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2012.02.11
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カテゴリ:明治~・劇作家

  『少女仮面』唐十郎(角川文庫)

 えーっと、この唐十郎という演劇人は、芥川賞も受賞なさっていますね。『佐川君からの手紙』という作品です。私も読みました。
 ところが、読んだはずのこの小説の印象が、私にはちっとも残っていないんですね。

 どんな話だったのですかね。
 「カニバル」の話ですよね。実際に起こった人肉食事件を元にしつつ、でも猟奇的な方向には進まず、うーん、どうなっていったのでしたっけ、とても前衛的で演劇的に進行しつつ、なんかだんだん分からなくなっていったという感じの印象が、何となく残っているようないないような、と。(ひょっとしたら今改めて読み直してみると、もっと一杯面白いものが見えてくるのかも知れませんね。)

 この小説が1982年ですが、その後、筆者は引き続き小説をお書きなんですかね。
 いわゆるマルチな才能の方の審査に当たって、そのジャンルに今後も引き続き貢献してくれそうに継続的に仕事をなさるかどうかと言う基準が時々出てきていたりして、若い頃の私は、そんなの関係ないだろうと思っていたのですが、そして今でも、まーお互い様か、とは思いつつ、やはりそんな視点はそれなりに意味がないわけではないなと思います。

 さて今回読みました戯曲集には3つの作品が収録されています。これです。

  『ジョン・シルバー』(1965)
  『少女仮面』(1969)
  『少女都市』(1969)


 この中では私は『少女仮面』が一番面白かったのですが、筆者はこの作品で岸田戯曲賞を受賞なさっています。
 今私は、この作品が一番面白かったと書きましたが、はっきり申しますと、後の作品はよく分からなかったんですね。
 なぜかといいますと『少女仮面』にだけは、ストーリーとして一貫する形があるように思えました。ところが、『ジョン・シルバー』にはほとんどそれが見えず、『少女都市』には、途中まではかなり展開の動力源としてそれがあると感じられつつも、終盤の「拡散」の形が、私にはよく分からなかったのであります。

 作品から一貫した意味をはぎ取るという試みは、実は小説作品にも数多い前例があります。ただ、では「形」をはぎ取った後に残るものは何かと考えていくと、……例えばこんな文章を見てみます。

 男はそういうと両手を開いてみせる。その手は屠殺人のように赤い。みれば不思議にも背広のうえにドテラを着ている。その上にまた、タキシードを着ている。そればかりか国電の古キップをびっしりとはさんだ帽子の上にはちまきまでして顔はメガネの上に眼帯をしている。そしてバンドには『平凡パンチデラックス版』と『少年マガジン』をはさんでいる。男はパンツが股にくいこんだらしく尻をモジモジさせている。(『ジョン・シルバー』冒頭ト書き)

 この「ト書き」の中にある『平凡パンチデラックス版』や『少年マガジン』という言葉は、ある時代には確かに間違いなく読み手に共通したインパクトの強い想念を与えたのだと思いますが、今ではそれは記憶あるいは知識としてのものでしかありません。同時代性の限界でありましょうか。

 こんな表現の不可能性の理解には、わたくし二通りあると思うんですが。
 一つは言語による意味以外のものの追求ですね。音楽の快感なんかが端的にこれでありましょう。
 もう一つはすでに触れている、いわゆる「不易流行」というものの「流行」部分であります。しかしこれを恐れていては、即物的に意味を表現する言語芸術は成り立ちません。

 (ついでながら、上記に抜き出した「ト書き」についてですが、この「ト書き」には、何といいますか、筆が滑ったというか読者サービスというか、「みれば不思議にも」「そればかりか」などの、主観的表現があります。実は私、ちょっと前から少し気になっていたのですが、戯曲における「ト書き」とはいったい言語表現の一部なのかという疑問であります。今回の作品みたいなのを読んでいますと、特にその疑問が感じられるのですが、どうなんでしょうね。ついでのついでに、こういった「ト書き」は、泉鏡花にも見られたと思います。やはり「情念」の劇なんでしょうか。)

 基本的に一回性の、人間の肉体を用いた表現である演劇に、時代を超えた意味を求めるのは、そもそもの矛盾なのかも知れません。むしろ範疇的に考えるのなら、流行歌やテレビドラマなどとセットで演劇はとらえられるべきでしょう。

 かつて70年を見据え強烈なエネルギーと猥雑さをはらんでいた時代に、それを表現するものとして「小劇場」活動があり、その中の雄がまさに筆者でありました。
 そのことは、もはや歴史事実として残っていくことに意味があるのでしょうか。

 しかし、彼だけではなく数多くの描かれたそのころの作品は、当たり前なのかも知れませんが、半世紀以上を経って読んでみると、意味として分かるのは、やはり一定の「形」を持っているものだけという気がします。
 たぶんこれは、戯曲形式の表現の限界でもあるのでしょうが……。


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Last updated  2012.02.11 12:27:20
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analog純文@ Re[1]:父親という苦悩(06/04)  七詩さん、コメントありがとうございま…
七詩@ Re:父親という苦悩(06/04) 親子二代の小説家父子というのは思いつき…
analog純文@ Re:方丈記にあまり触れない方丈記(03/03)  おや、今猿人さん、ご無沙汰しています…
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