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HANNAのファンタジー気分

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November 1, 2021
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 最強の英雄クーフーリンが活躍する、アイルランドの古典。後書きにあるとおり、FGO人気のおかげで、私がずっと読みたかった原典『トーイン クアルンゲの牛捕り』が文庫になったなんて、ラッキー!
 もちろんクー・フリン(クー・フーリン)もメイヴも、FGOのキャラ(実はよく知らないけど)とは似て非なる…というか、かなり異なるようなんですが、いいんです。『ギルガメシュ叙事詩』でも書きましたが、伝説というのは語り継がれ様々に脚色されなおしながら生き続けるわけですから。

 タイトルは「クーリーの牛争い」などの表記が今まで多かったですが、この本では「クアルンゲ」と現地読みっぽい。これはダブリンの北、国境に近い地名(クーリー半島)です。
 ちなみにローズマリー・サトクリフの『炎の戦士クーフリン』(灰島かり訳)では「クエルグニー」、O・R・メリングの『ドルイドの歌』(井辻朱美訳)では「クーリニャ」(「ニー」「ニャ」の部分は格変化語尾)などと様々で、カタカナ表記の難しさを示している気がします。
 アイルランド語(ゲール語)は語尾変化や母音変化が多くて、英語とは発音が違う固有名詞もあり、ややこしくて分かりません。でもこの手の物語はその土地に昔から根付いて語り継がれたものだけに、固有名詞がけっこう重要な役割を果たしていて見過ごせない。
 人名についても、たとえば「クーフーリン」「ク・ホリン」「キュクレイン」、表記によって印象がだいぶちがいますね。

 この本には、そういう固有名詞が、とめどなく出てきます。
 まず、メイヴ女王率いる侵略軍の出発点は、コナハトの中心地クルアハン(Curuachan)。うしろの注(これがたいへん充実している)によると、

  「塚山のある場所」という意味である。今日のロスコモン州ラークロハンに近い土地だと考えられ…(後略)  ー――『トーイン』注 栩木伸明

 たまたま先日、ハロウィーンの起源についての記事ナショナル・ジオグラフィック・ジャパン)を読みましたが、ラスクロハンにある塚こそハロウィーン(サーウィン)の祭祀の発祥の地だと紹介されていました。
 ラークロハン=ラスクロハン(Rathcroghan)で、rathは古代ケルト人の円形土塁に囲われた居住地または砦。さらに調べると、croghan=cruachanで、この言葉はcruaigh「固くする」の名詞形。スコットランドのゲール語では「積み上げたもの」の意味もあるそう。古代アイルランド人はスコットランドとの行き来が結構あったらしいので、参考までに。
 石や土を積み上げた塚山で、サーウィン夜、メイヴ女王がおどろおどろしい?祭祀を主催していたのかも・・・というふうに、固有名詞の沼で妄想がふくらみます。

 本文に戻りますと、侵略軍の通った地名がどーっと羅列されたあと、あちこちでクー・フリンがコナハト側の誰それを倒すたびに、倒された者にちなんだ地名が紹介されます。キリウスを浅瀬で殺したらその浅瀬は「アース・キルネ(キリウスの浅瀬)」、29人もを斬り殺した場所は、剣が血まみれになったので「フリアルン(血鉄)」などなど。
 私たちには何処が何だかさっぱりですが、日本だと「古事記」でヤマトタケルが、
 「我が足は三重に曲がれるがごとくして、はなはだ疲れたり」
と言ったから、「三重」という地名ができた、とある、あれとそっくりです。

 後半では、アルスター軍の集結の場面で、各地から続々と集まる軍勢とその隊長の美々しい描写がえんえんと続きます。ホメロスの『イーリアス』に出てくる「軍船のカタログ」みたいです。
 外国人には退屈な大量の地名・人名も、たとえば鉄道の駅を端から全部たどったり、故郷出身のスポーツ選手や芸能人を挙げていくようなときに、なじみのある地名、知っている有名人が出てくると嬉しいし、一緒に数え上げたくなりますよね。
 たぶん聞き手たちは、そういう親しみと期待をもって次から次へと出てくる固有名詞を楽しんだのでしょう。
 ・・・そう思って、呪文のような固有名詞を読み流すもよし、気になるものは注を読んだり検索などして脇道にそれるもよし。

 肝心のヒーロー、クーフーリンの話は、次回に。





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Last updated  November 8, 2021 12:50:16 AM
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