子供のように
人と話していて楽しいのは、子供のようになんでなんだろうって。質問する人。質問にこたえているうちに、そのままこたえるのでなはなくて、「逆にどうしてなんでしょうね。」って質問をする。例えば外国語では挨拶がおなじだったりする。なぜ日本語は違うの?っていう質問。韓国語だと「アニョハセヨ」って同じなのに。って。日本語だと「おはようございます、こんにちは、こんばんは」逆に日本語の挨拶の方がおかしくありませんか?朝だからおはよう。おそらくはじめはこれだけではなかったはず。「朝早くに起きてつつがなく幸せなことです」みたいない意味を兼ね備えた日本語があったと思うんです。今は短縮形。って思ったら、違っていても、同じでもいい。その心にあるものではないかなって。韓国語の「アニョハセヨ」は安寧が元だったんではないかなと。これ確認とれていないので推測です。安寧意味は『無事でやすらかなこと。特に、世の中が穏やかで安定していること。』どちらにしてもお互いの生きていることに対して感謝の言葉だったのではないかなと思うのです。挨拶って。でもそういうことに、素直になんでだろうって言葉にできる人って素敵だなあと思います。そして以前の自分は同じように不思議だと思って考えをとめていたのですが、「逆にどうして?」という考え方の幅をもつことができるようになったことで膨らむものが増えたと感じています。