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物欲☆あんず雨

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2011年06月28日
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カテゴリ:原爆と原発と
途中まで書きかけた駄文が、消えてしまい…。
これはやはり、書かないほうが良い…ということなのかと悩みつつ…。

これから書こうと思っておりますことは、何年も前から、ブログを始めた頃から、夏になるたび、記載を逡巡していたことです。

ある意味、よりによって『今』書かなくても…という類の内容であります。

けれども『今』書かないで、いつ書くのか…という思いもあり…。
また、ご覧くださる方々様から『どう思われるか』が怖いばかりに、怠惰に沈黙したまま…というのも卑怯なのでは…とも思うたり…。


話は、原爆や、原発事故のことに及びます。

皆々様を怖がらせようと思ったり、また、風評被害を煽る気持ちは決してありませんが、内容が内容ですので、『怖い』と思わせてしまうかもしれません。
書き手の私め自身が、『怖い』と思っているからです…。

ですから、そういったものを避けて通られたいかたは、以下、お読みにならないほうが宜しいかと思われます。
(こういうお断り書きも、卑怯のような…)

そう、今は、卑怯な己を恥じる程度には、冷静になっているつもりでありますが…。

3月、原発事故の深刻化が報道されるたびに、卑怯な私めは、遠くへ逃げることばかり考えておりました。

以前より拙ブログをご覧の方々様には、私め居住エリアが千葉県北西部とお気付きでござりましょうゆえ、怖がり過ぎ…とお思いかとも思われます。
避難エリアに入っていない、でも事故原発近郊にお住まいの方々様に、ご無礼千万…と私め自身も思います。

ある意味、その私めの卑怯っぷりの『言い訳』をしたいがための文にもなろうかと思い、書いてUpすることのほうが卑怯??とも考え、迷い続けてもおりました。

前置きが長くなりました…。

まずは…。私めの幼少期より話を始めたく存じます。
取りとめの無い、思い出話になってしまうかも知れませぬが、ご覧いただけますれば幸いに存じます。


お化け話や、幽霊話が好きな幼児だった私めは…。
その類の話をせがむ感覚で、「おばちゃん、『ゲンバク』の話、して~」と、大叔母(母方・祖父の姉)の家に入り浸っておりました。(無神経幼児)

大叔母のことは、『広島のおばちゃん』と呼んでおりました。
彼女の家が建築中だった頃の記憶もうっすらありますゆえ、私めが2歳か3歳の頃、広島から千葉に移り住んで来たのだと思われます。

隣近所に親族が寄り集まって住んでおり、皆、広島(市内や県北)出身者だったのではありますが…。私めの中では、彼女だけが『広島から引っ越してきた人』でありました。

広島は両親の故郷であり(私めも生まれたのは広島の病院です)、行ったり来たりはしていたのですが、『ゲンバク=原爆』のことを知るようになったのは、『広島のおばちゃん』からだったと思います。

広島のおばちゃんは、片方の目がヒスイのような色でした。

子供心に、きれいな色だ…と思ったのですが、おばちゃんは、「ゲンバクのピカを見てしまったから(この目は)悪くなった」と教えてくれました。
被爆者手帳というのを持って、頻繁に病院にも行っていました。

おばちゃんから聞く『ゲンバクの話』は、『ゲンバクの大やけどで、人間でない姿になってしまったニンゲン』が、大勢出てくる怖い話でした。

おばちゃんは、少し離れたところでヒバクしたので、片目はおかしくなってしまったけれど、やけどはしなかったので、職場の人たちと一緒に、燃えさかる街に救護活動に向かったそうです。

たくさんの話を聞きましたが、一番よく憶えているのが、大やけどをして血まみれになってしまった女学生さんに「助けてください、助けてください」と、すがりつかれた話です。
女学生さんのかすれた声音を再現する、大叔母の口調が、今も耳に残っております。

大やけどをした人の両腕から、皮膚が垂れ下がって、たくさんの人が、幽霊のように両手を前に突き出して歩いていた話も聞きました。

『まだ生きているのに、幽霊のように歩いているのか』と、不思議に思ったものですが、垂れ下がった皮膚が地面に擦れる激痛に耐え切れず、無意識にそのポーズになってしまっていたのだと、後年、知りました。

小学生になってからでしたか、広島の原爆資料館で展示を見た折、「ああ、おばちゃんから聞いた通りだ」と思いました。


…そんな風に『ゲンバクの話』は、ごく自然に、私めの身近にありました。

毎年の夏、8月6日が近づくと重苦しく悲しく、落ち着かない気持ちになり、それでも「ゲンバクは『過去』にあった事なのだ。あの惨禍を繰り返すほど、ニンゲンは愚かではないのだ」と、心のどこかで思っていました。

そして、「『広島のおばちゃん』は被爆してしまったけれど、悪いのは目だけだし、他の、うちの親類縁者は、幸いにして、原爆には遭わなかったのだ」と思い続けていました。

今思えば、詳しいことを知ろうとしなかっただけで、他にも、被爆した親族は居たのです…。
それは、父方の祖父でした…。

(以下、次号です)(平伏)





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最終更新日  2011年06月29日 09時02分29秒
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