テーマ:詩(908)
カテゴリ:詩詞・短歌・俳句
ぼくの母校・愛光学園 (松山市) の高校1年生に、野村美月というひとがいる。
彼女のつくる俳句の感性が、ずば抜けている。このひとは、伸びる。 世間もほうっておかず、高校生俳句大会のいくつかで受賞している。 美月さんの句は、こんな句だ。 正 統 の 王 を 名 乗 れ よ 雨 蛙 美 月 小 春 日 や フ ラ ス コ の 首 恐 ろ し き 神 無 月 (かんなづき) 標 本 の 蝶 燃 や し け り 第12回神奈川大学全国高校生俳句大賞を受賞した。彼女の自註がある。 ≪私の空想の世界では、<雨蛙> は高貴であるし、<フラスコ> は折れそうで そら恐ろしい生き物であるし、<蝶> は炎の中 鱗粉をまき散らし羽をぼろぼろにしながら舞わされる。 この三句は、そのようすを写生した、いわば 「空想写生」 の俳句である。≫ 作句のプロセスを 「空想写生」 と名づけたのは、手柄だ。 “空想写生” で Google 検索してみたら、ヒットしたのは4件だけで、俳句とは無関係のものばかり。 野村美月さんは高校1年生にして俳句論のキーワードを創造してしまったわけ。 これだけでも、偉大だ。 ちなみに俳論キーワードのうち、同じ4文字熟語の “二物衝撃” を Google 検索したら 28,400件のヒットだ。 「空想写生」 というキーワードの独創ぶりがわかる。 「空想写生」 は、美術や音楽を語るのにも使えそうだ。 自分の脳内のプロセスを客観視し、まさに写生することで生れたキーワードだ。 * 雨蛙の句の 「正統の王を名乗れよ」 は、ロード・オブ・ザ・リングばりの西洋ファンタジーを連想させる。 蛙は、わずか12文字で泰西空想世界にワープした。 “正統の王を名乗る” も、ありそうでいて、美月さんのオリジナルだ。 Google 検索しても、俳句と無関係の1件しかヒットしない。 「フラスコの首恐ろしき」 でふと、ろくろ首を想う。 “フラスコの首” + “恐ろしい” で検索したが、フラスコの首を 「恐ろしい」 と評した用例は出てこなかった。 だから、オリジナリティは高い。 これをたとえば * 夏 の 夜 フ ラ ス コ の 首 恐 ろ し き とすると、もろに ろくろ首 の世界で、付きすぎ。 「小春日」 の駘蕩(たいとう)に、フラスコの首をひやりと ぶつける感性がいい。 ぼくの句に 理 科 室 の 人 体 模 型 日 脚(ひあし) 伸 ぶ 伊澄航一 というのがある。 この 「人体模型」 もまた 「恐ろしき」 存在として「日脚伸ぶ」の駘蕩にぶつけたのである。 神無月の句を読んだ翌朝、 「 『蝶の標本燃やしけり』 だったよな……」 とつぶやきつつもう一度、句を見たら、 「標本の蝶燃やしけり」 だった。 「蝶の標本」 では詩にならない。燃やすのは 「標本の蝶」 でなければならない。 標本というモノを燃やすのではなく、標本という仮の姿をした蝶という存在を燃やす。 ぼくみたいな おじさんは、ここですぐに * 雪 女 郎 標 本 の 蝶 燃 や し け り みたいな安易な道を考える。 蝶を燃やして散る灰を雪に見立て、犯人として雪女郎をもってくるという、おざなり。 ここで月の名の 「神無月」 という茫漠たる季語を配合したことで、説明っぽさのない句としてまとまった。 角川春樹 編 『現代俳句歳時記』 で 「神無月」 をみると か ん か ん と 鳴 り 合 ふ 竹 や 神 無 月 山田みづえ 君 骨 と な る を 待 ち を り 神 無 月 秋山巳之流 などの句が、燃える標本の蝶 に近い連想に支えられている。 美月さんには、神無月の句がもう1句ある。 烏(からす) だ け の プ ラ ッ ト ホ ー ム 神 無 月 美 月 これも、描く世界は さきのいくつかの句と近い。 烏の句は、子規顕彰松山市小中高校生俳句大会で特選となった。 * 美月さんのいまひとつの句に打ちのめされた。 夏 手 袋 革 命 の 夜 の 脈 打 て る 美 月 夏手袋に、革命、とは。 「夏手袋」 は、貴婦人の礼装用のレースの品。 夏 手 袋 に 透 く 手 美 し 脱 ぎ て も か 辻井夏生 下層の民を連想させる 「革命」 の対極にある。 貴婦人にとって、革命の夜とは。 貞淑を強いる周りのプレッシャーを手袋のように脱ぎすてて、身分ちがいの男に身を委ねる夜。心臓がひときわ脈打つ。 ぼくなりに空想写生の絵解きを行いながら、ぞくぞくした。 夏手袋の句は、第12回俳句甲子園全国大会で ひめぎん(=愛媛銀行)賞をもらっている。 ぼくの絵解きによればアブナい名句ということになるが、さて、愛媛銀行の諸氏はこの句をどう読んだのだろう。 以上、野村美月さんの句と自註は、愛光学園の同窓会誌に紹介されていたもの。 ご活躍をお祈りする。 読んでほしい俳句関連書や俳誌を数冊、愛光学園の恩師へお送りし、美月さんに渡していただくことにした。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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