イタリアの変化
中世の末期(一五世紀)にイタリアに大きな変化がおきました。西欧は、一二世紀になってようやく都市文明の時代へはいりましたが、都市の発達のもっともはやかったのは、北イタリアでした。一四~一五世紀当時の西欧内部の都市人口は、パリをのぞけば、まだ五千人内外だったのに、北イタリアの都市はすでに、五万人を突破していました。これら北イタリアの諸都市は、イスラーム商人が東洋からはこんできたコショウなどの商品を買いつけて、西欧の各地へ売りさばき、大きな富を得ていたためです。経済的な繁栄を背景にして、思想・芸術・文化も西欧の先端をきっていました。これらの都市に開花した文芸を「ルネサンス」といいます。一般に、西欧文明を発達させた最大の原動力は、ルネサンスにおいて確立された人間主義の思想だといわれています。つまり、ひとりひとりの人間こそすばらしい存在であって、無限の可能性をもっており、人間を抑圧からときはなつことが人類の進歩をもたらすという考え方です。