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2010.06.30
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  『海辺の光景』安岡章太郎(新潮文庫)

 この小説集には七編の小説が入っていますが、その中の総題となった『海辺の光景』が130ページほどで、ほぼ文庫本過半のボリュウムになっています。
 残りの100ページほどを、六つの短編で占めているわけで、短いのはわずか10ページと少しくらいのもあります。

 筆者の本について、特に初期の小説ということで言えば、僕はかつて芥川賞を受賞した『質屋の女房』を総題にした短編集を読みました。
 今回の130ページの中編小説『海辺の光景』は、それも含めた筆者のごく初期の一連の短編小説の「総決算」のような作品になっています。

 実は僕は、今回の小説集の短い方の六編は、今ひとつ気に入らないといいますか、まぁ、僕の好きなタイプの小説ではないなぁと思いました。
 六編すべてが基本的に「同工異曲」の、類似テーマの小説です。
 どういったテーマかと言えば、「劣敗者小説」ですかね。いわゆる「社会的敗北者」の小説であります。

 実はこういった「社会的敗北者」の小説の系譜は、日本文学には結構あるんですね。
 まずヨーロッパで生まれた「自然主義」が、日本に入って来てやや誤った理解のされ方をしてしまいました。
 それに私小説・心境小説が加わって、作家自身の不如意な「貧・病・女」をだらだらずるずると描くというものになってしまいました。
 その系列のものが、時代的にはどのあたりがピークなんでしょうか、大正期中盤から昭和の初年あたりでしょうか、いろんな作家が「同工異曲」の作品を発表したと思います。
 その系譜ですかね。

 ただ、本書の筆者ゆえの新しい特徴が、あります。
 それは、作品に一種の「高み」と呼ぶようなものを、一切描かないということであります。
 この種の小説にしばしば見られる、実生活における様々な不如意と、表裏一体のように出てくる主人公のプライドの高さ(故知れぬエリート意識)というものが、そこにはまるでないということであります。

 このことは、一見主人公の「純粋性」を表すようには見えますが、しかし被害者意識と裏腹のエリート意識もないのに劣敗者であるという状況は、これはいったいどうなっているんでしょうか。

 僕は最初、この状況がよくわかりませんでした。ただなんか、いやな感じの小説だなと思いました。
 そしてそのうち気がついたのは、これは「ピカレスク」だな、と。それも野望を決して抱かない、志の低い、「ちんぴら」=小悪党のピカレスク・ロマンだなと、気がつきました。

 例えばスタンダールの『赤と黒』や『パルムの僧院』などは、世界文学級のピカレスク・ロマンではありますが、それをいやになるほど矮小化し、下世話にすればこんなものになるのかな、と思いました。(うーん、ちょっと、表現がよくなさすぎますかね。そんなに言うほどでもないですかね。)

 似たような感覚の作品はないかと考えた時、ふっと浮かんできたのが、古典落語の『居残り左平次』でありました。
 変なものが浮かんだものだと自分でも思いましたが、落語には時々、後味のとても悪い作品がありますよね。(もちろん逆の、後味のとってもいい作品もあります。有名どころで言えば『芝浜』とか。)
 素朴といえば素朴なんでしょうが、なんともざらついたイヤな感覚が後に残る、そんな印象の作品であります。

 あ、もう一つ浮かびました。短編小説。

  太宰治『座興に非ず』

 これは、田舎から東京に出てきたばかりの若者に、恐喝まがいのことをして金を巻き上げ、最後に、おかげで「私」の自殺はひとつき延びたと主人公が嘯く小説であります。
 これも後味の非常に悪い小説でありました。

 さて、僕にはそんなちょっと困った感じの六編の短編小説でありました。
 そして、最後に『海辺の光景』を読みましたが、これは、「総決算」とはいえ、筆者が大きく新境地を開拓したものでありました。

 次回に続きます。


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Last updated  2010.06.30 05:57:25
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七詩@ Re:父親という苦悩(06/04) 親子二代の小説家父子というのは思いつき…
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今猿人@ Re:方丈記にあまり触れない方丈記(03/03) この件は、私よく覚えておりますよ。何故…

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