『嘘つきな彼女』発作1
まだシンもカズもいなくて、俺だけだった頃から。嫌、もしかするともっと前、俺と出会う前からなのかもしれない。クレハはときどき静かに泣き出して、止まらなくなることがある。とくに、音もなく静まり返った夜中などに、すすり泣く声を聞いて目が覚めると、意識を悲しみの淵に沈めたようなクレハが、ものもいわずにただ泣いているのだ。「・・・どうした・・?」驚いて暗闇の中、枕元にあるスタンドをつけ、体を起こして泣いているクレハを抱きしめた。小さな体を包み込むようにしながら、手のひらで彼女の髪をなでる。長い髪をたどって、背中のほうまでゆっくりとすべらせていた。「・・・・・なんでも・・・ない・・。」息をつまらせながらかすかに聞こえる声。泣きやもうとしているのか、しきりに鼻をすすっている。「いいよ、クレハ言ってごらん?」俺がそういうと力なく俺の背中のほうにまわされた弱々しい手の先で、その辺りの服をぎゅっと握った。「・・・あ・・たしは・・。」「うん。」「諌山さん・・・・はっ・・。」言葉がみつからなくて、必死で俺の顔を見上げたクレハの瞳から、洪水のように大粒の涙が溢れている。うまく言えないもどかしさからなのか、握られたコブシが軽く俺の胸をたたいていた。混乱する彼女の頭の中が、伝わってくるようだ。震えている体をもう一度抱きなおして、俺は彼女の耳元に口付け、首筋に唇をうつしながら、彼女をそっと寝かせてみた。泣いたまま俺を不思議そうに見るクレハに、なにもいわずに微笑んで、彼女の白い足の間に手をいれる。「クレハ・・疲れてない・・?」そうなってみてはじめて、少し理由がわかったような気がした。ここ何日か、仕事がたてこんでいるクレハは、俺が帰るともう眠っていて、しばらく彼女に触れていない。勝手にキスはしていたけど、本人は覚えてないだろう。それまでは俺じゃなくても、外に予備がたくさんいたようなクレハの交友関係を考えると、もうすっかり清算してくれていたのだ。うれしい誤算だ。「・・ん・・・。」彼女の中で指を動かしながら、息をみだすかわいらしい顔を眺めていた。「俺は我慢してたんだよ? クレハの体も心配だし・・・。」理由なんてどうでもよくなっていた。今日はまた彼女の愛しい体が抱ける。「もう寝れないけど、大丈夫かな・・・。」やめるつもりが、さらさらなかったので、言いながら俺はクレハを脱がせていた。「・・・あたし・・・が・・。」いなくなっちゃうから。そのほうがいいの。と、まだ泣いている彼女が言う。朝まで触れ合っていたら、その意味がようやく伝わってきた。毎日違う男の元へ足をはこんでいたのは、自分の存在を確認するために。クレハは一人では、自分の価値がよくわからないのだ。期待にこたえて俺はひたすら彼女を愛する。君はここにいると教えるように。泣きじゃくるクレハの感情のことは思いやれずに、ただ欲しくてたまらなかった自分に、少しだけ罪悪感を感じながら。 →