定時制教員のつぶやき

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• サンタクロースっているんでしょうか？

  　　サン新聞社さま──　　わたしは８歳です。　　わたしの友だちに「サンタクロースなんているもんか」っていっている子がいます。　　パパは「サン新聞にきいてごらん。サン新聞のいうことがいちばん正しいだろうよ」　　といっています。　　どうか、ほんとうのことを教えてください。　　サンタクロースっているんでしょうか？　　ニューヨーク市西95丁目115番地　　バージニア・オハンロン1897年というから、今から100年ほど前のこと。ある秋の日、こんな手紙がニューヨークのサン新聞に届いた。誰もが子どもの頃に抱く疑問、そして多くの親たちにどう答えたらいいのか悩ませた質問。そんなことが書かれた少女の真摯な手紙をから、フランシス・チャーチ氏の手によって、こんな社説が生まれた。　　バージニア、あなたの友だちは　　「サンタクロースなんているもんか」　　といってるそうですが、その子はまちがっています。　　このごろは、なんてもかんでも「そんなのはうそだ」と疑ってかかる人が　　多いけど、その子もそんな疑りやさんなのでしょう。　　そういう子は、目に見えるものしか信じようとしないし、　　自分の頭で考えても理解できないものは、「あるもんか」と思ってしまうのです。　　しかし、自分の頭で考えられることなど、おとなだってこどもだって、　　そんなに多くないのですよ。　　（中略）　　そう、バージニア、サンタクロースはいるのです。　　サンタクロースがいる、というのは、　　この世の中に愛や、やさしさや、思いやりがあるのと同じくらい、たしかなものです。　　わたしたちのまわりのある愛や思いやりは、　　あなたの生活を美しく楽しいものにしているでしょう？　　もし、サンタクロースがいなかったとしたら、　　この世の中はどんなにつまらないことでしょう！　　サンタクロースがいないなんて、バージニアみたいな子どもがいない、　　というのと同じくらいさびしいことだと思いますよ。　　サンタクロースがいなかったら、　　すなおに信じる心も、詩も、夢のような物語もなく、　　人生はちっとも楽しくないでしょう。　　わたしたちが、喜びを感じるのも、　　目で見たりさわったり聞いたりできるものだけになってしまいます。　　そして、子どもたちが世界中にともした永遠の光も、消えてしまうことでしょう。　　（中略）　　サンタクロースを見た人は、だれもいません。　　でも、だからといって、サンタクロースがいない、といえるでしょうか。　　この世の中でいちばんたしかでほんとうのもの、　　それはおとなの目にも、子どもの目にも見えないのです。　　（中略）　　目に見えない世界は、一枚のカーテンでおおわれていて、　　どんな力持ちでも、力持ちが何十人集まっても、　　そのカーテンを引きさくことはできません。　　そのカーテンを開けることができるのは、　　信じること、想像力、詩、愛、夢見る気持ちだけなのです。　　そういう心さえあれば、カーテンのむこうにひろがる、　　美しく、きらきらした輝かしい世界を見ることができるのです。　　そんな世界は幻ではないかって？　　バージニア、カーテンのむこうのそんな世界こそが、　　ほんとうであり永遠なのです。　　サンタクロースがいないだなんて！　　うれしいことに、サンタクロースはちゃんといるし、　　これからもずっと生きつづけるでしょう。　　今から一千年たっても、いえ、その百倍の月日が流れても、　　サンタクロースは子どもたちの心の喜びとして、　　ずっとずっと、生きつづけることでしょう。ちなみにこのエピソードはアメリカ人なら誰もが知っているそうで、クリスマスシーズンに何人かで集まっている時などに「そう、バージニア」と口にすると、必ず誰かが「サンタクロースはいるんです」と返してくれるそうだ。チャーチ氏はこう書いている。　　この世の中でいちばんたしかでほんとうのもの、　　それはおとなの目にも、子どもの目にも見えないのです。このコラム、チャーチ氏は想像力に溢れる心の大切さを説いているのではないだろうか。未来を思い描くことや、他の人の気持ちを推し量ることのできる力を持つこと。見えないものを思い描き、それに対して敬虔で誠実であり、傲慢や過信を慎むこと。そうした心を持つことで、自分に対しても他の人に対しても優しくなることができる。子どもも大人も、こうした豊かな心を持つことこそが大切であり、周りにいる人たちの豊かな心を育むよう、心を砕くべきである。近年、教育に関する見直しとそれに関する議論が盛んに行われている。だが、どれもがどこか的外れに、このエピソードを読むたびに思えて仕方がない。引用文献　村上ゆみ子著・東逸子絵『サンタの友だち　バージニア』　1994　偕成社

  2004.12.03

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• ピリオド「．」ではなくカンマ「，」として

  ここ２年ばかり、友人との付き合いや用事を極力制限して取りかかっていることがあった。それは教員としての僕には全く関係のない個人的な用件ではあったけれど、ある意味教員としてよりも僕の根幹に関わることだと、思っている。昨日、それが一つ区切りがついた。取りかかってから３つめの区切りだった。区切りがついたからといっても満足感を得るにはほど遠く、ささやかな安堵感だけが胸の辺りあるだけ。それに安堵ばかりもしていられない。年末までにもう一つ区切りをつけたいこともあるし、年が明けてからもつけたい区切りはやってくる。正直、何度となく投げようと思った。全て終わりにしたいと思ったこともあるし、どうしようもないと自棄になったこともあった。でも、これからも苦しみ続けるんだろう、そう思う。今日迎えたのは、終わりを意味するピリオド「．」ではなく、まだ続くことを意味するカンマ「，」。だから、仕事が翌日に控えている時はアルコールは飲まないことにしているけど、今日は慰労でスコッチを一杯だけ飲む。そして明日からもまた続けよう。果たして、今日のカンマはどんな意味を持つのだろう。

  2004.11.30

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• 

  First Sunday in Advent

  デパート中に閉じこめられていたクリスマスが、夕暮れの訪れが早くなるにつれて街中へ、家々の庭へ、温かいリビングへと溢れ流れていく。静寂の訪れた住宅街を歩いていると、夜が訪れる前、この家の人たちが庭を飾っていた時の華やいだ心の名残のように、道路に面した緑に赤や青や黄色い光が瞬いているのが目に入る。きっとその明かりの向こう、カーテンから漏れる明かりの下では、気の早い子どもたちが壁に飾られたアドヴェントカレンダーの最初の一枚をめくり、４本立てられたキャンドルの最初の１本に灯を灯すよう、両親にせがんでいるのかもしれない。クリスチャンでもないのにクリスマスにはしゃぐなんて。そんな風に言う人もいるけれど、クリスマスが近づくと、誰もが周りの人はもちろん、見知らぬ人の幸せも願いたくなるような気がする。みんな笑っていられますように、みんな何かいいことがありますように。誰もが他の人に笑いかけたくなる、そんな季節は１年の中で今しかないのでは？笑顔が溢れる季節が、今日、幕を開ける。 **********************************************************************このHPをご存じでしょうか？僕が毎年楽しみにしているHPです。温かい飲み物を横に、一枚捲ってみてはいかがでしょうか。　　Xmas Count Down / クリスマス・カウントダウン

  2004.11.28

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• 高度１m

  　　アクセルをあおり　　体を左右に　　飛ぶように走る　　少しずつ　　スクーターと　　マッキちゃんが　　まざってくる　　エンジンの回転と風圧と　　景色の流れ方の　　ちょうどいい速さを　　見つけると　　ハンドルのことも　　アクセルのことも　　忘れてくる　　だんだん　　バイクが　　なくなって　　……　　まるで　　自分の体で　　地上１ｍの空中を　　飛んでいる感じに　　なってくる　　速すぎず　　おそすぎず　　体重を無意識に　　左右にかけて　　道をなぞっていく　　　飛んでいるのに　　地面の手ざわりさえ　　わかる　　バイクに　　なってしまう　　　　　　　　── 芦奈野ひとし『ヨコハマ買い出し紀行』より ──小春日の差し込む電車の中で、こんな文章に出会う。窓の外を見ると、陽射しを浴びて光るすすきが川のように流れている。そしてその向こうには線路に平行に走る道路を進む一台のバイク。生まれて初めて、バイクに乗ってみたいと思った。

  2004.11.22

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• 冬へのまなざし

  作詩・伊藤海彦、作曲・荻久保和明、混声合唱曲『季節へのまなざし』といえば、合唱に関わったことがある人なら誰でも知っている名曲である。実際にステージで歌ったことのある人も多いだろうし、まだ歌ってはいないが歌いたいと思っている人はもっと多いだろう。全４曲からなるこの作品は、それぞれが４つの季節を鮮やかに描いている。　　風は立ち　匂い　きらめき　声ひそめ　　風は吹く　吹き抜ける　　見えてくる　新しく世界の中に　見えない世界　　鮮やかに色を滲ませ　見えてくる　見えない世界　　　　　　　　　　　　　　　　　　　(「ひらく」より)　　瑠璃……緑……黄色……薄紅……白……紅……　　芽吹き　開き　溢れるものに　　開かれる　人のまなざし　　その目の中に開く　喜び　 　　　　　　　　　　　　　　　　　（「ひらく」より）　　陽射し　はじけ　　草の穂は伸び　蔓は伸び　樹液は上る　　葉を重ね枝を伸ばし　それは伸びる　　青い彼方　　彼方の向こうに見えてくる　自分　　自分の中に見えている　彼方　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（「のびる」より）　　そして今　まろく重たく　時が実る　　揺れている　すずらなものよ　穂に連なり　枝をしなわせ　　房と垂れ　輝く　赤の銀の紫の　囚われた日々よ　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（「みのる」より）　　まろく　重く　季節は熟れ　やがて落ちる　　時を越えて　それを見つめる　目の中に　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（「みのる」より）できれば全てを引用したい。一部ではこの詩の美しさ、この詩の向こうに広がる世界を伝えることができないからだ。さて、春、夏、秋と来て、詩人は冬にどのようなものを見たのだろうか。詩人は冬をこのように名づけた。「ゆめみる」冬の訪れに、人は時として暗い世界を見る。中には、そんな季節につらい決断をしなければならい人もいるのだろうか。冬の静寂は時として永遠を思わせる。だが、冬芽は、種は、そんな季節につらさを噛みしめているのではない。じっと己の中で開く時を夢見、そのための準備を進めている。己の夢が固い殻の中だけで終わるものでもないことを知っている。そして、雪の中の落ち葉が一層鮮やかに見えるように、冬の中で出会う温もりが一際尊いことを、冷たいと思われた雪が冬芽を、種を温かく包むことを、秋の悲しみは冬の雪に覆い隠され、美しい世界を造ることを。　　人はゆめみる　　手をかざし　炎の中に土の器を　　やがて来る　雪の白さが　悲しみを　　誉め歌に変えるまで　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（「ゆめみる」より）

  2004.11.18

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• 誰もいない本棚

  数年前、ＮＨＫで「誰もいない部屋」という番組を放送していたのを知っているだろうか。ある人の部屋を見て回りその部屋の住人を推理するという番組なのだが、部屋から立ち上っていく人物像を追っていく過程が面白くて食い入るように見ていた。部屋を見ていく際、必ず探索するのが本棚だった。本棚を見ることで、その部屋の住人がこれまでどんなものに関心を持っていたのか、今どんなことに集中しているのかを知る重要な手がかりになるからだ。本棚にはその人となりが現れるという。それゆえ、本棚と冷蔵庫の中を見られるのを極端に恥ずかしがる人も少なくない。僕も他の人の本棚を見るのが好きだ。似たような趣味関心を持つ友人の本棚で出会い、僕の愛読書となった本もある。また同じゼミの仲間の本棚で読んだことのない本を見つけた時になぜか嫉妬心が起こり、帰る途中に本屋によってはその本を買って読んだこともあった。そう言えば、ちょっと好きになりかけた女の子の家に仲間で押しかけた時、女の子の本棚に幻滅して、だんだんその子への関心が無くなっていったこともあったっけ。ブクログで「ゆきの本棚」というものを作ってみた。ここには僕にとって大切な本が並んでいるが、今僕がいる部屋の本棚とは顔ぶれが全然違う。両方を見比べてみて、一体どちらが僕に近いんだろうかと考える。どちらも「飾った自分」か「こうありたいけれどこうなれない自分」のような気がする。多分、他人から見た僕は、両方の本棚から立ち上ってくる姿に似ているんだろう。でもそれは僕ではあっても僕でないもののような気がする。そう言えば、秋月りすの『ＯＬ進化論』でこんなこと言ってたっけ。「本棚にはその人の性格が表れるというけれど、　その人の本性は本棚の目立たないところでカバーを掛けて隠すようにおいてある本に　現れる」多分、僕の根源は本棚の陰に隠れていて、服を着るように自分に似合うと思った本を本棚に揃えては、ちょっと自分を着飾っているのかもしれない。いつかその服が自分にピッタリと合うことを目指しながら。

  2004.11.16

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• 夜霧

  夜になって突然降り出した雨は、夜が深まるにつれて霧に変わる。和紙に覆われたような街灯が、滲んだオレンジの光で車道の片側を照らしていた。何が問題かは分かっていた。解決するための選択肢が幾つあるのか、何があるのかも分かっていた。そして選択肢の幾つかが僕を苛立たせていることも。知らず知らずのうちに、ステアリング操作が乱暴になっていた。危ないな、事故るな、と頭の中の冷静な自分が眉をひそめてはいたが、僕はアクセルを強く踏む。街灯もほとんど無い山道。ヘッドライトの光の中で、僕の前に漂う霧を浮かび上がっては、車がモヤモヤと漂うものにぶつかり、切り裂いていくのが目に入る。僕は縋るようにアクセルを踏む右足に神経を集中させると、何かを振り払うように、もう一度アクセルを強く踏んだ。

  2004.11.10

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• 「六月」のような十一月

  通勤途中に目に入るどこかの家の庭だったり、職員室の窓から見える中庭であったり、いつもタバコを吸う非常階段から見える遠くの山だったり、毎日眺める風景の中に、樹々の色が変化していく様や、今まで見られなかった花が新しい彩りで庭を飾っていくのを見つけては秋の深まりを実感してきたのだけれど、例えば普段使わない教室の窓のカーテンをざっと開けて赤く色付いた木が目に飛び込んで来た時なんか、ああ、秋なんだ、とまるで今初めて気付いたような新鮮な驚きがわき起こってくることがある。こんな驚きを覚えるたびに、僕の頭の中には茨木のり子の詩が浮かんでくる。　　どこかに美しい村はないか　　一日の仕事の終りには一杯の黒麦酒　　鍬を立てかけ　籠を置き　　男も女も大きなジョッキをかたむける　　どこかに美しい街はないか　　食べられる実をつけた街路樹が　　どこまでも続き　すみれいろした夕暮は　　若者のやさしいさざめきで満ち満ちる　　どこかに美しい人と人との力はないか　　同じ時代をともに生きる　　したしさとおかしさとそうして怒りが　　鋭い力となって　たちあらわれる 　　　　　　　──　茨木のり子「六月」　──この詩を読んだ多くの人は、これに秋を感じ、またはどこか外国の街を思い浮かべるようだ。確かに、日本の六月といえば梅雨の季節であり、この詩の向こうに広がる穏やかな夕暮れのイメージとは少しかけ離れている。どこで読んだかは忘れたが、ある小学校の先生がこの詩を授業で取り上げ、授業の最後で子どもたちに書かせた感想を茨木のり子さんに送ったことがあったらしい。その感想の多くが、この詩は外国の六月を描いたものではないかというものだったそうで、茨木さんはその感想に対して、別に外国とか特定の場所をイメージして書いたものではなく、「六月」というタイトルも茨木さんが生まれた月で、一番好きな月だからタイトルにした、と答えたそうだ。それならば、秋を感じるたびにこの詩を思い浮かべるのも決して間違いではないのだろう。（ちなみに、北海道の六月は、「食べられる実を付けた街路樹」こそないが、　この詩に描かれたような季節だし、また日本全国の気象データを見ると、　六月は決して他の月に比べて飛び抜けて雨が多い月ではないらしい）定時制の人間には、夕暮れは一杯の黒麦酒や大切な人とさざめきを交わす時ではなく新しい一日の始まり、社会人から学生へと変化の始まりだ。そして定時制にいると、太陽が沈んで色を失った世界の中で秋の色も闇に紛れ、気温の変化ぐらいでしか秋の深まりを感じることはできない。それでも、街灯に照らされて昼間とはちょっと表情を変えた樹々や、足下からカサカサと聞こえてくる落ち葉を踏む音、どこかから漂ってくる銀杏の香りに、秋を感じることがある。見えないからといって、自分が闇に包まれているからといって、美しいもの、心を温かくしてくれるものが消えて無くなったわけではない。すぐ隣にあるものを感じる心、イメージする心を忘れず、先は見えなくても、そこに向かって歩く勇気、手を伸ばす勇気を持ち続けることこそが大切なのだと思う。帰り際、校門の横に立つ銀杏の木に触れてみた。街灯の明かりから外れて暗闇の中に立つその木はひんやりと冷たいが、幹の中には温かくて豊かな水が行き来し、見上げればハートの形をした美しい葉で満ちているのだろう。

  2004.11.09

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• 定時制に通うのは恥ずかしい事か　──　定時制教員が定時制のドラマを観る・2-1　──

  昨日、帰ってから「めだか」の第５回を観て、ちょっと思う事があった。詳しいところはHPに出ているあらすじを読んでもらうことにして、その中で、小日向文世が演じる生徒（50近い人なのだが）の子ども（この子も同じ学校の全日制に通っている）が、「親が定時制に通っているのが恥ずかしい」という場面があった。子どもとしては、自分の親が他人に嗤われるということは、そんな親の子どもである自分も嗤われているような気がして恥ずかしい事なのかもしれない。特に十代の頃は、親のステータスや学歴が、子どものステータスや子どもに対する評価に繋がる部分もあるので、ある意味しかたないのかもしれない。だがこれは親子関係、特に子どもの親を見る視点に関することであって、定時制だから特にどうこうということではない。では、定時制に通っている生徒たちは、定時制に通っている事を恥ずかしく思ったりもするのだろうか。同じ５話の中盤で、泉谷しげる演じる生徒が小日向と一緒にラーメン屋に入る場面で、入学式の時に校門をくぐろうとしたけど、恥ずかしくてなかなか入れなかった事を話していたが、あれは「恥ずかしさ」というよりも「照れ」であり、定時制に通うことへの「恥ずかしさ」ではないだろう。そしてドラマの終盤、定時制の生徒は様々な事情で全日制ではなく定時制に通っているが、定時制だから云々と思うような事はなく、みんな定時制にいる事を誇りに思っている、そう語られる場面がある。それは僕が勤める高校でも同じで、どれくらい一生懸命通っているかは個人差があるが、ほぼ全員定時制に自分の居場所を見つけて、定時制に通っている事にコンプレックスを持っている生徒はいないと思う。少なくとも、生徒はみんな、自分の中では定時制に通っていることに何の負い目も感じてはいない。だが、そのことを他の人にも衒いなく誇れるかというと、それは別の話となるのだろうか。＊すいません。この続きは明日書きます。

  2004.11.03

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• 秋桜日和

  高校の頃、クラスや部活で仲のいい女子への最高のほめ言葉は「女として考えられない」だった。一緒にいて楽しくて、いろんなことでウマが合うけど、恋愛感情を抱いたり彼女になってほしいなんて気持ちは全く湧かない。性別を超えて人間的に好きだ、そんな意味でこの言葉を使っていた。当然、「男女間での友情は成立するか」というこの頃には麻疹みたいに誰もが一度は考える問題では、成立すると即答していた。一応、言われた相手も僕の言いたい事は分かってくれていたみたいで、「なにそれーっ」と不服とも不興とも取れるような事を言ってはいたが、満更でも無さそうな顔をしていた。でも、僕のこの言葉や「男女間での友情は成立するか」なんて、異性や恋愛に関して最も敏感だからこそでてくるものだろう。今はそんな時期も彼方に過ぎ去り、人として魅力的な女性や女性として魅力的な女性、更には両方を兼ね備えた女性とたくさん出会ったが、「女として考えられない」という言葉を使った事も頭に浮かんだ事もない。当然、出会った魅力的に思える女性に出会ったとしても、いつも恋愛を意識する事もない。秋桜が咲いている庭を通りかかった時、ふと足を止めて秋桜に見入る事がある。赤や白やピンクの秋桜はどれもきれいだけど、全ての秋桜を自分のものにしたいとは思わない。時としてその中に引き寄せられて、目を離す事が出来ない秋桜に出会い、つい手を伸ばして手折ってしまう。それくらいだ。いろんな秋桜に出会い、その秋桜を見た時の温かな気持ちをいつまでも忘れずにいたい。そして、その秋桜が多くの人に愛される事、いつまでの輝き続ける事を願っていよう。ある晴れた午後、学校近くの市民公園を歩いていて、ふとこんな事が頭に浮かんだ。このことを友達に話すと、多分おまえは一生独身で過ごすつもりか、なんて言われるんだろうか。（どんなにきれいでも、花を手折ってはいけませんね（笑））＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊スポーツニュースを観ていたら、フィギアスケートの恩田美栄選手の演技で、僕の大好きな吉松隆のピアノ協奏曲「メモ・フローラ」が流れていた。ふいに好きな曲に出会うと、なぜ得した気になるんだろう。

  2004.10.31

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• 「情報」とは何か

  阪神淡路大震災で特に被害の大きかった地域に住んでいた友人は、後にこんな風に話してくれた。ライフラインが寸断され電気もなく、余震に怯えながら真っ暗な中にいると、自分たちの頭の上を報道のヘリコプターが大きな音をたてて何回も通り過ぎた。少しでも休みたいと思ってもヘリコプターの音で神経がかき乱され、気が変になりそうだった、と。そう言えば阪神淡路大震災を経験された方で、今回の地震災害の報道に関して憤りを感じている方もいたことも思い出した。（詳しくは、そうさんの「歯医者さんの一服」10月24日の項をご覧ください）今までいろいろと地震に関する報道を見てきたが、地震に遭われた方の多くが口にしていたのが、情報の不足とそこから来る不安だったように思う。阪神淡路大震災でも同じような事が言われ、その頃よりもインターネットの普及などで情報網は格段に発達したはずなのに、やはり今回も同じようなことが言われている。

  2004.10.29

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• 漫画で勉強するということ

  時々だが、授業中に漫画の話をすることがある。歴史を勉強するなら、漫画を読むのは効果的だ。人名を憶えようとした時に、ただ字を目で追ったり手で書いたりしても、案外頭に入らない。でも漫画なら絵がついてくるから、字だけよりも憶えやすい、とか。漫画にはストーリーがあるから、時代背景や歴史の流れが把握しやすい。それに小説や映画よりも漫画なら手っ取り早く読めるし、空き時間の有効活用や気分転換にもなる。そんなわけで、僕は教壇に立ち始めた頃から、みなもと太郎の『風雲児たち』や細野不二彦の『ギャラリーフェイク』や関川夏央・谷口ジローの『坊ちゃんの時代』の話をしている。元々漫画が好きだったと言うこともあるが、多分これが原点とかトラウマだったのだろう。高二の時の古文の授業の話。『源氏物語』の「若紫」を読んでいたのだが、ある時先生がプリントを配り始めた。漫画を拡大コピーしたもので、おかっぱ頭の女の子が泣いている絵が印象的だった。「これ、髪型は現代風だけど、それ以外の話の流れやなんかは原作に比較的充実だから、　参考にしながら読むといいぞ」そう言う先生の顔は、抜け道を見つけたドライバーのようにちょっと得意そうだった。この漫画を読みながら古文の勉強をすると言うやり方は、三田紀房の『ドラゴン桜』にも出ていたが、「漫画を参考に本文を読む」ことを忘れなければ、かなり効果的だと思う。ただ、つい漫画でストーリーを追ってしまい、「本文を横に置いて漫画を読む」ということになりがちなので、注意は必要だろう。さて、これだけだったら、ただの漫画を使って古文の勉強をしたという思い出話だが、実はこれにはまだ先がある。やがて定期試験の時期がやってきて、古文の試験も行われた。教科書とノートを見ながら、ギリギリまで頭に叩き込もうとしていると、試験監督の先生が大量の紙の束を持って教室に現れた。普通なら問題用紙と解答用紙で３～４枚なのに、なんであんなに多いんだろう。そのことに気付いた他のクラスメートの間から、どよめきが漏れ始めた。やがて試験問題が配られる。多分、問題用紙は５枚ぐらいあったと思う。普通の問題用紙は２枚ぐらいだった。そして、残りの３枚程度は、あの授業中に配られた漫画のコピーだった。よく見ると、一部のセリフが消してあったり、登場人物が黒く塗りつぶされたりしている。「フキダシ（１）に当てはまるセリフを本文から見つけ、その最初の５文字を書き抜き、　フキダシにふさわしい現代語訳を書きなさい」「傍線（２）の描写は、漫画ではどこに描かれているか。何ページの何コマ目と　いうように書きなさい」「フキダシ（３）のセリフは、誰が言ったものか、答えなさい　（黒塗りの人物のセリフ）」この時の古文の成績はあまり良くなかったような記憶がある。問題に唖然として、解こうという気力があまりでなかったからだ、というのは言い訳か。定期試験が近づき問題を作らねばならなくなると、必ずこの時のことを思い出す。そして、いつか生徒の意表をつきつつ、しっかり実力を確かめることが出来る問題を作りたいと思うのだ。

  2004.10.27

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• 先生になる人、目指す人

  当たり前といえば当たり前かもしれないけれど、学校の先生になる人のほとんどは、進学校で学んだ真面目な優等生として挫折のない学生時代を送った人たちだ。で、先生になろうと思うくらいだから、学校に対して悪い印象を持っている人は少ないだろう。現役の教師や、教員志望者が全員そうだと言うつもりはない。だが、中にはほんの僅かだが、自分の順調だった学生時代を当たり前と思い、順調に学生生活を送れない子に対して無理解だったり、軽い気持ちだろうけれどそんな子たちを傷つける発言を口にする人がいたりする。学校に毎日来て当たり前、授業にちゃんと出て当たり前、努力するのが当たり前。そうしたくてもなかなか出来ない子や、萎えそうな気持ちをなんとか奮い立たせて必死の思いで学校に来ている子たちが聞いたらどう思うか、考えたことがあるのだろうか。学校は、ビニールハウスのように、同じ植物を一カ所に集めて、二十四時間管理して育てる場ではない。ビニールハウスでぬくぬく育った植物や道路の脇でたくましく育っている植物など、いろんな種類の植物が集まっているから、全部を同じやり方で扱うことは出来ない。生徒のことを何も考えない教師はいない。けれど、理解しているつもりで実は無神経に接したり、安易に生徒を切り捨てようとしてはいないだろうか。つい、上から見下すような態度をとったり、考えたりしてはいないだろうか。

  2004.10.24

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• 静かに、切々と、ほの温かく

  何度となくここで触れているこうの史代さんの『夕凪の街』が単行本になりました。『夕凪の街　桜の国』昭和30年、ヒロシマに原爆が落ちてから十年経ってもなお原爆の悪夢にとらわれている女性。平成16年、直接原爆に遭遇したわけではないのだが心のどこかで原爆の影を抱える女性。二人の女性を主人公に、ごく普通の人にとって核兵器とは何だったのかを静かに語ります。こうのさんは冒頭で広島のある日本のあるこの世界を愛するすべての人へと記しているが、僕はこの言葉も付け加えたいと思います。誰かの子どもであり、誰かを親に持つすべての人へこの物語は親子の愛、家族の愛を静かに語る物語でもありました。どうか、ぜひ手にとって読んでみてください。そして確かにこのふたりを選んで生まれてこようと決めたのだ　　　　『桜の国（二）』より

  2004.10.15

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• ぱさぱさ、ぱさぱさ

  ここ最近、何かがおかしい。ごく普通に電車に乗って、職員室で仕事して、授業をして、生徒や同僚と話しているのに、頭の中のどこかが硬直しているようなもどかしさを感じている。仕事から帰ってPCを立ち上げ、さぁやるぞ、と思うのだが、頭の硬直が全身に回ったみたいに、そこから一歩も動けない。結局寝るまでに立ち上げたのはSleipnirとShurikenだけ、なんて日もある。脳みそが瑞々しさを失ってしまったような、頭の中に無精卵ばかりが詰まっているような、体を揺するだけで何かがポロポロこぼれ落ちていくような、そんな感覚に苛まれる。　　ぱさぱさにかわいていく心を 　　ひとのせいにはするな 　　みずから水やりを怠っておいて 　　気難しくなってきたのを 　　友人のせいにはするな 　　しなやかさを失ったのはどちらなのか 　　苛立つのを 　　近親のせいにはするな 　　何もかもへたくそだったのはわたくし 　　初心消えかかるのを 　　暮らしのせいにはするな 　　そもそもが　ひよわな志にすぎなかった 　　駄目なことの一切を 　　時代のせいにはするな 　　わずかに光る尊厳の放棄 　　自分の感受性くらい 　　自分で守れ 　　ばかものよ　　　　　　（茨木のり子「自分の感受性くらい」）凪の海を自らの手だけで漕ぎ進む力がないのなら、風が吹くまで待つのがいいかもしれない。じっと耳をすませ海を見つめ、体の中に気力をゆっくり満たしながら、風の気配、波の鋒を待ち続ける。先へ進むことを諦めない、ただ漫然と待ち続けない。時が来たら、体の中に満ちたものを開放するのだ。そしてその時には、あの額田王の歌を口にしながら、力いっぱい前に進め。　　熟田津に船乗りせむと月待てば潮もかなひぬ今はこぎ出でな （『万葉集』１－８）

  2004.10.09

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• 女性の持つ「重さ」とは　──　綿矢りさ『蹴りたい背中』を読む　──

  今更ながら、綿矢りさ『蹴りたい背中』（2003　河出書房新社）を読む。文藝春秋の芥川賞発表号を買ってはいたのだが、なぜかこの作品は読む気になれなかったのだ。それが今回読んでみようと思ったのは、学校の図書室の棚にこれがあったからに過ぎない。読まなかった理由はよく分からないが、今回手に取った理由もよく分からなかった。読み始め、まず言葉の小気味よさにしびれた。登場人物の心情が、これ以外にないという言葉で綴られている。ピタリピタリとはまるというのだろうか、何気なく選ばれたような言葉が、登場人物の心の動きを的確に伝えてくる。例えるなら、ジグゾーパズルで遊んでいる時、次に必要なピースをバラバラのピースの山から「これでしょ」という感じで迷いなく選び取り、それがアメーバのように歪な形をした組み立て途中のパズルの端にカチリとはまる、そんな感じだ。実はまだ途中なので、詳細な感想は後日書きたいと思うが、読んでいて、ある違和感を感じていた。それは僕がこの作品に感じる違和感と言うよりも、主人公ハツが感じている違和感のように思えた。それは「女性であることの重さ」とでも言うのだろうか。主人公が自分の体や部活仲間の着替えを見ている描写に、淡々と語るというのではない、疎ましさを感じさせる言葉が綴られている、そんな風に思った。女性、特に十代の女性というものは、自分が女性であることを実感する時、心が重くなり、自分が女性であることから解放されたいと思うことがあるのだろうか。男は、というよりも僕は、自分が男性であることに対して疎ましさを感じたことはない。それは僕の無頓着さや暢気さから来るものかもしれないが、他の男も似たもののような気がする。普通、男であることの重さは社会的なものからくるもので、そんな重さをしょわされるのは、社会に出てからある程度年齢が経ってからであり、その頃にはある程度心も成熟しているから、男としての重さに戸惑うことは少ない。だが、女性の場合は社会的なもの以前に、体の奥、おそらく生まれる前から体に組み込まれた根源的な重さとでもいうものが思春期あたりから顔を出してくるような気がする。まだ心も不安定な時期にそんな重さがのしかかってくるから、自分が女性であることに疎ましさを感じるのだろうか。これを別の点から見てみると、女性は早い段階でこんな重さを背負っているから、十代の時は同い年の場合、女性の方が大人びて見えるのではないだろうか。これは僕個人がたった一冊の本を読んでつらつら思ったこと。これが正しいと主張するつもりはないが、ふと心に浮かんだことだった。それにしてもこんなに小気味よく心地よい文章を書く人に出会ったのはこれで３人目。３人とも十代の女性というのが、面白い。********************************************************************現在書店やコンビニ等で発売中の『漫画アクション増刊号　奪還・総集編』に、以前ここでご紹介したこうの史代『夕凪の街』が掲載されています。一人でも多くの方に読んでもらいたい作品です。

  2004.10.06

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• ドライ・マティーニの夜

  古谷三敏の『BAR レモン・ハート』に「マスターのレシピ」という話がある。ある晩、BARレモン・ハートに二人の客がやってくる。その二人はドライ・マティーニを注文するが、マスターが作ったものはドライ・マティーニではないと難癖を付けはじめる。そして二人は究極のドライ・マティーニとは何かを語り初め、マスターは酒をしらないとからかう。だがマスターと常連客はその二人が単なる知ったかぶりであることを見抜き、逆に二人をやりこめてしまう。そんな話だ。すっかりやりこめられて意気消沈した二人が店を出て行こうとする時、常連客のメガネさんはこんな追い打ちをかけた。　　ジンの上にヴェルモットの栓を通過するのが　　超ドライ・マティーニだと思っているようだが、その上があるのを知ってるか　　棚にあるヴェルモットのラベルをチラッと見て　　ドライ・ジンを飲むんだ　　その上が心の中にヴェルモットを思い浮かべてのジンだ二人が出ていった後、マスターはメガネさんにこう語る。　　メガネさん、そのジンはドライじゃないねえ　　思い浮かべるヴェルモットのボトル（のイメージ）が強すぎるよ心に思い浮かべるものが、時として実際に口にしたものよりも強く残ることがあるように、語られた人の悲しみが、自分が抱えている悲しみよりも心を濡らすことがある。ふと、そんなことを思った雨の一日。

  2004.10.04

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• 青空に月見バーガー

  テレビをつけると、月見バーガーのCMが映った。ああ、もうそんな季節なんだと、と思う。夏休みが終わって後期の授業が始まると、サークルの練習はコンクールに向けて熱が入る。僕が入っていたサークルは全国大会の常連で、なんとしても地区大会は突破しなければならない。今年が最後のコンクールとなる４年はもちろん、最初となる１年もそんなプレッシャーを感じているのか、練習の時の表情は少し硬い。コンクール当日、始発電車に飛び乗ってコンクール会場近くに借りた練習場に向かう。２時間ほど練習してから会場に移動し、会場到着後１時間ほどで本番。煌々と照らされたステージからドアの上に付けられた非常出口の緑の明かりだけが見える客席に向かって、夏から取り組んできた曲に思いの丈を乗せて歌う。歌い終わった虚脱感とうまくいったんだろうかという不安の中拍手を受け、上手から順番に舞台袖へ消える。その後は写真撮影と更衣を済ませ、解散。後は、結果発表の夕方まで自由時間となる。大学の部が終わるのは午前中なので、解散となるのはちょうど昼前。何人かで連れ立って昼食を取りに行くのだが、その時向かうのはいつもマクドナルドだった。マクドナルドには滅多に行かないので、注文の時はいつも戸惑う。そんな時にいつも目に留まるのは、期間限定の商品。僕は月見バーガーを２つとコーラを頼み、仲間が待っている席に座る。食べているときはみんな疲れているのか、会話もあまり進まない。果たしてうまくいったんだろうか？他の大学の演奏はどうだろう？全国大会に行けるんだろうか？そんな思いが渦巻き、結果発表を聞くのが怖くなる。窓越しに見上げると、抜けるような秋の青空が広がっていた。終わったんだったら、黙って結果が出るのを待ち、結果が意に沿わなくても受け止めろ。ごちゃごちゃ思い悩むのがばかばかしくなるような空だった。

  2004.10.02

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• マティーニの夜

  カクテルの中でマティーニほどバーによって味が異なり、また拘りを持つ人が多いものは無いような気がする。ジンの銘柄やジンとベルモットの割合はバーテンダーやカクテルブックによって微妙に違うし、同じレシピであっても作るバーテンダーが違えば、その味は全く別の味になる。ついでに言えば、日本でマティーニといえばカクテルグラスにオリーブを沈めた姿を思い浮かべるが、アメリカでマティーニを頼むと、大きめのグラスにオンザロックの姿で出てくるという。アメリカでマティーニを頼むときは、「Straight UP」と言わないと、日本と同じような姿のマティーニを見かけることはできない。そんなマティーニだから、バーでは時々マティーニを前に皮肉な笑みを浮かべ、マティーニとはどうあるべきかを語っている人や、あのバーテンダーのマティーニは美味かったと言いながら目の前のマティーニを揶揄する人を見かける。　　ただ、世の中には様々な流儀があるし、それはそれで評価すべき部分が　　あるから、知らない店で黙ってそういうのを出されたら、はいはいと言って　　飲むことにしている。　　いつものと違うと騒ぐのは大人げない。いつものが飲みたければ、　　いつもの店に行けばいいのである。人間のつきあいと、これは似ていようか。　　人はそれぞれに人格があり、個性があるのだ。それだから面白い。　　　　　（馬場啓一『ミステリアスなカクテル』より）こんな言葉を噛みしめながら、マティーニを飲みたい夜が、時々ある。

  2004.09.26

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• 花の名前、人の名前

  スーパーに売っているものに比べて皮が厚そうだなと思った。実の形も少しずんぐりしていると思った。だが、これは農家が育てたものと家の軒先に自然になったものとの違いだと勝手に思いこんでいた。昨日の日記で石榴を無花果と間違えた件のことだ。恥ずかしながら、母が花を育てるのが好きで小さい頃から花が傍にあるところで育ったし、花を観ることは好きなのだが、花の名前を覚えるのが苦手だった。母は、何度も同じはなの名前を尋ねる僕を、「全然覚えない子だね」と言いながら呆れ顔で見たものだ。そんな時僕はどこかで読んだ、「花の名前は所詮人が付けたもの。花はそんな名前などどこ吹く風、人が名づける前から吹く風に揺れている」なんて言ったものだ。そう言えば、僕は人の名前も覚えるのが苦手だった。正確に言えば、名前と顔を一致させるのが苦手だった。もう一つ正確に言えば、現在進行形で「苦手だ」。生徒と廊下ですれ違ったときに挨拶され、今は僕が教えている子だけど名前はなんだっけ、と思うこともしょっちゅうだし、授業後にちょっと生徒と雑談するときも一緒に盛り上がっているけど目の前の生徒の名前が分からず、後ろめたい想いに苛まれている。僕は名前のないものの中で生きている。最近になって、それはとても寂しいことだと気付いた。名前のない人と楽しく話すことはできても、楽しく話した記憶はすぐに時間の彼方で砂のように崩れていく。あの時の楽しい記憶はとても曖昧模糊で、まるで自分の記憶ではないような気さえしてくる。初めに言葉あり。名前を知らなくても、世界はそこにあり、その世界を眺め感傷に浸ることはできる。だが、名前を知ることでその人は、その花は、世界の中から浮かび上がり、一つの存在として主張し始める。名前を知ることは、新しい世界の創造だ。創造された世界は、記憶の中で色褪せることはあっても彼方へ去ることはない。ある日を境に、僕はデジカメを持ち歩くようになり、職員室の机の一番取り出しやすい所には写真付きの生徒名簿を置くようになった。

  2004.09.23

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• 変わり目

  　　いつの間に　もう秋！　昨日は　　夏だった……おだやかな陽気な　　陽ざしが　林の中にざわめいてゐる　　ひとところ　草の葉のゆれるあたりに 　　立原道造「また落葉林で」より急に涼しくなり、それまでどこか遠慮がちだった秋が、急にどっしりと居座ったような今日。だが、この涼しさもすぐに去り、また暑い日が続くとか。永遠に続くかと思われた夏が急にいなくなって涼しくなったと思ったら、また暑さがぶり返す。一日一日を見れば、季節は急激に巡るましく変わっていく。だが、長い目で見れば、揺れながらもゆるやかに新しい季節に移っていく。人生も同じなのかもしれない。うまくいっていたものが急におかしくなったり、なぜか急に気分がふさいだりすることもある。一日の変化で見れば、いつまでも同じ場所の堂々巡りで、永遠に終わりがないように思えることもある。だが、じっと新しい季節を、自分が迎えたい季節を見据えていれば、ゆるやかに到達できるのかもしれない。うまくいっても、明日はどうなるか分からない。うまくいってなくても、明日もうまくいかないとは限らない。大事なのは、ずっと先を見据えて、明日をしっかり生きること。

  2004.09.15

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• dona　nobis　pacem

  あの事件は、僕にとって遠い場所での遠い出来事だった。心を痛めはしたが、やはりどこか遠かった。そしてその事件をきっかけに世界は大きく動き、その動きは僕の近くまで来たはずだが、やはり身近なことに感じるには何かが欠けていた。だけど、あの事件やそれからのことがすぐ傍で起こった人々や、遠い場所にいても傍で起こったように感じている人がたくさんいる。もっと言えば、あの事件が始まりではなく、それ以前から続いている何かの通過点の一つと感じている人や、あの事件が一つの終わりと感じている人もいるだろう。「他の人の気持ちをほんの少しだけ考え、他の人にほんの少しだけ優しくなれば、きっと世の中は平和になる」そんな風に考えるが、分かったつもりの勝手な思いこみや、優しさのつもりの身勝手な押しつけの何と多いことか。平和は誰もが望むことだが、そこへの道はきっと誰もが微妙にずれている。掌に掬った砂を地面に向かって少しずつこぼしてみる。砂はどれも地面に向かって進むが、よく見ればその奇跡は何一つ同じものはなく、他の砂から離れたり、ときにはぶつかっている。そんな感じだ。まず、他の人は自分と違うこと、他の人とは距離があることを感じるところから始めるほうがいいのかもしれない。「他の人と距離がある」という言葉は、あまりいい意味で使われないけど、それほど悪いことではないような気がする。他の人がどこにいるのか。他の人とどれくらい離れているのか。そのことが分かれば、どっちの方向にどれだけ歩けばその距離が縮まるか分かるのだから。カトリックでは様々な祈りの場で行われるミサ。そのミサで唱えられるミサ典礼文の最後は「Agnus Dei（神の子羊）」という一節で、「Agnus Dei」はこの一文で終わる。dona nobis pacem（我らに平穏を与えたまえ）全ての祈りは、最後にはここに行き着く。仏教でも、イスラム教でも、同じに違いない。

  2004.09.11

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• 

  朝のリレー

  　　カムチャツカの若者が　　きりんの夢を見ているとき　　メキシコの娘は　　朝もやの中でバスを待っている　　ニューヨークの少女が　　ほほえみながら寝返りをうつとき　　ローマの少年は　　柱頭を染める朝陽にウインクする　　この地球では　　いつもどこかで朝がはじまっている　　ぼくらは朝をリレーするのだ　　経度から経度へと　　そうしていわば交替で地球を守る　　眠る前のひととき耳をすますと　　どこか遠くで目覚まし時計のベルが鳴っている　　それはあなたの送った朝を　　誰かがしっかりと受け止めた証拠なのだ　　　　　　谷川俊太郎「朝のリレー」朝の風景をバックにこの詩が流れるCMを見たのは去年の秋、映画館でのことだった。朝日新聞に連載されている天野祐吉氏のコラムでは60秒という長いものなので深夜でないと放送されたないと書いてあり、見たいなと思いつつも、見られないだろうな、と半分諦めていた。それが、たまたま入った映画館の上映前のCMで、大きなスクリーンに映る朝の風景に出会った。はっと息をのむほどの美しさだった。その後、ネスカフェのサイトでこのCMをスクリーンセイバーにしたものをダウンロードできることを知り、今僕のPCは15分放っておくと、ピアノの音色と共に朝がはじまる。残念ながら、現在このスクリーンセイバーのダウンロードは終了したが、ネスカフェのサイトで別の美しい朝を見ることができる。生きるということは、朝をリレーすることなのかもしれない。「明けない夜はない」という言葉があるように、毎日が新しい日々であり先に進もうという気持ちを持ち続けて過ごしていき、ともに生きる人、後に続く人に朝があることを教えていくことではないだろうか。だが、日々の中では、朝が感じられないときもあるかもしれない。思わず立ち止まり、永遠の夜の中に閉じこめられるような気持ちの中でうずくまることもあるかもしれない。例えばこの風景。この風景が永遠の夜に見えることもあるかもしれない。そんな時は、じっと目の前の夜に耳をすませてみればいい。息を潜め始める夜の虫の気配、遠くから微かに聞こえてくる鳥の声、家の前を通り過ぎる新聞配達のバイクの音。そんなものが、聞こえてこないだろうか。そして目を開けてみれば、この風景に朝の気配が漂い始めていること、誰かが朝をバトンタッチしようとしていることに気付くことができるのかもしれない。夜の中、走れなくなっても、立ち止まっても、その場に崩れ落ちて立ち上がる気力がなくても、だれかがバトンタッチしようとしている朝を待つことを忘れないで欲しい。じっと待っていて欲しい。そんなことを呟く。誰かに向かって。そして自分に向かって。

  2004.09.10

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• トランプ・マジック

  手持ちの札で相手とやりとりをするのがトランプゲームとするなら、手持ちの札が突然変わってしまうのは、トランプ・マジックだろう。昨日の日記のきっかけにもなったNHKスペシャル『21世紀　日本の課題　子どもが見えない』で、実は気になる言葉があった。ネットに書き込みしているある子どもは、掲示板に書き込む際、人格を使い分けていると言っていた。ネットに書き込む時、掲示板に限らず自分のHPの日記を書く時にも「自分とは少し違う自分」を演じることは誰もがあることだろう。気にくわないことや愚痴を書き込む時に普段自分が使わないような悪辣な言葉を使ったり執拗に攻撃的になり、後日自分の書き込みを読み返して恥ずかしくなった経験は僕にもある。人は喜怒哀楽あらゆる感情を持っているが、そのなかの特定の感情をクローズアップしてしまい、それがあたかも自分自信全てであるかのように、意識的もしくは無意識的に表現する面があるような気がしている。大抵はそうした書き込みを行った後で我に返り、自分を見直すことができるようになるものだが、時としてクローズアップした感情が暴走を始めてしまい、本来自分の感情の一部でしかなかったものが自分の心の中の多くを占めるようになることはないだろうか。『週刊アスキー』に歌田明弘氏による「仮想報道」と言う連載がある。戦争や社会的な事件がネット上ではどう扱われているのかという点に注目し、その事件が人々にどのような印象を与えているのか、当事者はどのように考えているのかを考察しようという連載だ。その連載で、数ヶ月前に佐世保で起こったあの事件を取り上げていた。あの事件は、HP上のトラブルが事件が起こった原因の一つであると報道機関などで報じられ、HPにおける加害女児の攻撃的な言葉なども新聞やテレビで紹介されていた。歌田氏は、ネット上で拾える加害女児のHPをできるだけ集め、その変化に注目した。まず歌田氏は、初期のHPに掲載された加害女児のイラストや詩を取り上る。そこにはイラク戦争で苦しむ子どもたちの心情を想像して書いた詩や、環境問題に関するイラストが載っていたという。その詩やイラストは、技法的な拙さなどはあるが、相手の気持ちを想像し共に泣くことができる豊かな感受性を見ることができ、この作者があのような事件を起したとはおもえないようなものだったらしい。だが、事件の数ヶ月前から加害女児のHPは突然変わっていったそうだ。ページの色遣いが赤や黒などの原色が多くなり、全体的に暗いトーンになり、言葉遣いも攻撃的なものが増えていったという。ほんの僅かな間に、女児のHPは全く別人のものに変わっていったという。なぜ加害女児があそこまで変わったのか、歌田氏は疑問を提示して終わっている。加害女児に様々なストレスが溜まっていたことは報道されているが、そこでの論調は概ね加害女児が潜在的に攻撃的な面を有していたというものが多かったように思う。加害女児がストレスに苛まれる前の姿を扱ったものは、僕の見聞した中では歌田氏以外になかったのではないだろうか。加害女児の心の変化は、HPに発露した感情が肥大化し、それに引き摺られていったものだとは言えないだろう。だが、多くの人がネット上にのみ本音を発露することができると思っているように、ネット上の自分が本当の自分だと思い始めるようなことはないだろうか。これがまだ感情のコントロールが十分できない子どもの場合、そのように考えることもあるような気がする。あの事件の後、学校における情報教育でネット上の人付き合いについて指導しようということが言われているが、他人だけでなく自分との付き合い方も考えさせる必要があるのではないだろうか。ネットにしろ、詩にしろ、絵にしろ、表現することは、自分の中のある特定の感情から出発したものであり、心の中の一部分でしかない。そこに心の暗い部分が表れて自己嫌悪に陥ることがあっても、それでもって自分を貶めたり否定したりするのは間違いだろう。フロベールは小説『ボヴァリー夫人』を発表した後、多くの人から「ボヴァリー夫人にモデルはいるのですか」と質問され、「ボヴァリー夫人は私だ。だが、私はボヴァリー夫人ではない」と答えたという。ネットであっても同じことだ。ネットに表れるのは自分自身であるが、それが全てではない。自分の中の様々な感情の存在に気付き、その複雑な自分と正面から向き合うこと。インターネットを教育で扱う場合、こうしたことを教える必要があると思うし、大人もそのことを頭の中できちんと理解しておく必要があるのではないだろうか。佐世保の事件は特殊な事件だろう。だが、加害女児が特殊な児童であったと考えてはいけないような気がする。今日も支離滅裂。すいません。*****************************************************************昨日の日記を読み返し、僕の考えは大人からの一方的な考えであることに気付いた。まだまだ未熟だ。

  2004.09.05

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• トランプゲーム・改

  引き出しの中からトランプを取り出すと、シャッフルしてみる。何度となくシャッフルしてから、上から何枚か取り、扇形に広げてみる。全部で８枚。クラブが３枚、ダイヤとスペードが２枚、ハートが１枚。数字は「３」が２枚あるが、それ以外は全部バラバラだ。多分、こんな感じなんだろう。さっきまでNHKスペシャル「21世紀の課題　子どもたちが見えない(1)」を観ていた。近年増加する少年犯罪など、子どもたちに関する問題が数多く存在する。そうした問題を考えていこうという番組だった。扱っているテーマは多岐にわたり、僕自身まだ番組内容を全部消化できていない。その中で、子どもインターネットの関係について、少し触れてみたい。番組の中に出てきた子どもたちは、現実の世界では本音が出せないけど、ネットの世界だと本音を出すことができる。教室では、他の人がどう反応するかが気になって、ついつい自分を隠してしまうと言っていた。クラスの人間関係図を20年間描き続けたある小学校の先生は、最近の子どもたちの仲良しグループが小さくなっていること（２～３人程度らしい）を指摘していたし、ある小学６年生は「自分はファッション好きとゲーム好きの２つのグループに入っているけど（彼女が書いた図によるとファッショングループは彼女を含めて４名、ゲーム好きは３名）、片方のグループと仲良くしていると、もう一つのグループの湖たちに『自分たちと一緒にいると楽しくないのかな』と思われるんじゃないかと思って、あんまり仲良くできない」と言っていた。子どもたちにとって、現実の人間関係はとても気を遣うもので（孤立することを極度に怖れると、番組に出演していた小学校の先生は指摘していた）、ネットはそう言う気遣いのいらない楽な人間関係を持つことができる場、ということになるのだろうか。では、ネットの人間関係が楽なのはどういう点だろうか？僕は「単純化、一面化」が大きいように思う。ネットであれば、自分が持つ様々な面の中で１つか２つだけを見せればいいし、ネットで対する相手に対しても１面か２面だけ見ればいい。非常に人間が単純になるのだ。明るい子、暗い子、なんでも言いたいことを言っている子。そう言う自分の一面を、あたかも自分の全てのように見せることができる。そしてそれが拒否されることもない。拒否する人は最初から近寄ってこないので、拒否されたことで自分が傷つくこともない。現実世界のように、相手に見せたくない面がつい顔を出すんじゃないかとか、相手の嫌な面が見えてしまうんじゃないかといった心配する必要もない。トランプで言えば、自分の持ち札の中から好きな１枚だけを相手に見せて、自分の持ち札が全てそれだと言うようなものだ。こういう人間関係が簡単に取れる手段があるのであれば、現実の人間関係がちょっとうまくいかなくなった時、ついネットに気持ちが傾いてしまうのは仕方ないかもしれない。トランプゲームでも、お互いに手持ちの札から１枚ずつ見せ合って勝負するゲームは簡単だし、相手の隠れた持ち札は何かを考えながらするようなゲームは複雑で難しい。まだ能力が発展途上の子どもたちには、簡単な方に流れるのは自然なのかもしれない。一つだけ気になることがある。ひょっとして、本音をぶちまけてそれを聞いてくれる人がいることが真の人間関係と思っていないだろうかということだ。それでは、ただ単に言いたいことを言っているだけであって、コミュニケーションは成立していない。僕は、コミュニケーションとは互いに考えを述べ、相手の意見を理解し消化し、それと自分の考えを照らし合わせて新しい自分の考えを作りあうことだと思う。コミュニケーション不足に関する不満は、自分の言うことを聞いてくれていないものが大半を占める。僕も時々生徒のそう言う不満の聞き役に回ることがあるが、生徒が親や友人たちへの不満をぶちまけた後、僕は「じゃ、キミは……」とそのせいと不満に対する意見を述べようとすると、途端にその生徒は僕の発言を拒否することが多い。不満はキチンと聞いて欲しい。でも、自分に対する不満は聞きたくない。そんな「聞く」能力が不足している子が多いように思う。相手に自分の話を聞いて欲しいけど、批判はされたくない。かといって、誰も批判しようのないほど完璧な考えはないから、自分の発言に自信が持てない。だから、無条件に聞いてくれる、ネットに流れるのかもしれない。ただ、そういう「聞く」能力の不足している子は、僕の子ども時代にもいた。僕もその１人だ。更に言えば、現代の大人にも「聞く」能力が不足しているのはいっぱいいる。僕が子ども時代、そう言う不満が高まった時は、何とか対人関係のスキルを上げようとしたり、そういうものだと受け入れるしかなかった。それが現代は、ネットという代替手段ができてしまった。一番の問題は、対人関係に行き詰まった時、それを解決しようという手段を取るのではなく、ネットという全く別のコミュニケーションを取ることができるようになったことかもしれない。＊すいません。　ちょっと意見がまとまらなくなったので、後日改めて続きを書きます。***************************************************************************これを書いている途中、スピーカーから放送が聞こえてきた。雨音がうるさくよく聞こえなかったが、耳を澄ますと、近くの地域に避難勧告が出たらしい。ウチの辺りは高台なので大丈夫だとは思うが……。大丈夫でした。

  2004.09.04

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• るてえる　びる　もれとりり　がいく

  詩人の宗左近氏スウェーデンの大学で日本文学の講義をした時、学生に詩の一節を２つ読ませてそこから得たイメージを語らせたことがあった。　　ありかまだ　　るり　　しるびやんけ　　しるびやんけ　　いい　げるせいた。　　でるけ　ぷりむ　かににん　りんり。　　おりぢぐらん　う　ぐうて　たたけえる。　　びる　さりを　とうかんてりを。　　いい　びりやらん　げるせえた。　　ばらあら　ばらあ。この詩を読んだスウェーデンの学生は、最初のものからは深い悲しみが、２つめからは強烈な自己肯定が感じられる、と答えたらしい。この２つはいずれも草野心平の詩の一節で、どれも「蛙語」で書かれたものだ。それぞれの日本語訳はいかのようになる。　　あんなに　　星　　死ぬいや　　死ぬいや　　　　（「祈りの歌」より）　　ああ虹が。　　おれの孤独に虹が見える。　　おれの単簡な脳の組織は。　　言はば即ち天である。　　美しい虹だ。　　ばらあら　ばらあ。　　　　（「ごびらっふの独白」より）草野心平が遺した一連の蛙にまつわる詩は、その言葉を解さない人（当たり前だ。蛙語は日本人だって分かる人はいない）にも強烈なイメージを喚起させる。それは、草野心平は蛙を通じて生きることの根源的な意味を発し続けたからではないだろうか。草野心平は詩集『第百階級』（1927）の序文にこう記している。　　蛙はでつかい自然の賛嘆者である　　蛙はどぶ臭いプロレタリヤトである　　蛙は明朗なアナルシスト　　地べたに生きる天国である生きることの根源的な意味とはなんだろうか。僕は「命を長らえること」だと考える。今日を生きたまま眠ることあすも行き続けようと思うこと人は生きていくうちの様々な欲を身に纏う。その欲に従って生き、欲が指し示すものを追い求める。そのため、欲の先にあるものを得られなかった時、人は生きる意味を失い絶望し、生きる意味を見失ってしまうこともある。　　るてえる　びる　もれとりり　がいく　　（幸福といふものはたわいなくつていいもんだ）「ごびらっふの独白」の冒頭、詩人はごびらっふにこう語らせている。たわいないがゆえにありふれていて、たわいないゆえに大切なものこそが幸せである。草野心平の詩は、あらゆる生を肯定し、読む人に生きろと強烈に語りかけているように思う。昔ほどひどくはないが、時として生に対する執着が揺らぐことがある。そんな時、僕は心の中で、あるいは声に出してばらあら　ばらあと、叫んでみる。すると、もう少し頑張ってみよう、明日も生きていこうと思えるように、ほんの少しだけなれるような気がしてくる。　　ばらあら　ばらあ＊詩の引用において、「祈りの歌」は『草野心平詩集　蛙の歌』（1997　岩崎書店）、「ごびらっふの独白」と『第百階級』序文は入沢康夫編『草野心平詩集』（1991　岩波文庫）に依りました。

  2004.08.29

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• はるかな友に

  作詩作曲　磯部 俶　「はるかな友に」この曲は、戦後間もない頃、早稲田大学グリークラブの合宿中に作曲されたそうです。ご存じのように戦後間もない頃というのは食糧事情が悪く、合宿に行くのにも米を持って行かないといけなかったそうです。この合宿でも米を用意することができずに参加できなかったメンバーが何人もいたとか。合宿半ばのある日、夜の練習の最後に指揮者として合宿に来ていた磯部氏がメンバーにこの曲の楽譜を渡し、「この合宿には来られなかったメンバーが何人もいた。彼らのことを思いながらこの曲を歌って欲しい」そう言われたそうです。一緒にいたくてもいられなかった人、遠く離れても心は繋がっている人のことを想って歌われるこの曲は、現在もなお多くの人に歌い継がれています。*******************************************************以上は僕が大学時代に先輩から聞いたこの曲誕生のエピソードです。が、後年手にした磯部氏の回想録によると、この「はるかな友に」の誕生に関して別の話が載っていました。それによると、合宿中、夜になってもメンバーがふざけ合ってなかなか寝ないことに頭を痛めた磯部氏が、なんとか寝る気にさせようと頭をひねり、しんみりした曲を歌わせれば、大人しく寝てくれるんじゃないかと思って作ったのがこの「はるかな友に」だったそうです。詩にあるお休み　安らかに/たどれ　夢路/お休み　楽しく/今宵もまたは、磯部氏からメンバーへのメッセージでもあったのです。就寝時間になると幹部連中が磯部氏を囲むようにピアノの傍に集まってこの曲を歌うと、遊んでいた他のメンバーも自然に集まってその輪に加わったそうです。僕もこの曲は何度も歌いましたが、３年の春合宿で、家の事情で合宿に参加できなかった当時片思いしていた女の子のことを想いながら歌った時のことを、歌いながら胸に去来した想いとともに、今も鮮明に覚えています。

  2004.08.24

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• ティーチャーズハイ

  車のタイヤが水をはじきながら走る抜ける音が聞こえる。窓の外を見ると、静かにそぼ降る雨が夏の名残を濡らしていた。理想の授業というのは、教師１人１人違う。生徒が一切喋らず教師だけが延々と話し続ける授業がいいという教師もいれば、生徒はいくら喋っても構わないが課題をキチンとこなして試験で点数も取ってくれればいい授業だという教師もいる。ある教師には理想の授業を進めていても、たまたま覗いた別教師にあの授業はダメだと言われることもある。僕にとって理想の授業は何かと考えると、「ライブのような授業」ということになるだろうか。大切なところの説明はキチンと聞いてくれるが、こっちが話題を振れば生徒の方からいい反応が返ってくる。また、授業中に分かりにくいところがあれば生徒が質問してくれて、その質問を発展させる形で僕は授業を膨らませていく。生徒たちとの一体感を感じられる授業。授業中、生徒との一体感が感じられると、体温が上昇する様な感じがして、声のトーンが少し高くなり、高揚感が体中に満ちていく。ちょっとした「ハイ」状態になるのだ。そんな状態になると、僕は途端に饒舌になる。予め考えてきた授業中に話すことはあっという間にしゃべり終わり、頭の中に思いついた話題を、思いつく端からどんどん喋っていく。脳みそもハイだから、いくら喋っても話題がどんどん思いつき、泉は枯れることはない。教師がそう言う状態だと生徒も乗ってくるのか、僕の話に茶々を入れたり、説明中に思いついた鋭い質問をぶつけてくる。そういう茶々や質問が僕を刺激し、頭の中に話したいことがどんどん溢れてくる。こんな授業ができると、授業後は快い疲労感に包まれながら職員室に戻る。椅子に体を預けるように座ると、机の上のマグカップを取り上げ、すっかり冷めたコーヒーを一口すする。冷めたコーヒーが火照った体に心地いい。もっとも、こんな授業はなかなかできない。生徒が授業を聞こうとする姿勢も必要だし、授業に参加しようという意識も必要だ。そして一番重要なのは、そういう生徒の姿勢や意識を引き出す教師の意欲と情熱と準備だ。僕はこういう理想の授業は一度も経験はないが、それらしきものは数回ある。その数回に支えられて、僕は今日も図書室に籠もって資料を漁り続けている。*******************************************************昨日ご紹介したmomo-mid.comには、他にも素敵な曲もmidiがあります。今日からいくつかご紹介していこうと思います。岩間芳樹作詩　新実徳英作曲　「聞こえる」ちょうどこの曲が書かれたのは、旧ソビエトや東欧諸国の社会主義体制が崩壊したりイラクがクウェートに侵攻して湾岸戦争が起こった激動の時代でした。そんな時代に生きる若い高校生に、不安の中でも一歩を踏み出す大切さを教えてくれる曲だと思います。不安な時代は今も続いていますが、この曲は今も多くの人に歌い継がれ、歌った人たちを幸せにしています。なお余談ですが、この曲は1991年に発表されましたが、詩人がこの詩を完成させたのはイラクがクウェートを侵攻する前だったそうです。やがて作曲者の手によってこの曲が完成した直後に湾岸戦争が起こり、ほどなくしてあの有名な体中が油で汚れた海鳥の写真が新聞の紙面に載りました。関係者はこの写真を見て腰が抜けるほど驚き、発表直後には一部から「湾岸戦争を予言した曲」と呼ばれたそうです。

  2004.08.23

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• 未来

  空を見上げると、色が淡くなった空に秋の気配を纏った雲が流れている。夏の空がどこまでも広がる世界を教えてくれる空ならば、秋の空は遙かに高く伸びる世界を教えてくれる空だ。ある人に教えてもらったmomo-mid.comを巡っていたら、懐かしい曲に再会した。谷川俊太郎作詩　高嶋みどり作曲　「未来」（混声合唱組曲『風に鳴る笛』より）僕はこの曲を大学３年の時に歌った。　　青空にむかって僕は竹竿をたてた　　それは未来のようだった　　きまっている長さをこえて　　どこまでもどこまでも　　青空にとけこむようだった　　青空の底には　　無限の歴史が昇華している　　僕もまたそれに加わろうとー　　青空の底には　　とこしえの勝利がある　　僕もまたそれを目指してー　　青空にむかって僕はまっすぐ竹竿を立てた　　それは未来のようだった何度も繰り返し聞いているうちに、この曲を練習していた夏の日のある風景が頭に浮かぶ。大学近くで見かけた向日葵。日当たりの悪い庭に咲いているためかどこか弱々しいその向日葵には、竹竿が添えられていた。きっとその向日葵を大切に思っているその庭の主が施したものだろう。向日葵は今にも倒れそうに見えたが、竹竿に支えられ多その花は、真っ直ぐ太陽のほうを向いていた。人だって、あの向日葵のように陽のあたらない場所で弱々しくなる時もある。だが、そんな時でも未来を目指そうと思うなら、竹竿のような真っ直ぐな想いが支えになってくれるのかも知れない。あの向日葵のことは今まで忘れていた。青空の底にはとこしえの勝利がある僕も青空の底を目指して頑張っていこう。そしてまっすぐな竹竿を立て続けていこう。青空の中の歴史に昇華するその日まで。竹竿の先の青空。その空がどこまでも高いことを教えてくれる秋が、すぐそこまで来ている。

  2004.08.22

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• 沈黙の名

  夏よことしも若い娘たちに教えるがいい花々の名を樹々の名を小鳥の名をそれらの小さなやさしい名が彼女らを愛に誘うだろうからだがかって私が繰り返し呼ぼうとしてついに呼びえなかったものの名は夏よ　ことしも黙っているがいい何故なら名づけられぬものの名は夏よ彼女らを不幸にするばかりだから故知らぬさびしさに誘うものばかりだから──　　谷川俊太郎「沈黙の名」大学時代、この詩の合唱曲を歌った時、「名づけられぬものの名」とは何だろうと仲間で議論したことがあった。その時は結局結論は出ず、中途半端な解釈のまま本番を迎えることになり、解釈の浅さは本番の演奏にも出てしまったような気がする。今、この詩を読み返して見て、一つ思ったことがある。ひょっとしたら「名づけられぬものの名」とは「永遠」のことではないか。花々　樹々　小鳥どれも夏の中で命の輝きを放つものたちであり、そうした命の華やぎの中で、人の中でもっとも輝いているであろう「若い娘」はより輝きを増すのだろう。だが、その輝きはいつまでも続くものではない。夏が秋に代わるように、命の輝きはやがて光を弱め、華やいだものたちは眠りにつく。そうした儚さゆえ、命は輝くのだろうか。そうした儚さを知らぬがゆえ、華やぐのだろうか。確かに全てに終わりはあり、輝きを失う。だが、輝くの夏の後にはたおやかな秋があるように、穏やかに光る温もりが訪れる。それに、一度失ったと思われる輝きが甦ることもあるのだ。秋のような涼しい日々があり、夜や朝に秋の気配を感じていたのに、まだ終わらないとばかりに真昼の夏が自己主張をしている。その暑さにうんざりしながらも、夏の暑さが戻ってきたことを心のどこかで喜んでいる。

  2004.08.18

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• ７度の飢餓に遇うとも、１度の戦いに遇うな

  ７度の飢餓に遇うとも、１度の戦いに遇うな（『岩波ことわざ辞典』）これに似た言葉は日本各地で言われていたようだ。例えば、戊辰戦争を生き抜いた菅野八郎の回想録『八老独年代記』には次のような言葉が見える。世話にも、七年の飢饉に逢ふとも、壱年の乱に逢ふべからずとは、むべなる哉。（菅野八郎『八老独年代記』）「世話」とはことわざは言い伝えなど、普段人が口にする言葉全般を指す。太平の世と言われた江戸時代においても、戦争は怖ろしいものと捉えられていたようである。それも、おそらく身近にあったであろう飢餓よりも、頭の中で想像するしかない戦争のほうが怖ろしいものだったのである。では、現在の我々はどうであろうか。第２次世界大戦の記憶の風化が叫ばれる中で、戦争の悲惨さをどこまで理解しているのであろうか。若者が戦争の悲惨さを知らないと嘆く人が増えているが、年配者においてもあの戦争の悲惨さをキチンと認識できているだろうか。あの時代の日本を語る時、なぜあの時軍部の暴走を止められなかったのかと非難の込められた言葉が出てくることがあるが、あの暴走を許した日本の歴史から我々は何を学んだのだろうか。将来、我々の子孫に、なぜ21世紀初めの日本人は政治の暴走を止められなかったのかと非難の込められた言葉を投げかけられたりはしないだろうか。*********************************************************ふと思い出したことがありましたが、少々長くなったので別の日の日記スペースに書きました。そちらも読んで頂けると嬉しいです。８月９日　遺影

  2004.08.15

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• 夕凪の街を抜ける風

  去年読んだマンガの中でベストを挙げろと言われたら、僕は迷わずこれを挙げる。こうの史代「夕凪の街」あのヒロシマの街を生きた女性の物語だ。舞台は昭和30年の広島。一見原爆の傷跡も塞がったように見える広島に皆実という女性が暮らしていた。人々は貧しいながらも平穏に暮らしていたが、そんな風景を見ながら、皆実はこんな思いにとらわれる。ぜんたいこの街は不自然だ誰もあのことを言わないいまだにわけがわからないのだわかっているのは「死ねばいい」と誰かに思われたこと思われたのに生き延びているということそして一番怖いのはあれ以来本当にそう思われても仕方のない人間に自分がなってしまったことに自分で時々気付いてしまうことだ皆実はあの原爆が落ちた日、がれきの中、多く死体と多くの苦しむ人の中にいた。何が起こったのか分からず、変わり果てた街に戸惑い、ただ走り抜けた。多くの人が苦しみ助けを求めるのを無視し、死体をまたぎ踏みつけ、熱い地面に靴底が焼けては、腐ってないしたいから下駄を取って履き替えた。その街で顔が姉とボールのように膨れた母と再会はしたが、父と妹とは会えなかった。そして数ヶ月後には母の顔の腫れはひいたが、姉は死んだ。あの日から、皆実は自分の幸せから逃げるようになる。あれから十年しあわせだと思うたび美しいと思うたび愛しかった都市のすべてを人のすべてを思い出しすべて失った日に引きずり戻されるお前の住む世界はここではないと誰かの声がするある日、皆実の前に思いを寄せる男性が現れる。最初は拒絶する皆実だったが、……教えて下さいうちはこの世におってもええんじゃと教えて下さい十年前にあったことを話させてくださいそうしたらうちが死なずに残された意味が分かるかも知れんそうしたらうちが打越さんに逢うたこと事とかを姉や妹やみんなにすまんと思わんですむかも知れん皆実ははじめて、心からの平穏を感じることができたのだが……この作品は週刊誌に載った読み切りなので、読んだことのある人は少ないかも知れない。だが、この秋、単行本になるというニュースを聞いた。もしこの作品が出版されたら、すぐにでも教室に持って行こう。今、NHK－BSで放送していた「さだまさし　夏、長崎から」を見ながら書いている。広島に原爆が落とされた日に、もう一つの被爆地長崎で毎年開かれるコンサート。今なお、戦争のニュースが流れ、劣化ウラン弾による被爆が伝えられているこの世界で、平和を願うコンサートだ。戦争は全てを破壊し、全てを奪い尽くす。そこで唱えられる平和は、滑稽な幻視にすぎない。今、僕に何ができるのだろうか。＊以上、引用はこうの史代「夕凪の街」（『Weekly　漫画アクション』37号　2003年９月）＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊

  2004.08.06

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• 届かない手、届けられない手

  父が大学生だったころ、ゼミの先生から「結婚もしてないヤツがロクな研究をできるわけがない」と言われたそうだ。結婚して一児の母となった妹は、接客業に従事しているが、この前家族で会ったとき、「赤ちゃんのいるお客さまへの接し方が間違っていたことに気付かされた」と言っていた。教師と呼ばれる立場になってからは何度も、特に定時制に来てからは度々、自分の教師としての資質の欠落を思い知らされる。その一つは、「独身でいること、子の父ではないこと」だろう。定時制の生徒は、多かれ少なかれ心に傷を抱えている。どうしても埋められない空疎な孤独に、なにもできずに立ちつくしていても、縋るものはなにもない。そんな子も多い。だから、その孤独を忘れようとして、誰かと繋がっていると感じたくて、無茶なことや他人が眉をひそめるようなことをしてしまうのかもしれない。以前、教室になかなか入れずに暗い廊下でポツンと立っている生徒のことを書いた。そんな生徒を見るたびに、僕は何かしなくちゃと思うのだが、なにをしていいのか分からず、行動がワンテンポ遅くなったり、なにも出来ずにただ声をかけるだけで終わってしまうこともある。「なにか」したいと思っても「なにを」すべきか、「なにを」して欲しいと思っているのか、「なにを」するのが一番いいのか分からないのだ。自分の子供を育てたことのある人、子供と一番近い距離で向き合ったことのある人なら、生徒がなにをしてほしがっているのか、分かるのではないだろうか。どう接してあげれば生徒が安心するか分かるのではないだろうか。この前、思い詰めたような硬い顔をした２年生が、授業中なのに食堂の隅で一人座っていた。僕はその子のはす向かいに座ると、「どうした？」「今日は過ごしやすいな」「バイト見つかったのか」と慎重に他愛のない話を選んで話しかけた。話しかけながら、言い言葉が思い浮かばない自分に苛立ち、情けなくなった。無力感に苛まれるというヤツだ。その子は僕の問いかけに、言葉は少なかったがキチンと答えてくれた。そのうち僕に付きまとわれるのが疎ましく思ったのだろう。「授業出てきます」と言って、食堂を後にした。僕は、そのちょっと猫背気味の背中を黙って見送ることしかできなかった。冷え冷えとした明かりを放つ蛍光灯が、ガランと広い食堂を照らしている。僕はその中で動くことも出来ない。

  2004.07.04

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