愛読の『花岡信昭メールマガジン』の1月31日号の読者投稿を読んで
目が涙でうっすらかすんでしまったぜ。
以下、引用。
≪「敗戦時、わが国は生産設備の90%を爆撃で失い世界の最貧国の一つでした」
と某氏が書いておられましたが、
当時の日本には素晴らしい人たちが いました。
2つほど例を挙げさせてください。
かれらのお蔭で日本は復興したのです。
1.三沢基地に当時務めていた某米軍将校が
外出中
日本人の子供たちにお菓子を与えて
基地に帰ってきたところ、
ある日本人の婦人が訪ねてきていた。
近在の農家の主婦であった。
「子供があなたからお菓子をもらったが、
ただで いただくわけにはいかない」
といって
「持ってきた野菜を受け取ってください」
と言って きかなかった。
その米軍将校は、
「我々はこんな恐るべき国民と戦ったのか」と
恐怖心を覚えたそうである。
2.ある日系米国人が日本占領中、
親の祖国を見たいと思いGHQ勤務を志願した。
日本に着任して
靴を靴磨きの少年に磨いてもらっていたとき、
たまたま持っていたジャム付きのパンを与えたところ、
少年は食べずにポケットにしまった。
腹が空いているはずなのに不思議に思い、
「何故食べないのだ」
と訊いたところ、
「妹に食べさせる」
と答えた。
それを聞いてその日系米人は、
「あー、日本は大丈夫だ」
と思ったそうである。
(ST)
<花岡信昭コメント>
たしかに当時の日本にはそうした「矜持」がありました。
これがどこへ失われたのか、考えたいですね。≫
いや、
そういう「日本の本領(そこぢから)」は、
しっかり健在だと思いますよ。
だって、
農家のおかあちゃんや靴磨きの少年のこと
「ああ、日本人だ!」
と思いませんか。
花岡信昭さんのブログはこれ:
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