『夢見る惑星』を、オウム真理教の事件の時には『ワン・ゼロ』を、何度も読み返したものでした。
 世間が不穏なときに読みたい本。自分の中にそんなジャンルもあるんだなと、再認識したこの2月間でした。





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Last updated  May 5, 2011 10:37:55 PM
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