いつか何処かで…。43
倉敷はどんより曇って時に雨がぱらついた。相変わらず工場群の空はばい煙が作った厚い雲が垂れ込めていた。
空にはツバメも雀も、カラスさえいなくなっている。川にも魚が泳いでいない。公害は負ったという感゛終わってはいない。目に見えなくなっているが動物たちの動きから予測したら見えない公害が広がっている。
毎年検診があるが、肺のレントゲンは真っ黒け、肺機能の検査で肺活量は極端に少ない。もうこの生活をして50年になる。
シナのスモッグについて日本の公害を知らぬ人たちが盛んに激しいというが日本も相変わらず公害が空を川を海を汚している。調査もしないで無責任に論じる似非文化人たちには困ったものだ。
水島の病院、医院は公害病患者を抱えようと必死ななった時がある。公害認定病患者は国費で肺に関する治療費は無料となっていて、それらの患者を抱えることは儲けにつながったからだ。
50メートル先の家が瞬く間に消えた。スモッグによるものだった。洗濯物は乾いても黒ずんでいた。ぜんそくで幼い子供たちはなくなり、年寄りもなくなっていた。PPMというわけのわからない基準値が横行していた。
海に匂いのしない魚を、空に自由に飛び交う鳥たちを、川にたくさんの魚が泳ぐ、それらを返せと叫んだ。
爆弾が落ちた様な音が昼夜続いていた。工場の爆発だった。
新聞各社は専従の記者を置いていた。各政党はただ見ているだけで何も手を打たなかった。邪魔者にしか見えなかった。
私にはそれを遠い昔とは言えない。
安全基準のPPMでごまかされ、煙突はさらに高くなり公害を拡散させただけで、工場の排水がいかにきれいかを証明するために川の水を流していた。
港には大型の船が着眼し、工場建設、従業員が夜の店に集まり何でもが売れて素人でも商売ができていた。従業員たちは事故に巻き込まれて重傷を負っても労災にかからない処置が病院との間でやり取りされていた。医院がたちまち大きな病院へと様変わりしていた。企業の労組から市会議員になった人たちとは公害問題に対して取材をしたが発言はなかった。加害者意識があって公害のことは絶対に私たちの取材には答えなかった。
ただ
煙突を高くして拡散し、水で薄めてキレイを装ったのが日本公害対策だった。公害先進国、シナに技術をと何も知らない人たちはそういうが今の実態も知らない人たちである。
そんな街で50年が過ぎていく…。自然の浄化で一見元に戻ったかに見えるが、海も空も川も絶対にもとには戻っていない。
人間は環境になれる、そんな汚れた環境に慣れて生活をしている。
当時栄えた街並みは今はシャッター通りに変わり、人影もまばらで、当時の面影はない。
漁師たちは漁業権を売り、家を建て今では工場の従業員をしている。農家は土地を売り本家普請をし借家やマンションを賃貸しし優雅に暮らしているが、ものを作る喜びを棄てたものにはもうその喜びも帰らないし、金であがなえる安物の生き方しか出来なくなっている。
生まれ、発展し、成熟し、退廃し、やがて瓦解する、それが自然と人間の関係、定義でもある。
私はそれをここにいてかかわった関係でぜひその過程を見届けたいと思う。
世界の情勢を見ても、その定義は変わらない。
海賊国家と言われていたイギリスの凋落と混乱は目を見張るものがある。また、植民地政策で成り立ち豊かであった国ほど、ポルトガル、スペイン、オランダ、フランス、アメリカ、が経済危機に直面しているが、それも自然の采配であろう。
日本がシナで戦っていたのはドイツとアメリカであって蒋介石の国民党軍との戦いは記述するほどではない。山賊の野盗の親玉の毛沢東との戦いは一つもない。
ドイツもこうも世界から嫌われたらおしまいだ、シナの発展と成熟は過ぎて滅びゆく道に入っている、世界への野望はその焦りであろう。
ロシアの困窮ぶりは筆舌に余る。国民の生活を見ればその事実が見えてくる。韓国の民族性が世界から嫌われていることは周知の事実である。北も孤立を深めている。シリアの問題もロシア、イラン、トルコ、イスラエル、アメリカの思惑があり終結を見ることはないだろう。元凶を作ったのフランス、イギリスはもう蚊帳の外、石油利権がほしいからとイラクとシリアを分断し、そこの国民から人頭税を取りがこの戦いの元凶だが、ここにきて何もなすすべがなくアメリカに助けられているとは、移民による混乱と疲弊はしかるべく与えられた退潮への道のりてある。
フランスは世界の核廃棄物の処理を一手に任されてやっていたが、そのほとんどは西太平洋にドラム缶に入れて投棄するか、ロシアに金を払いシベリアに運び野ざらしに積み上げられている。フランスの原発は海岸線ではなく内陸の川沿いに50何基も作られているが、核廃棄水が今のところ汚染されていないが今後はわからない。下流の水で作られたワインを喜んで買って飲んでいるのは日本人である。日本人に福島の汚染を論じる資格があるのか…。
原発といえばシナのその施設は老化してきた。ダムや河川のインフラもその例外ではない。少し大きな地震が来れば三峡ダムは崩壊し何億の人たちが飲み込まれる。原発に事故が憂きれば周辺国は甚大に被害がもたらされる。
人間は危機に直面しながらも平々凡々と過ごしている、これは偉大というほかない・・・。
そんなことを雨の音を聞きながら書いていて惨めな思いに駆られらいる…。
これも人間の定めなのか…。