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近代日本文学史メジャーのマイナー

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analog純文

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2019.01.07
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  『酒道楽』村井弦斎(岩波文庫)

 日本文学史の教科書(時々本ブログで取り上げる、高校で使うレベルの文学史教科書)にはたぶん名前のない村井弦斎という作家は、明治期におけるベストセラー作家だと本書の解説にあります。

 報知新聞に連載されていた、酒の害を解く「教訓小説」である、と。
 一般大衆の生活意識の向上を啓蒙とする大衆小説ですね。

 なるほど、当時はさぞ、酒が原因の失敗が数多くあったんだろうなと思います。だって、現在に至ってやっと若干の社会的変化が出てきたとはいえ、つい最近まで「酒の上」といえば何でもありみたいな風潮が、わが国にはありましたよね。日本は酒飲み天国である、と。(それは私の周りだけだったのかな、そんなことないですよね。)

 また、酒が原因で亡くなった文人は結構多いと聞きます。
 有名なところでは、大酒のみで肝硬変で亡くなった若山牧水は、死んでしばらく遺体が腐敗せず、生きながらすでにアルコール漬け状態であったという逸話は有名。
 私が読んだ数少ない酒テーマの小説で指を折るのは『今夜、すべてのバーで』ですが、筆者中島らもは酔っぱらって階段から落ちて亡くなったと聞きます。

 酒害を説く本書の村井弦斎は、さほどの酒好きではなさそうですが、例えばこんなところは酒飲みに対する観察眼の優れたところでしょうか。

​ 「おまえは直にそう言うけれども酒を飲む時に色々の肴が膳の上に列んでいないと心持が悪い、十品でも二十品でも品数が多くないと膳の上が淋しくっていかん、といってナニも尽く食べるのでないから一つ物をコテ盛にされると胸が悪くなる、カラスミとか塩辛とかいうような物を少しずつ幾品も出しておくれ、眺めていればいいのだ」​

 酒飲みの小説家、山田風太郎も同じことを言っていましたね。

 さて、上記にも触れましたが、本書は明治三十五年に報知新聞に連載された新聞小説です。のちに朝日新聞の専属作家となる夏目漱石のデビュー作『吾輩は猫である』(この作品は新聞小説ではありませんが)に先行すること3年です。

 どちらもとてもユーモラスな作風であり、並べてみると明治期の小説界の思いがけない懐の深さに、何となく感動してしまいそうです。

 もちろん両作品には、甚だしい違いがあるといえばあります。
 それは今日の二作品に対する大きな評価の差が、不当とはいえないくらいのものかもしれません。

 思うに、わたくし今回この二作をぼうっと比べてみて(『猫』はこの度改めて読んだのではなく過去の読書の記憶ですが)、純文学小説と大衆小説の大きな違いの一つに、エンディングの差があるのじゃないかと感じました。

 『酒道楽』のほうは、いかにもおざなりといえばおざなりなエンディングです。
 それはきっと、純文学小説が、完成した全体の形をあくまで追求するのに比べて、大衆小説は、もう見せ場は各回のその時々で終わっているからという態度ではないかと思います。

 にもかかわらず、本作は結構読んでいて楽しいです。
 さすがに岩波文庫のチョイスです。(かつて愚かな私は、岩波文庫の文庫化作品チョイスに疑義を感じたことがありましたが、現在は岩波チョイスに信頼を置いています。)
 この楽しさの原因は何かと考えるに、二つ思いつきました。

 一つは本作の大きな特徴の一つであるユーモア感覚が、決して古びていないことです。これは結局のところ、ユーモアに品位があるからではないかと私は思います。作家の、対象への視線の温かさと言い換えてもよいものでしょう。

 もう一つは、実は私は、明治期の小説を何作か読んで、明治という時代に対し一種の「地獄」めいた生きにくさをずっと感じ続けているのですが、それは例えば女性蔑視の感覚です。

 それは結局、人間が生きる上で経済的自立がいかに大切かということなのですが、そして本書も根本のところではそれからの脱却は描かれていないのですが、女性登場人物の個々の描かれ方に、どこか社会状況を突き抜けたような救いがあります。
 それはきっと、酒毒の啓蒙というばかりではない「フェミニズム」めいた作者の視線です。これが、読んでいて楽しい雰囲気を醸していると思います。

 というわけで、きっとさらに分析しだすと結構厳しい部分も出てきそうですが、酒毒の啓蒙を目指しつつ、しかし酒に対する攻撃に徹底性の欠ける本書は、それゆえに大衆小説として現代に生き残ったように思います。

 全然関係がないかもしれませんが、私はふっと『ゲゲゲの鬼太郎』を思い浮かべ、確か作者水木しげるは、ねずみ男がいなければ鬼太郎はちっとも面白くないと言っていたのを思い出しました。
 あ。いえ、やっぱり、全然関係ないですかね。


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Last updated  2019.01.07 20:07:04
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