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エビータの空 ~El cielo del otro lado~

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2007/11/12
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先日に続き、鹿島田真希を。


レギオンの花嫁


もうわけわかりません。

「私」と「お前」「自分」が混在しているし、男なのか女なのかもわからない。

女だったのに「男○」(←私にや、かけません)があったり。ええ?みたいな。


ただ、思ったのは、

「六〇〇〇度の愛」が女の生きる先、生き様を描くことを目指したとしたら

「レギオンの花嫁」は女の存在の意味、を説こうとしているのかも。

前者が「渇きを通しての自覚」がテーマなら、

本作は「自己存在意味の植民による自覚」。

ああ、難しい。ほぼ、聖書です。

どちらの作品も、フロムの存在の定義がベースにあるように思う。


「六〇〇〇度の愛」は無垢の娼婦のような「与え方」。

「レギオンの花嫁」はフロムのいう「在ること」の植え付け。

うーん、やっぱり聖書クラスの内容ですね。

凡人にはわかりません。

印象的な表現は、

男は家族の法(コミュニティがつくりあげたもの??)の中でいき、

女は物語の法(多分、真理という意味なんだと思う)で生きる、ということ。

鹿島田真希は、女性性をつきつめたいのかしら。







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最終更新日  2007/11/13 12:28:45 AM
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