医の原点
風花病棟 帚木 蓬生帚木 蓬生は、大好きな作家。この人の短篇は初めて読んだが,短編はグーッと入り込む楽しさが得られずに、やはり物足りない感。でも、10人のいろんな年齢、性別、立場の医師の語りからなるお話は、どれも暖かくて、医療の原点を思わせるものだった。中でも「チチジマ」は好きだった。終戦間際のチチジマに不時着したアメリカ兵と軍医としてそこにいた日本人が60年近い時を経て医学会の場で偶然出会う。アメリカという国、日本という国、戦争というもの、人が相手に思いを寄せるということ。不時着をしたアメリカ兵をたくさんの爆撃機が助けに来るのを見てずいぶん偉い身分の人かと思ったが、それが、一介の若年兵だと知り、アメリカはたとえどんな身分の低いものであれ、1人の自国人が死にそうになれば見捨てない風土がある。日本はどうか、上官の命令なら人を殺すことも残酷な扱いをすることも断ることはできない。現在だって、拉致されたと分かった人がたくさんいても何もできない。その助けられたアメリカ兵は60年ののち、旅先で日本人に会うたびに戦争での被害・苦労話に真摯に耳を傾け、一緒に悲しみ、心からわびる。戦争なんだからお互いさま…などという言葉はかけられないほどに、心から真摯に謝罪の言葉を述べる。日米間だけでなく、今もくすぶる中国や朝鮮半島との戦争のしこりを溶かしていくのに必要なものは何か…。短編なのに、そんなことを深く深く感じてしまった。どのお話にも、規則や効率に縛られない人間本位の医師が登場して、心が暖かくなるような短篇だった。