テーマ:読書(8504)
カテゴリ:読 書 録
平成2年に筑摩書房から出た 『續 明暗』。漱石の未完作 『明暗』 を引き継いで、漱石の文体と表記法を忠実に敷衍して書かれたもの。
書店で平積みになっていたときから気になっていたのだが、54歳の今になってようやく、高校1年のとき国語の和田隆一先生が近代文学の白眉と絶賛していた 『明暗』 を読了、なるほどこれは続篇が欲しくなるはずだと納得し、水村美苗(みずむら・みなえ)さんの 『續 明暗』 に向かった。 水村美苗 著 『續 明暗』 (ちくま文庫、平成21年再刊) 期待を大きく上回る出来だ。 うつくしい清子が なぜ主人公・津田由雄を振ったか、清子らしいことばで語られる。 ここからネタバレ になるが、どうしても書き写しておきたい。 ≪「私、貴方のことを嫌ひになつた訳ぢやないわ。だつて貴方、誰かを嫌ひになつたら、その人と一所に居るのも厭でせう。私、そんな風な意味で貴方と居るのが厭になつたことはありませんもの」≫ ≪「此間からずつと貴方に申し上げてるやうな気が自分ぢやしてるんですけど、貴方は最後の所で信用出来ないんですもの」≫ ≪「だって、一体貴方に、何かを訊く気なんて実際におありなの? 此間からもう少し後にしよう、後にしようつて、訊く事を先送りしてらつしやる丈ぢやない。貴方は正直に云つて本当のことなんか何もお訊きになりたくない、――といふより、お訊きになる事が出来ないの。貴方つて方は斯んな所迄いらしても……他人を……延子さんを裏切つて斯んな所迄いらしても、まだ真面目になれないんです」≫ ≪「貴方つて方はそんな御自分のお気持にも充分に真面目になれないんだもの。昔から左うだつたし、今だつて左うなんです。自分を捨てるつていふことがおありぢやないから些とも本物ぢやないんです。他人は気が附かないだらうつて高を括つてらつしやるけど、そんなもんぢやないんです。他人には解るんです。今回だつて真実、何がなんでも……私に会ひにいらしたんだつたら、左うしたら、私だつて、此胸にちやんと感じると思ひますわ。左うしたら……」≫ 津田の思うこと為(な)すことには、身につまされること2割、はがゆくて堪らなく思うこと8割だ。 いっぽう、漱石の 『明暗』 で独特のふてくされキャラとして登場した小林という男。そしてそいつが津田に紹介する画家。 漱石篇を読む限り脇スジとしても余計な存在だが、水村美苗さんはさすがで、『續』 の後半で小林にみごとな働き場を与える。 そして、津田の細君・お延。 ≪お延は、一体是から何処へ行くべきだらうかと、自分の行先を問ふやうに、細い眼を上げた。―― お延の上には、地を離れ、人を離れ、古今の世を離れた萬里の天があるだけだつた。≫ という結語も、気韻に富み、漱石の天地に回帰している。 『續 明暗』 をかくも完璧に仕上げるために、水村美苗さんがどれほど深く丁寧に漱石作品を読み込んだか。 漱石になりきり、漱石の先をゆくことができるまで漱石を読み込む、そのプロセスを語るだけで、また一冊の本になるほどだろう。 『續 明暗』 は、平成21年に ちくま文庫から再刊された。『明暗』 と並んで、末永く受け継ぎたい本だ。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
Sep 28, 2013 08:17:15 PM
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