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カテゴリ:ライフスタイル
「自我の崩壊」 ライフスタイル
○ 台所の魚のように ○ 心の核の崩壊 台所から軽快なまな板を叩く音が響く、夕餉の普通の家庭風景 魚に出刃包丁を当て、内臓を取り出していく、頭と内臓がゴミ袋に捨てられる。 最近ではこれらの生ゴミをリサイクルする器具が、台所やベランダ等に設置されている。 人間は古来より「生に執着」してきて、色々な方法を試みてきた。 エジプトの王族は蘇りを信じて、ミイラを保存する方法を実行していた。 秦の始皇帝も「不老長寿」のあらゆる方法を試したと言われている。 結果はどうなったのだろうか? 台所の包丁で捌かれた魚と同じ法則で、腐敗して土へと還っていった。 この地上では、これ以外はありえないのだろう。・・・ 「心は永遠」と叫ぶ人は多い。 心の成分が地球上とは違うならば、その見解にもあながちウソとも言い切れない点がある。 私達は永遠を神秘的なことと信じ込んでいる面がある。 もし肉体が魚と同じ運命を辿るなら、後は神秘的な「魂や心」のようなものにバトンタッチしなければ、永遠の生命は実現できない。 「永遠の存在の魂」、世界が苦に満ちているならば、永遠の命は幸福より、圧倒的に 苦悩が多い人生を歩まねばならない理屈である。 私達が願っているのは、幸せであって、「永遠の生命」ではないのである。 ニルバーナ(涅槃に入る)とは、永遠の生命の獲得ではなく、苦悩(不幸)の世界からの 解脱にあるのである。 それは、今この瞬間から実現することができる。・・・ お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
August 14, 2006 09:40:00 AM
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