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2016.09.26
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カテゴリ:大正期・白樺派

  『文章の話』里見とん(岩波文庫)

 えー、毎度の事ながら名前がひらがなになってしまうのがとっても悲しい「里見とん」ですが、タイトルが「文章の話」と、なかなかストレートな岩波文庫です。
 ところが、内容は全くストレートじゃないんですね。少なくともこの本は文章作法の本かなと思って読み始めると。

 ところで、わたくし、少し以前より何となく(本当に「なんとなーく」)明治維新以後の「言文一致運動」について興味があったんですね。
 その直接のきっかけは、本ブログでも何度か触れたのですが、数冊出版されている三遊亭圓朝の岩波文庫であります。私は3冊読んだのですがどれをとってもそうなのですが、実に完璧と思えるような言文一致の文章になっています。

 つまり、いわゆる文学史教科書に記載されている「言文一致運動」の作家達(二葉亭四迷、山田美妙、尾崎紅葉など)の取り組みに先んじて、すでにここまで発達しているにもかかわらず、なぜ彼ら(二葉亭など)は言文一致運動にそんなに苦闘したのか、というのがよく分からなかったんですね。
 (その後、なんとなくあれこれ読んでいて、特に中村光夫の本から大きなお教えをいただき、一定の理解はできたつもりではありますが。)

 さて本書にこんなエピソードが書かれていました。
 筆者が中学1.2年の頃(ウィキペディアに、筆者は「1900年(明治33年)に旧制学習院中等科」へ進学とあります)、学校の作文に言文一致文体で書いたところ、わざわざ職員室に呼び出されてこんな注意を受けた、と。

 「ああいう文体も、絶対にいけないとは思わないが、学校の方針として、作文は文章体、ということになっているから、以後、なるべく書かないように」

 また、「言文一致運動」についての一般的理解として、こんな感じであったとも書かれてあります。

 (略)日常のもの言いそのままを、――例えば、実際しゃべっている言葉どおり、そばから速記したものでも、「文章」として認めなければならない、いや、「文章」を、そういう形に改めてしまわなければいけない、という考えが起こって来たのです。

 ……なるほどねぇ。いえ、実はこの指摘は上記にも少し触れた中村光夫の指摘とほぼ同じなんですが、要するに圓朝の高座の速記録など「文章」ではない、という一般的理解ですね。
 改めて読みますと、一国の文章を変えていくというのはなかなか大変なことであるというのがよく分かります。

 さて、そんなエピソードがあったりして、私は結構楽しく本書を読んだのですが、本書の中心は、あまりそんなところにはありません。
 そもそも本書は1935年(昭和11年)から2年間にわたって順次出版された『日本小国民文庫』全16巻中の13巻目として出版された書籍でありました。つまり、児童向けの啓蒙書なんですね。

 そのことについては、筆者自身が「前書き」に児童向けではあるが、幾つになっても読めるように工夫して書いたつもりだと書いてあります。
 実際の所その通りであるかどうかは異論のあるところでしょうが、筆者が行った工夫の一つは、簡単に指摘しますと「文は人なり」という根本理念の元、よい文章を書く技術に先んじて、書き手の人間性をいかに高めるかに本文の七割くらいを費やしているところであります。
 その結果、文章作法についてはほんの少ししか触れられていないという、何と言いますか、ユニークといえば誠にユニークな「文章の話」になっています。

 例えば「品位」という一章があって、こんな書き出しになっています。

 文章にかぎらず、芸術品にかぎらず、手工であろうと、なんであろうと、一流のものには、必ず品位が備わっています。

 と、ここから始まりまして、えんえん、というほどではありませんが、「品位」の具体例や筆者の主張や思想が描かれるわけですね。で、最後は、「品位」とは「優雅な心」である、と。

 なるほど、「品位」とは「優雅な心」のことなのだ。
 というふうにお教えを受けますと、こんな感覚や思想はそれなりに興味深くはありますが、詰まるところ白樺派的人道主義と理想主義で、それは気持ちのよい見晴らしのよさを確かに感じさせる一方、上流階級子弟集団のお気楽さもやはり、ふと感じたりします。

 かつて長与善郎(この方も白樺派ですね)の『竹沢先生という人』という作品を読んだときに感じた、作中人物中の「人格者」に啓蒙される喜びを可とすると、とっても楽しくかつ有意義な一冊になると思いました。


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Last updated  2016.09.26 18:44:32
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