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カテゴリ:読書
少女地獄 夢野久作 角川文庫
アラスジ:姫草ユリ子。その可憐な名に相応しい美少女看護婦は、自らの作り出した虚構の世界に翻弄され…『何でも無い』。「発車オーラーイ」愛する人の運転するバスに、明るく響く少女車掌の声。だが、その声の影にある悩みは…『殺人リレー』。人並み外れた運動能力と、醜い容貌を持った少女。だが繊細な心の持ち主の彼女は、鬱々とした学園生活を送っていた。そんな或る日、ふとした事で恩師の秘密を知ってしまい、不幸の渦に飲みこまれる…『火星の女』。以上3編で構成される表題作『少女地獄』、他、全4短編を収録。 夢野久作の名は、耳にした事のある日とは多いと思う。 天下の奇書『ドクラ・マグラ』の著者。 枝雀師匠の主演で映画化もされているので、ご覧になった方もいらっしゃるかもしれない。(映画の出来は…ウムム) “読む者を狂気に落す”と言われている本である。 まぁ、狂気に到るかは兎も角、かなり読み難い難渋な本であるのは確か。 それ故か、知名度の割りには、実際に読了した人は多くないように感じる。 特異なテーマ、純潔、土着、倒錯。 夢野の作風を一言で言えば、過剰な狂気。 その特徴的な饒舌文体に押し流されるように迸る感情の流れが、奔流となり読者をも呑込む。 だが、その流れには確固たる意思があり、気がつくと思うまま翻弄された末、夢野の掌中に落ちているのだ。 本書は、そんな夢野の、短い人生の中でも脂が乗った時期に書かれた佳作である。 まず、タイトルがいかにも読者を誘う。 『少女地獄』 何やら、ソッチ方面の匂いもしてこないでもないタイトルである。 実際、『火星の女』は、ポルノ畑の方で映像化された事もあるらしい。 『殺人リレー』も、マイナーなアイドル女優の映画の原作に使われたような記憶があるのだが、さてどうだったかな。 3短編を合わせて少女地獄とするのだが、中でも『何でも無い』が秀逸。 姫草ユリ子なんて名前をもってしまったら、もう普通の人生は送れまい。(偽名だけどね) 誰でも覚えのある事だが、等身大の自分を認めることは苦痛に近い。 鏡に映った自分を自分として認識出来る時、人は大人になる。 だが、“少女”とは、その目に映る鏡像ですら欺く事が出来る、或る意味、特権的季節を生きる生き物だ。 ユリ子は、虚構の神に仕える巫女。 やがては己が身さえ捧げなければならないと知りつつ、嘘に嘘を重ねる事を止められない。 何故ならば、“少女”の季節を生き続ける為には、嘘で鏡を塗り込めなければならないからだ。 厚く塗りこめた鏡は、やがてひび割れる。 それでも、真実の姿に目を背けるには、そのひびに嘘を叩きつけるしかない。 限界を超えた嘘の鏡が、刃となって我が身を切り裂こうとも。 或る意味、純粋に生きようと足掻く、無垢な少女の物語とも言えよう。 虚構に殉じた彼女の姿を、美しいと見るか、哀れとみるか。 書簡体で書かれた文章は、夢野特有の饒舌さはあるものの、『ドグラ』などに比べて読み易いと思う。 畳みかける展開も比較的スッキリとまとめられており、寄り道が少ない。 夢野のアクが薄く感じられる為、いささか食い足りなく感じる向きもあるだろうが、その分、間口が広くなっているので夢野初心者にも受け入れられ易くなっているのでは。 『少女地獄』の他の短編はもう少し狂気性の強い作品で、グロテスクさと論理性の入り混じった夢野ならではの酩酊感を味わえる。 これから夢野久作を読んでみようと思うのなら、入門編としてはお勧めの一冊。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2005年09月13日 02時06分19秒
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