黒澤明の現代物ではこの映画がお勧めナンバーワンかもしれない。

今回改めて見て感じたのは、時代が離れてゆくにつれて映画の中の光景というものがどんどんと異国の出来事のようになってしまって「ある種の時代劇」になってしまっているという不思議な現象であった。

昭和３８年というと今から４０年ちょいの前のことだ。当時はひょっとすると当たり前の出来事であり、あたりまえの光景だったことが、今ではとてもではないが「ありえないこと」だったりするわけだ。

前にドラマ版の「天国と地獄」について書いたときにもふれたことだが、映画にとって脚本とは「命」ではある。

映画のリメイクでもドラマ化でもいいんだが、この「脚本だけのため」の安易な再映画化・あるいはドラマというものは決して良いものを産むとは思えないのである。改めて書くが。

置き換えるのであればやはり現代よりも、ありえない近未来であるとか、でなければなんでもありの戦国時代であるとかの方がよかったと思うのだが。

さて、ドラマの批評はさておくとして、何度見返しても「見事だな」と思うのは俳優たちの顔である。こればかりは今どんだけの名優をあつめたとしても決して敵わないだろう。

自分らはこの映画のあとの、その後の俳優さんのキャリアというものを良く知っていてこの「天国と地獄」という映画を見ている。

それでも、この映画の中の山崎努は山崎努には見えない。冷酷で非道な誘拐犯にしか見えない。
仲代達矢は敏腕の刑事にしか見えないし、当然三船敏郎は頑固な、靴職人からたたき上げで上り詰めた製靴会社の重役にしか見えないのである。

時代劇ならばそういうこともあるが、俳優が自分の顔そのままで役に入りきらなければならない現代劇で、顔の印象までも変わるくらいにとことん役に打ち込ませたもの、それはなんだったのだろう。使命感のようなものだったのだろうか。