007737 ランダム
 HOME | DIARY | PROFILE 【フォローする】 【ログイン】

JIJI放談

JIJI放談

【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! --/--
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x

PR

Keyword Search

▼キーワード検索

Profile

otosanjiji

otosanjiji

Calendar

Favorite Blog

寒い朝を迎えました。 New! やまと3520さん

わたしのブログ はつ猫さん
“人生とは旅であり、… オシムよ俊輔を代表にさん
散歩道 マドンナ1955さん
こうちゃんのタラッ… ホップ・ステップ・ジャンプさん

Comments

やまと3520@ 又一人は? 南七星がリーチ一発のようです! 退職金…
デンジャラス ママ15@ 塩分控えめに ジャスコでばったり! お金が入ったから…

Freepage List

Headline News

2006.10.30
XML
 葬式が終わると、ご住職に「お布施でございます。」と言って、何がしかの金銭を渡すのが一般的ですね。「お布施はいくらですか、はっきりしてくださいよ」「お心しだいで結構ですよ」なんて言われても、少なく渡してお勤めをいい加減にすまされたらかなわない。現代では葬式仏教しか残っておらんので、お布施の意味が誤解されて伝わっておるのじゃ。布施とは、悟りを啓くための修行のひとつで「布施波羅蜜」という「行」なのじゃ。人間は欲によって苦しむ。愛は渇愛であり、執着であり、無常の世にあって常住、不変を望むから苦しい。だから、その「欲」を取ってもらうために自分の所有物、金品を施して同時に人のため、世のためにお返しして役立てていただく。これが、布施行の考え方じゃ。恵んでやる、とか施してやる、ではないのじゃ。お布施させて頂きます、なのじゃ。これをインド語でダーナという。これが転じて旦那、檀那となって、乞食が物乞いするときの語り口になったと言われておる。布施とは元々、何かをしてもらったお返しにすることではない。無償の愛、即ち慈悲なのじゃ。現代の坊主の法事は経済行為=職業だから、法事料はいくらと決めればよいのじゃ。殆どの人が仏教に帰依して法事をしているのでもなく、もともと釈尊は葬式だの法事だのと、一言も言っておらん。これは中国から伝わった時に儒教的要素が加わったためなのじゃ。親孝行と先祖供養は儒教の専売特許じゃからの。今はお坊さんも若いから、はっきり「料金」として聞いたほうが宜しかろう。





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

Last updated  2006.10.31 13:07:40
コメント(2) | コメントを書く



© Rakuten Group, Inc.
X