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カテゴリ:cinema
昨日、映画「夏の終り」を観て来ました。
原作は、瀬戸内寂聴氏の私小説です。 そして、寂聴氏をして、これまでたくさん映像化されたなかで、この作品が最も原作に近く、肌に粟を生じて観たと言わせた作品。 寂聴さんになる前の、瀬戸内晴美さん時代から読者であったわたしにとって、この映画の封切は本当に楽しみでした。 (あっ、この先は、多少ストーリーのネタバレがあるかと思います。 これから作品をご覧になるかたは、その点ご了承くださいね) 晴美さん=知子役を演じた満島ひかりさんの、なんと凛として美しかったことでしょう。 恋をすると女はきれいになる、というのは定説です。 それはよく女性ホルモンの分泌が盛んになるからだと言われていますが、この映像を観る限り、そんな機能的な話など、まるで意味のないことのように思えてなりませんでした。 理性などあっけなく消え失せ、ただ思いのままに進んでしまうこと。 理性が消えるって危険なことです。 まるで無防備、丸腰になってしまうのですから。 そんな激情のなかにいる女に、贅肉などつくはずはないのです。 誰かを恋しく思い、焦がれているとき、女は太りたくても太れやしません。 さらに激情はイコール、まじりっ気のない純度100%の愛が生むもの。 そのピュアさが、素肌をもつややかに、うるおしてくれるのですよね。 それを体感させてくれた満島ひかりさん。 素敵でした。 とても印象に残っているシーンがありました。 情事? の後の朝。 マッチを擦って点火するタイプのコンロでわかしたお湯でタオルを絞り、それでからだを拭くという場面。 今ならシャワーを浴びるところでしょうけど、昭和20年代のお部屋では、そうすることしか出来なかったのですよね。 その痕跡の残り方だって、今とは全然重みが違うはず。 今から60年以上も前に、こんな恋愛に走った晴美さん=知子。 不安より恐怖より、愛したい思いのほうが強かったって、すごい。ありえない。 そして、晴美さん=知子と愛娘と一緒に、東京での新生活を心待ちにしていたご主人役を演じていた、小市慢太郎さんの静かな混乱ぶりには釘付けになりました。 平手打ちにも、何というか決別しなければいけないのだという、覚悟がにじみ出ていて。 愛娘を抱き上げたときの、彼の一瞬の表情の強さに、ああ晴美さん=知子との結婚は、破れてはしまったけれど、究極のところ間違いではなかったのだと思わせたところもすごかった。 最高につらいシーンなのに、そこに救いまで届けてくれた小市慢太郎さん。 ますますファンになりました。 xxx お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2013年09月05日 20時45分43秒
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