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カテゴリ:読書
絶叫城殺人事件 新潮エンターテインメント倶楽部 有栖川有栖 新潮社
アラスジ:推理小説家・有栖川有栖は、友人の社会犯罪学者・火村英生の“フィールドワーク”に付き添い、数々の犯罪現場に足を踏み入れる。“臨床犯罪学”を提唱する火村の怜悧な頭脳が、不可解な犯罪を白日の元に曝け出していく。表題作・絶叫城殺人事件:深夜、若い女性が連続して惨殺される事件が起きる。犯人はナイト・プローラーと言うホラーゲームのキャラをなぞって、犯行を重ねているらしい。火村と有栖がフィールドワークを始めてからも、また1人、若き女性が…。 表題作他、火村&有栖シリーズを6作収録した短編集。 有栖川の作品は、久々に読んだ。 火村&有栖シリーズは、初期の頃は読んでいたのだが。 10冊程度は読んだものの、最近はとんとご無沙汰していた。 ミステリ好きには説明するまでもないが、本格派モノで活躍する中でも著名な名探偵の1人である社会犯罪学者・火村英生が主人公のシリーズ。 ちゃんとワトソン役もついているあたり、王道を歩んでいる。 私が持つイメージとしては、有栖川は到ってオーソドックスな作家だ。 意味付けより、本格パズラーの面を前に押し出した作品が多かったと思う。 所謂、本格派ミステリと言われた一群が、かなりアクの強い作風が多かったのに比べると、かなりアッサリとした読感だったと記憶している。 その実、火村が犯罪学者を志した理由が『自分が犯罪を犯す側の人間だから』だったりする、それなりにダークな側面を持っていたりするのだが。(かなり以前に読んだ記憶で書いているので、間違っているかも) それが、久々に読んだ本作では、少し肌合いが違って感じられた。 以前に比べ、トリックそのものに対する固執が薄れた気がする。 それに対して、人間性への考察の比重が大きくなったような。 火村って、ここまでシニカルな人間だったっけ? 初期のイメージより、厳然とした感あり。 いや、冷たい一方な物の見方ではないんですがね。 大文字の有栖川(作者の方)が、一歩深い地点に向い始めたのかもしれない。 それが顕著に感じられるのが、表題作でもある絶叫城殺人事件。 トリックの拘りを捨てて、事件の背後を深く抉る事に力を入れている。 これは他の作にも言える事で、パズラーとしての面目を立たせているのは『壷中庵殺人事件』くらいのものである。 いずれも、事件そのものより、その背後の人間心理を炙り出す事に主眼が置かれていると思う。 だが、中でも出色の出来なのは、絶叫城だ。 事件そのものは、まぁ、ミステリでは有り勝ちなパターン。 多少、数をこなした読者だと、誰が犯人かもすぐ読めてしまう。 だが、それで高を括ってしまうと、大きなしっぺ返しをくらうのだ。 先程から、“背景”“心理”と唱えてきたが、何もそれをしてきたのが有栖川(大文字)独りではない。今までだって、数限りない作者がしてきている。 だが、この作品での彼の切り口は、正直言ってやられた。 すれっからした読者を裏切るトリックは、密室やアリバイを作り出す小細工にではなく、この大文字の有栖川の視線にこそ仕掛けられていたのだ。 具体的に言うとネタバレに繋がるので控えるが、ラスト近くの小文字有栖川の毒舌独白と、犯人の吐露した心情が、この作品のみならず全てを物語っている。 確かに、あの便利な言葉で、どれだけ多くの小説が片付けられてきたか。 実際、私もつい、簡単に多用してしまう便利な言葉だ。 何世代か前かだったら、幾等かは説得力のあった言葉だったかもしれない。 だがもはや、手垢がついて、ありふれた言葉に堕してしまった。 世界は、今、より薄ら寒い方向に進んでしまっている。 それに対して、作者は絶叫しているのだ。 この、ヴァーチャルとリアルの境目から。 恐らく、火村シリーズのターニングポイント的作品。 パズラー的愉しみを求める人間には食い足りないかもしれないが、良質なミステリである事は間違いない。 久しく離れていたシリーズだが、また読み返してみようと思った。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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