長田幹彦『青春時代』。
今、手元に『青春時代』という本がある。著者は、長田幹彦。長田幹彦なんて言われても、「誰よ、それ」ってな答えしか帰ってきそうにない。それがほとんどの人の正しい反応だろう。ボクだってたいして知らない。文学史を読んだり、昔の作家の回顧録や交友録などを読んでれば目にする作家ではある。けど、実際に長田幹彦その人の作品を読んだことはない。特別の思い入れもない。が、この本、それこそ彼の回顧録。彼が知りあい、つきあってきた明治末から大正時代の文人たちの動向も描かれていて、それなりに貴重な証言本になってる、ように思う。なので、探してる人もいるんじゃないか、そこそこの値段ですぐに売れそう、なんてトラタヌ勘定して、あれこれ手を尽くして売りに出したがさっぱり。つい先日のサブナード「古本浪漫洲」の催事の300円均一企画に出してもダメ。売れ残って戻ってきた本を整理しつつ、さてこの先どうしようかと思案しているのが、今。見限って処分するのは簡単だけど、なんか惜しい、というか後ろ髪を引かれるような感覚。中をパラパラすると、例えば彼が最初に文壇と関係をもった「明星」=新詩社に関する話、「パンの会」のドキュメントなどは、まさしくその現場に居合わせた当事者ならではのエピソードが盛り込まれていて、永井荷風をゲストに招いた日の模様など、憧れの人を目の当たりにした高ぶり、緊張感が伝わってきて面白く読める。当時の人気女優、松井須磨子と一緒した一夕のことは、ちょっとした読物仕立てで、須磨子の素顔が垣間見れる。と、興味深い話題がいろいろ詰まってるのだけど、いまどき、「明星」も「パンの会」も松井須磨子も、もうたいして人の気を引かないのかね。ボク的には、ハマりのネタなんだけど……、さ。ということで、もう売りに出してもしょうもなさそうだから、自分の蔵書に加えておくことにするか。パラパラと目を通しただけだから、一度ちゃんと読んでみてもいいか、ってね。ここからは蛇足。長田幹彦の代表作は「祇園夜話」という作品らしい。当時のベストセラーだという。今でも簡単に入手ができるのだろうか、安く買えるなら読んでみてもいいかなと思い、ネット検索してみた。アマゾンではヒットしない。「日本の古本屋」では、戦前の新潮文庫版が2点、大正時代の春陽堂版が4点掲載されている。文庫版の最低価格は2500円。金額自体はさして高くもないだろうけど、そこまで払って読みたいと思うような金額でもない。が、春陽堂版は、上下本で全て30,000円以上。それって、長田幹彦がどうのじゃくて、装幀を担当した竹久夢二の価値みたい。表紙を飾る夢二美人の木版への人気のよう。なるほどね。長田幹彦、忘れられた作家の一群のひとり。古書市場に出てきたら、少し気にしてみよう、かな。入手できたとしても、たぶん売れそうもないけど…、ね。