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2005年10月05日
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カテゴリ:読書
夜陰譚 菅浩江 光文社
アラスジ:夜になっても熱気の冷めぬ街で、ぬめぬめと溶け出しそうな脂肪を纏いあるく“私”。三十路になっても誰からも相手にされず、死ぬことすら出来ず曖昧な人生を送る私にとって、姿を隠してくれる夜の町を逍遥する事は、気を紛らわす何よりの行為だった。だが、夜まだ残る暑さに辟易していた時、不思議な路地に迷い込む。ひんやりとした小道に続く電柱には、人の顔めいた線が刻まれていた。想いを抱え込んだ人間が、1本ずつ刻んむ線。想いが満ちた時、その人間は望んだ姿に変化するのであった。“私”も、変化した男から譲り受けたドライバーで、1本ずつ想いを刻み込んでいく。そして、とうとう満願したのだが…。表題作・夜陰譚。他、短編全9作を収録したホラー幻想譚。


篠つく雨がまとわりつくこんな日に、実に似つかわしい一冊。
霧のような雨が、闇の濃度を更に深める。
狂気が、肌の奥に浸透してくるような夜。
こう言う夜に読むと、本の中に捕り込まれそうな気分になる。

以前に読んだ『永遠の森』が中々良かったので、また菅浩江を読んでみた。
が、この『夜陰譚』は『永遠』とは全く趣向の違った作。
寧ろ、こちらの方が私の守備範囲だ。
収録されたどの作も、“女”である事の翳を掬い上げたもの。
激しくもおどろおどろしくもない。
だが、じっとりとした、確かな狂気がそこにある。

出てくる女たち、どれもが満たされていない。
その身に巣食う過剰や欠落を持て余しながら、生きている。
彼女らは一様にコンプレックスを抱え、自信なさげに俯くのだが、その実、コンプレックスあるからこその黒い強かさをちらつかせる。
これが、ぞんわりと怖い。
誰にでも判りやすい爆発的な狂気ではない分、じっとりと蔓延する怖さがそこにある。
いや、作中の彼女らに限らず、女なら誰でも、この“怖さ”を内に秘めているではないか。
女と言うものは、自らの弱さをも曝け出す事で、武器に変えてしまえる生き物だ。
そう言う時の女は、同性でも怖い。
…あぁ、そうだ。
これは、単なる怖さは、また別のものだ。
寧ろ、“嫌悪感”と言った方が近いだろう。
目を背けたくともべっとりと貼りつく、言い難い感情。
そのイガイガとした苦さの奥に、疼くような甘さがあることを、女なら本能的に知っている。
だから、覗き込んでしまう。
弱さの翳を曝け出し、牙を向く姿を。鏡に映る、もう1人の自分の姿を。

この短編集で、菅はそんな女の姿を、それなりに巧みに拾い上げているとは思う。
が、残念ながら、どれも既に手垢がついている感も。
赤江瀑や皆川博子と言った強烈な先達が、大きな壁となって聳えているからなぁ。
殊に、赤江は、男性作家なのに、いや、男性作家ゆえに闇の抉り取り方は凄まじいものがあって、生半では太刀打ちできまい。
皆川も、老練さに少女の無邪気な残酷さを絡めた、手練の作家だし。
菅も健闘しているが、まだいささか平坦な気もする。
尤も、それだけに、前者に比べて、間口が広いとも思うのだが。
今後の更なる深化(進化ではなくね)に期待しよう。

さて、当然の事だが、私もコンプレックスの塊である。
年の功で、上手に飲み込んで生きる折り合いをつけているが。
だが、こんな雨の夜だ。
鏡の向こうから、押し隠した翳が、じっとりと滲み出てくるやも…





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最終更新日  2005年10月06日 01時35分51秒
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