笑っていいんだよ
前にも少しだけ書いたが、情報の授業はTT、すなわち2人1組で行われている。1人がメインとなってホワイトボードの前で授業を行い、もう1人が生徒の間をまわって個別指導を行うという形だ。僕は個別指導のほうを見ているのだが、これが結構難儀だったりする。授業に集中しない生徒の注意から、授業が分からなくなった生徒への対応まで、教室中を始終行ったり来たりしている。何かある度にあちこち移動して片付け、あるいは片付く前に別のところへ行かなくてはならなくなる。まるでモグラたたきをやってるような気分だ。最初の頃はメインで授業をやらなくていいから楽できそうだと思っていたのだが、甘かった。その日もいつものように慌ただしく動き回ってはいたのだが、課題の締め切り日ということもあってか、いつもに比べたらふざける生徒も少なく、注意の手間が省けて少しは余裕があった。のんびり生徒の進行状況をチェックしながら歩いていると、女子生徒が二人、画面を覗きこみながら何か囁き合っている。見てみると、課題であるHP作成を一応終わらせたのだが、実際にIEで表示させてみると、イメージ通りに出ないらしい。「なんか、ヘン~っ」HPBの編集画面に表示されたものと見比べてみたが、僕にはそれほど違いがあるようには見えなかった。だが、作った本人にしてみれば、このズレが気になって仕方ないのだろう。僕は他の場所で急を要することがないのを確認すると、そのHPの修正に付き合いはじめた。HP作りにおいて、この授業ではHPBを使ってきた。僕もHPBなら一応一通りのことはできるが、修正する際にはタグを見たほうが手っ取り早い。「じゃ、とりあえずHTMLソースを開いてみろ」「は?」生徒二人は訳が分からないという顔で僕を見ている。「HTMLソースの出し方って、授業でやっただろ」「えっ、HTMLソースって……何に使うの?」「だから、タグを見たいから、HTMLソースを出すんだよ」僕がちょっとイライラし始めていると、彼女たちは突然抱きついた。「……何やってる?」「だから、タグ」「そりゃ、ハグだろ」呆れながらツッコむと、彼女はヘヘッと笑いながら離れる。授業内容を忘れていたことへの照れ隠しもあったのかな、と思った。「ったく、なにオヤジギャク言ってんだか」「えーっ、オヤジギャクじゃなくて、お姉さんギャクだよ」ガキのくせに何がお姉さんだ、とツッコもうとすると、生徒の1人が笑いながら僕の顔を覗きこんでいた。「先生、授業中だってそんな風に笑っていいんだよ」僕は一瞬はっとして言葉を失ったが、すぐに「なに言ってんだよ」とぶっきらぼうに言うと、自分でHTMLソースを表示させて修正を加えた。やがて授業は何事もなく終わり、生徒はコンピューター室を後にする。僕はその日の授業はこれでお終いだったが、もう1人の先生はこの次の時間も授業があったので、僕1人で授業の後片付けを行った。1人になれる時間と場所があってよかった、と思った。授業が終わってからも、いや、言われた直後から彼女の言葉がずっと引っかかっていた。笑ってもいいんだよ。僕はずっと普通に過ごしてきたつもりだったけど、いつの間にか笑わなくなっていたらしい。そして、笑わなくなっていたことに、僕自身気付いていなかった。一体、僕はどんな顔で生徒の前に出ていたんだろう。ここ最近の授業を思い出してみたが、僕がどんな顔をしているのかは全く分からなかった。当たり前だけど。僕は片付けを終えると、コンピューター室の電気を消して鍵をかける。電気の消えた暗い廊下は、生徒の声も聞こえずひどく静かだ。真っ暗な闇の中、僕はとぼとぼ歩いていく。