できない相談
「できない相談」という意味を持つカクテルをご存じだろうか。カクテルの解説書には、「バーで女性を誘った時、このカクテルが出てきたら、ハンカチを涙で濡らしましょう」と書かれているこのカクテルを。涼しくなった頃を見計らったかのように、ある生徒が職員室にやってきた。「センセー! ダメかもしんな~い」彼女がダメかもしれないというのは、大検のこと。上旬に大検の試験があり、彼女も受けていたのだ。定時制の課程は4年だが、大検で一定の単位を取ると3年で卒業できるとあって、ウチの学校でも大検を受ける生徒が多い。彼女の場合は3年で卒業するためには今回の大検である程度の単位を取っておかないと、かなり難しくなる。それだけに、あまりできなかったのはショックなのだろう。そう思いつつも、頭のどこかで警戒の信号が鳴っていた。大検の結果が出るのはもう少し先だが、試験が終わったら一応感触を報告するように受検した生徒には言ってあった。ほとんどの生徒は学校に来たり電話で報告していたのに、彼女は20日も遅れてやってきた。ショックが大きくて、今日まで来られなかった?いやいや、彼女はそんな繊細なタマじゃない。涼しくなるのを待っていた?それはあるかもしれないけど……。彼女は延々と愚痴をこぼし、準備を怠ったことへの後悔を語り、今度は頑張るという決意を語った。「もう今から頑張って勉強始めてるんだよ。でねっ、……」ここで彼女は媚びを含んだ目で僕を見た。「世界史の宿題、やる時間が足りなくなったんだ。全部できなくてもいいでしょ」ああ、やっと本題に入ったか。そもそも、彼女に出した宿題は、1学期の成績が赤点だったから出したヤツだろう。3卒(3年で卒業)したかったら、大検の前に学校の授業をちゃんとしろよ。そう思ったが、そのまま伝えるのは面白くない。「そうだなぁ……」ちょっともったいぶった態度で彼女を見ると、彼女は期待するような目を僕に向けてきた。「ブルームーンってカクテル、知ってるか?」途端に、彼女が不満そうな顔をする。「えー!! いいじゃ~ん!!」どうやら、授業内容は憶えてなくても、雑談は憶えていたらしい。そういえば、今夜は今月2度目の満月だとか。同じ月の2度目の満月を「ブルームーン」と呼ぶと、どこかで読んだ記憶がある。今日はやっぱり、「できない相談」。