いつか何処かで・・・。46
倉敷は今日はすこぶる暑い日であった。今でも余熱が残り外は蒸し暑い。
といえば。性゛市の世界にはまだ三文芝居が続いている。国民の在り方は日々の安らかなはずだが、その中に入り主人公を演じたい人たちがあふれている。
今日は少し長くなるが、小町を載せたい
お妹子はお姉さまよりご活発で何をなさっても華が御座いました。それは見事に大輪が咲くと申せばよろしいのでしょうか、黒髪が腰のくびれに届く頃には立派な花びらを開いたようにあでやかに咲き誇っておいでで御座いました。黒髪が少し赤みを帯びていたのですが、それがまた違った美しさを見せていたので御座います。
切れ長の澄んだ瞳、その瞳は何かを訴えようとしているいたずらの光がちらりと、幼いお子のものではございましたが、男はその光に当たると痺れて立ち尽くすので御座いました。男を誘い込むというのではなく、男は花開き滴らせる蜜に吸い寄せられる蝶のように群がってきたので御座います。
琵琶湖の畔の館には二つのあでやかな大輪が陽の明かりのもとすくすく成長し花開くときを待っていたので御座います。
吉子さまは北国の育ち、純白のきめの細かい肌をお持ちで御座いました。北国のときのめぐりがより肌を磨いたのでしょうか…。
幼き頃よりお側で面倒を見させていただいていた私でも惚れ惚れするおいでたちで御座いました。お姿で御座いました。先にも申し上げましたように清子さまはお日様に当たりすぎたような肌であったことは申し上げました。それが健康的に映りお元気な姿に見えたので御座います。お二人のことは都にも噂は届き、男達が一目でも見たいと訪れるので御座いました。まだ開かぬ蕾を見られて大きなため息をつかれるのが常でございました。
穏やかな琵琶湖の水面に映る朝焼け夕日、風が起こす漣、渡る鳥の群れ、囁く虫の声、自然のめぐりに様々に色を変えるその様を眺めながら心に蓄えられて大きくなられたのでございます。心躍らせながら眺め万葉の世界を歩む、書き物の修養で心を整えられて、その道を辿りながら大きくなられたのでございます。
館様の心配の種は清子さまのおぐしが栗毛の馬のような色をしておいでで、カラスの濡れ羽色のような黒髪が長く腰に流れ、床に届こうかというのが当たり前、女子の値打ちだったころのこと、それを案じておいでで御座いました。
また、男のように地肌が黒いと言うことも、雪のように白く透き通っているのが女子の価値をきめる基準であったため、ひどう心を悩ませておいでで御座いました。
たしなみに筆を持ち景観をものにする事の好きな館様も、それにもまして外に出て琵琶湖の風や鳥の渡りを小筆で絵にすることも慰めにはならず、胸を痛めておいでで御座いました。
吉子さまと清子さまをお比べになり、ため息をつくことも多かったので御座います。
吉子さまは十五になられてすぐに仁明天皇の更衣にあがられまして御座います。唐風の衣を脱ぎ捨て十二単に着替えられた吉子様は静かな中にも凛とした美しさを備えられいたずらの風にも揺るがない出で立ちでございました。
更衣への道のりには館様の思惑が多くはらんでいたようでございますが・・・仁明天皇の寵愛を受け親王を授かるとなりますと館様の地位はどこまで上がりますか・・・。そんな駆け引きがちらほら見え隠れしておりましてございました。
お孫が天皇にでもなればその一族は政の中心に・・・というのが世の習いでございましたゆえ・・・。
屈託のない清子さまは大空を白い雲が遊ぶようになすままに日々を営んでおいででございました。
女としての体の変化を見たのはそんなときでございました。
そのころから清子さまはおぐしもわずかに黒味を持ち始め濃いい栗毛に変わりまして御座います。ですが、黒色では御座いませんでした。
肌も地黒では御座いましたが僅かに白くなり果実が熟れて粉を吹くようなみずみずしさを保つ健康な色に変わりまして御座います。
清子さまは水仙の白い花の中に一輪の黄色の花が目立つようにより人の目を引いたので御座います。
とき過ぎれば頭を垂れる水仙の花の中にあって凛としてたち花香を放ち見事に咲いて見せたのでございます。
同じ年頃の女の子の中にあって誰もが目を見張りため息をつき、近寄りがたい不思議な雰囲気を持っておられましてございます。肉薄き少女の体からふくよかな張りのある女の体へと脱皮しつつあったのでございます。
怪しげな女の色香に満ち満ちておりました。匂たつとでも言うのでございましょうか・・・その芳情の香は、幸か不幸か清子さまの持って生まれた資質でございました。その香りがどこから出ていたかは・・・おそばに仕えていました私だけが知っていたことでございました。
男の行く極楽には女がいないと聞いた・・・。
女の行く極楽には男がいないと聞いた・・・
なんと理不尽なことを・・・女と男・・・そこに極楽も地獄もうまれ悲喜こもごもが生まれるというものでございましょう。・・・男があってのゆえに女は体に香を染込ませ一重の絵模様に心砕き顔に化粧(けわい)を施し黒髪に櫛を流し花びらを開き・・・。
切ない、花の開かぬ極楽なぞ・・・
このわしは地獄に落ちてきっと花開こうぞ・・・
あの清子さまの匂いは極楽の、または地獄のものあったのでございましょうか・・・。
人と同じ煩悩の色に染まるもみじ
身を変えたいと生まれ変わって女の道を生きたいと舞う女舞い
もみじの化身として赤く身を焦がしてなお求め行く女の哀れな性、悪戯の心・・・。
女の滴る蜜は尽きることなく滴り落ちて地獄へ流れつくのでございます。
まだ開かぬ清子さまの蕾は花の命をはじめようとしておいででございました。
やがて天女の衣を脱ぎ捨て単衣の重ね着を羽織られ女となっていく・・・。
いつの世も争いはある。こくたみの思いは日々の平安である。今まで人間が生きてその心の安らぐときは果たしてあったのか…。