愛人管理全百科 20
☆これまでのあらすじ 売れない作家・広末玲はかつての家庭教師・後藤勇作が経営するゲイ専用老人マンションの管理人になる。 だが勇作がゲイだったことを知り、さらには自分も勇作に単なる尊敬以外の気持ちを抱いていることに気づき……。 そんなことを考えながら、ドアを開ける。案の定、鍵を使わなくても中には入れた。先に勇作が帰っていたのだ。 部屋に一歩足を踏み入れた途端、悲鳴を上げそうになった。トランクス一枚の姿で、勇作がテレビゲームをしていたのだ。振り返った勇作が笑顔を浮かべる。おそらく入浴していたのだろう。頬が上気して、髪が濡れていた。それをセクシーだと思ってしまう自分が怖い。勇作の笑みが消え、怪訝そうな表情になった。「どうした? またレイに何か言われたのか? やっぱり俺、片付けも手伝えば良かったかな」「い、いえ、いいです。先生も撮影でお疲れでしょうから……」 その答えに勇作は納得しなかったようだが、やがてゲームを終えて立ち上がった。奥の部屋に向かい、何かごそごそと取り出している音がする。戻ってきた勇作は部屋着としてよく着ているTシャツとショートパンツを身につけていた。これでドキドキしなくて済んだ、とホッとしていると、長方形の箱を差し出された。有名デパートの包装紙で、丁寧に箱はラッピングされていた。おそらく高価な物だろうと目星をつける。 照れくさそうに、後頭部を勇作が掻く。「お前へのプレゼントだ。開けてみな」「え……いいんですか? 何かなあ」 今日は誕生日でも何でもないのになぜだろうという疑問が頭をもたげる。(もしかして、俺、からかわれてるのかも) そういえば昔、大学の夏休みに中国に旅行した勇作は、土産として本物そっくりの蛇のおもちゃを買ってきて、玲を驚かせたことがあった。今回もそんな類のプレゼントかもしれない。そんなことを考えながら包装紙を取り、箱を開いた。 中から出て来たものは黒光りする万年筆だった。老舗のブランドメーカーだ。実物を手にするのは初めてだが、あまたの文豪たちの愛用品だったのもうなずける品だった。「これ……」「ああ。万年筆だ。これ、お前の尊敬する作家が使ってたんだろ? 昔、欲しいけど手が出ないって言ってたよな。この万年筆で小説家書いたら、少しはあの作家に近づけるかもなんて」「あ、そういえば……」 大まじめでそんなことを語っていた自分を思い出して恥ずかしくなる。同時に、自分でも忘れかけていた出来事を勇作が覚えていたのが意外であり、嬉しくもあった。 鼻の頭を掻きながら、勇作は言葉を続ける。「お前さ、最近、忙しくてなかなか小説書けてないだろ? 睡眠時間削って書いてるの、俺知ってるんだぞ。だからさ、この万年筆で書いたらもっとはかどるんじゃないかと思って買ったんだ。ほら、よく言うだろ。いい品には魂が宿ってるって」「先生、そんなジンクス信じてるんですか?」 突っ込まれて、勇作はムッとしたようだった。太い眉を上げて、唇を曲げる。「悪かったな。ただ俺はお前を……」「分かってますよ、先生」 感謝の思いを込めて、勇作を見つめる。そこまで自分のことを思いやってくれていた勇作の気持ちが嬉しくて、涙が出そうになる。レイに当たられていることや、連日の疲れも吹き飛んでしまいそうだった。 勇作も玲の思いを感じ取ったのだろう。玲のまなざしを受け止めて、ゆっくりと顔を近づけてきたその時。 玲の携帯電話が鳴った。 それまでのムードは一気に壊され、あわてて通話スィッチを押す。住人の誰かの具合が悪いのかもしれない。視界の端に、肩すかしされた表情の勇作が見える。(先生、俺に何しようとしてたんだろ。もしかしてキス、しようとしてたんじゃ……) 早くなる鼓動を押さえつつ、携帯を耳に当てる。 聞こえたのは、若い女性の声だった。「あの、広末玲さんですか?」 明らかに聞き覚えのある声だった。というより、記憶に刻みつけられている声だ。(どうして今頃?) 驚きとためらいと、若干の憤りを感じながら「はい」と答える。声は懐かしげに語りかけてきた。「アキちゃん? 良かった、番号変わってなくて。私よ、門池悠実よ。お久しぶり、元気だった?」 昔の恋人、悠実は、昔と変わらぬ口調で話しかけてきた。まるで自分から玲に別れを告げたのも忘れてしまったかのように。 呆然と携帯電話を握りしめる玲に、何事かが起きたのを感じ取ったのだろう。不安と心配の入り交じったまなざしを勇作は送っていたが、今の玲はそれに気づく余裕はないのだった。 つづくポチっと押していただけると嬉しいです!↓ ↓ ↓