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2017.02.18
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カテゴリ:明治期・自然主義

  『妻』田山花袋(岩波文庫)

 先日、久しぶりに本屋に行きまして、久しぶりに新刊書を買いました。
 私が久しぶりに本屋に行ったというのは、考えてみれば激しい世間の栄枯盛衰の結果でありまして、昔若かりし頃の私は週に一、二度は必ず本屋に行っていました。ところが最近はご多分に漏れずネットで買うんですね、新しい本も古い本も。

 だから街の本屋さんがどんどん潰れていくというニュースなんかを読んで、少し心が痛み気の毒にも思う一方、もうこれはいかんともしがたく、『おじいさんのランプ』化現象でやむを得ないのだと考えているこの頃であります。

 ……えー、ここでちょっと説明させていただきます。『おじいさんのランプ』化現象とは何かということですね。
 そもそも『おじいさんのランプ』とは新美南吉の書いた児童文学の名作で、確か昔、小学校の教科書に載っていたように記憶します。
 たぶんこんな話じゃなかったかと思い出しながら以下に書きますが、なにぶん大昔に読んだきりでかなり間違っていそうな気もします。すみませんがそこのところ、よろしくお願いします。

 明治の文明開化の時代、ランプ屋をしていたおじいさんが、ランプからどんどん電灯に変わっていく開化風俗を激しく憎み、電灯の悪い評判を立ててやろうと考えます。そして街の電灯に放火をしようという恐ろしく人の道から外れた(かつややリアリズムにムリのありそうな)悪心を起こし、さて火を付けようと火打ち石を使いますが、石が不良品なのかいっこうに着火しません。おじいさんは腹を立て、だから古くさい火打ち石などはだめなのだ、マッチを持ってくればよかったと考えたところで、はっとするというお話ですね。
 マッチと火打ち石の関係が、憎い電灯と我がランプの関係に重なることにおじいさんが気付くというお話であります。なかなかいい話ですね。

 閑話休題、さて久しぶりに私が買ったのは『〆切本』という本で、この本のユニークさを紹介していくとこれまた切りがないのでそれは後日に置くとして、この本に田山花袋の随筆が収録されています。

 小説が書けない時の塗炭の苦しみと、何かの拍子に書け始めてさらにペンが滑るように進んでいった時の天にも昇るような喜びが対照的に書かれているのですが、小説が書けない時の花袋夫婦の遣り取りがこの様に書かれてあります。

「どうしても、出来ませんか。」
 妻も心配らしい顔をしていう。
「こうして歩き廻っているところを見ると、どうしても動物園の虎だね。」
「本当ですよ。」
 妻も辛いらしい。本当にその辛いのを見ていられないらしい。それに、そういう時に限って、私は機嫌がわるくなる。いろいろなことに当り散らす。妻を罵る。子を罵る。
「ああ、いやだ、いやだ。小説なんか書くのはいやだ。」
「出来なければ仕方がないじゃありませんか。」こうは言うが、妻は決して、「好い加減で好いじゃありませんか。」とは言わない。それがまた一層苦痛の種になる。


 大の男が「いやだ、いやだ」と駄々をこねているような個所なんか思わず笑ってしまいますが、しかしこの遣り取りには、どこかウォームフルな雰囲気が流れていますね。ちょっといい話になっています。

 というところでやっと、冒頭の小説『妻』です。
 ご存じのように自然主義・私小説の大家田山花袋でありまして、本書も辛気くさい小説家の夫婦がそのまま主人公になっています。
 本作の文学史的な評価について、本書の解説文を書いている吉田精一はこの様に綴っています。

 「妻」はとりわけ「生」とともに彼の「平面描写」論の応用としての意味をもち、その点で日本の自然主義小説の一代表作たる位置を占めるのである。内容的にいえば「生」に書かれたすぐ次の時代を対象として、花袋の私生活をほぼ忠実にたどっている。

 この文には二つの内容が書かれていますが、二つめの「私生活をほぼ忠実にたどっている」というところは、なるほど「私小説」だからなとも思い、花袋の新婚生活の頃から3人目の子供が生まれるあたりまで、特に終盤には例の『蒲団』のモデルとなる女性が登場してきて『蒲団』の内容と被ったり被らなかったりしながら、なかなか興味深い展開になっています。

 一方一つめに書かれている「平面描写」ですが、実はわたくし、これが今までもう一つ分からなかったんですね。いえ、今でもしっかり分かっているわけではありませんが、ただ本書を読んでいて、なるほどこんなことかぁと思った個所がありました。

 ……えーっと、そのことについて、次回ちょっと考えてみたいと思います。続きます。


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Last updated  2017.02.18 06:55:00
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