テーマ:中国&台湾(3304)
カテゴリ:ぼくの食堂
芥川賞受賞作 『時が滲 (にじ) む朝』 に、主人公・梁浩遠 (りょう・こうえん) のおふくろの味として登場するのが 「羊肉泡摸」 (ようにくほうも) だ。
単行本だと6ページと129ページに出てくる。 (「羊肉泡摸」 の 「摸」 は正しくは 手へんでなく食へん。) 6ページの箇所は、こうだ。 ≪「もうご飯にしよう。浩遠、あんたの大好物の羊肉泡摸 (ヤンローポオモオ) だよ」 母は父の話を遮って、浩遠の手を引っ張って食卓の前に座らせた。 「羊肉泡摸、久しぶり、腹が減ったな」 浩遠の顔にやっと笑みが浮かんだ。 兄も妹ももう待ちきれない様子で、手で白い、お月様のような摸をちぎろうとしている。≫ せっかくの団欒シーンだが、どういう食べ物なのか、この描写ではあまりに素っ気なく、想像の広げようがない。 129ページでは、浩遠が父の声を聞きたくなって、日本から中国の実家に電話する。 ≪「どうかしたのかい?」 父は気にかけて訊いた。 「うん、んん」 気がくさる浩遠は喉が塞がれ、否定するのに頭を振って、息が荒くなった。 「羊肉泡摸が懐かしくなっただろう? 食べたければいつでも帰って来い」 「うん」 荒い息は嗚咽になった。≫ 大の大人から嗚咽を引き出すほどのソウル・フード (癒しの食)、羊肉泡摸 (ようにくほうも) とは、いかなる食べ物なのか。 中国内陸部の家庭料理なので、広東料理・上海料理・北京料理などを出す店ではお目にかからない。 さすが東京には、これを食べさせてくれる店がある。 「西安刀削麺酒樓」 というチェーン店。 (本稿の末尾に店の一覧を掲げたので、参考にしてください。) 作中にいう 「白い、お月様のような摸」 ってのは、こんな具合。 (「摸」は正しくは手へんでなく食へん。) 西安刀削麺酒樓では、ピザの一切れのように切ったのを出してくれた。 こうやって切る前の、丸い形の おやき は正に 「白い、お月様のような摸」 だろう。 厚さ1センチほど。 小麦粉を固く練って、発酵もさせず ふくらし粉も加えず、そのまま弱火で焼いたもの。 これをまず細かくちぎるのであります。 そしてそれが厨房に戻され、羊肉と春雨とともに滋養たっぷりのスープで煮込まれて出てくる。 ど~ですか。 付け合せは、ラッキョウとコリアンダー、豆板醤 (とうばんジアン)。 ご覧のとおり 「小粒のすいとん(水団)」 というのがぴったり。 食感も、すいとん そのもの。粉をいったん練って焼いてあるので、澱粉がスープにあまり溶け出さないのも、いい。 『時が滲む朝』 でも、「羊肉泡摸 (ヤンローポオモオ)」 ではなく、「羊の煮込みスープのすいとん」 と言うておれば、日本語の読者の脳裏にイメージを大いに広げたのではないか。 椀の底にひそむ羊のぶつ切りも食いでがあります。 スープに豆板醤を加えて、いっそう食が進みます。 西安刀削麺酒樓のメニューによれば、 「羊肉泡摸」 は ≪お好みの大きさにちぎった西安式ナンを柔らかなラム肉、ヘルシーな春雨と一緒にさっぱりしたスープで煮込んだ西安名物料理。≫ なるほど。 「西安式ナン」 ときましたか。 日本人には、この説明がいちばん直截 (ちょくさい) で分かりやすい。 西安刀削麺酒樓の 「羊肉泡摸」 は、大が1,000円、小が630円。 写真は、小。 ひとりなら、これで大満足だ。 わたしが敢えて 「ようにくほうも」 と音読みするこの食べ物。 西安刀削麺酒樓のレシートを見たら 「ヤンルーポーモー」 と書いてあった。 『時が滲む朝』 では 「ヤンローポオモオ」 だが、北京音を正確にカタカナに移せば 「ヤンロウパオモー」 なのだ。 こういうカタカナ化のいい加減さが、わたしには許せない。 西安刀削麺酒樓の三田店 (下の写真。目下、仮店舗) で撮った。 三田店は、港区芝五丁目25-7。電話 03-3769-6568. 年中無休。 ほか、 虎ノ門店。 港区虎の門一丁目11-10、電話 03-5512-7088. 日曜・祝祭日休み。 神田店。 千代田区鍛冶町一丁目5-3 泰成ビル、電話 03-3253-5993. 土・日・祝祭日休み。 神保町店。 千代田区神田神保町二丁目26-7。電話 03-3239-4466. 日曜・祝祭日休み。 本郷店。 文京区本郷二丁目40-13 本郷コーポレイション2階。電話 03-5842-3118. 年中無休。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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