[ショートショート。]の記事一覧 | Ｂlue Notebook homepage

惑星Ｘ

　ある日ネコの好物がチーズになり、ネズミの好物がネコになった。そしてネズミの復讐が始まった。ネコはおちおち縁側で昼寝も出来なくなり、神経衰弱に陥った。ネコは飼い主に守ってもらう必要を感じて、どんどん従順になっていった。すると元々従順だった犬は立場を追われ、今まで真面目に尽くしてきた反動によってグレてしまった。グレた犬は飼い主に反抗した。反抗しすぎて、犬の進化は促進され、猿の知能を追い抜いた。それに驚き、対抗意識を燃やした猿は、犬よりももっとずっと早く進化を促進させ、ヒトの知能も追い抜いた。困ったのはヒトだ。今までどの生物にも知能面で劣ったことがなく、地球生物の優等生をやってきたために、この出来事の衝撃はすさまじかった。すさまじすぎて、ヒトはとことんアホになってしまった。　数百年後、宇宙からこの星にちゃーるとんへすとんがやってきた。

アリ

　ある日、雨が、この空から降ってくる雨が、すべて、蟻になった。　いやいや、そんな想像をすると骨の中まで歯痒い悪寒が走るのでやめにしよう。この空から降ってくる雨がすべて、「アリ」になった。　アリは今日も地上に降った。地に落ちたアリの多くがいろいろな理由で息絶えてしまったが、反対に多くのアリも生き延びた。生きることが出来たアリはそれぞれが降り立った町で小さな部屋を借り、つつましやかな生活を始めた。仕事も、日雇いのような小さな労働から始めた。　アリは働いて、金を稼いだ。自分一人が生きていく分と、ほんのちょっぴりの蓄えが出来るか出来ないかの程度だった。アリは窓辺に一つ植木鉢を置いて、そこに土を入れ、花の種を植えた。その種が芽を出し、伸びていくことが、アリの唯一の楽しみとなった。　アリは多くを望まなかった。なんでも、必要な分だけあればよかった。生活は苦しくないわけではなかった。少し寂しい気もしなくはなかった。町に暮らし、関わりあいの中で、迷わずにいたこともなかった。しかし、アリは一日一日を生きていった。　その日、アリはイルミネーションに光る町を歩き、家路に就いた。夜空には靄がかかったように、星は見えなかった。テープから流れるクリスマスソングが、陽気に踊っていた。アリは人ごみの切れ端で、ふと立ち止まった。ほんの少し、いつもとは違って、気がつかなかったことが、表層に浮かび上がってきた。シャンシャンシャンシャンシャン、と、トナカイのベルの音が響いた。　風が吹いた。アリは、窓辺の鉢植えにひっそり咲いたあの花が、揺れたような気がした。　そして、目の前に、あの人が立っていた。このとき初めて出会ったあの人が、「どうしたの？」とは言わないで、だけどもゆっくりと手を差し伸べるように、アリのことを見ていた。アリは、生きているうちに出会えるとは思わなかった喜びや、悲しみにも、出会い始めた。　人々は歩道を歩く。道の上を行き交い、通り過ぎすれ違い、流れ去っていく。とどまったり走ったりしながら。

なんとなく話１１月２６日

　Ａ少年は、飲むと眉毛が毛虫になる薬を手に入れた。早速試した。話に聞いたとおり、眉毛が２匹の小さい毛虫になった。考えもなしにやったので、今後どうしようかと悩んでいたら、２匹の毛虫は逃走してしまった。眉毛がなくて困ったので、極太サインペンで仮の眉毛を描いたら、それも毛虫になって逃走してしまった。その次もまた仮の眉毛を描いたが、それもまた毛虫になって逃走してしまった。Ａ少年はムキになって何度も何度も必死で眉毛を描き続けたが、どれもすべて毛虫になって逃走した。毛虫は一体どこへ行ったのか。失意の中、Ａ少年は眠りについた。次の朝Ａ少年が目覚めると、驚くべき現象が起こっていた。台所の母親にも、居間の父親にも、妹にも、隣のおじさんにも、散歩中の犬とお姉さんにも、極太サインペンの眉毛が付いていた。学校に行くと、全校生徒、先生も全部、極太サインペンの眉毛が付いていた。Ａ少年が呆然と立ち尽くしていると、足元にＡ少年が持っていたはじめの眉毛虫２匹がやってきて、ケラケラ笑った。「バカめー！これでオレたちの天下だー！」Ａ少年は怒って、自分の眉毛をプチッと踏み潰した。

なんとなく話１１月２５日

ゾウリムシがワラジムシに言った。「今日は天気がいいですね」ワラジムシがゾウリムシに言った。「そうですね、とてもよい天気で」ゾウリムシがワラジムシに言った。「近頃景気はどうですか？」ワラジムシがゾウリムシに言った。「ぼちぼちですね。おたくは？」ゾウリムシがワラジムシに言った。「こちらもぼちぼちですね。良くもなく悪くもなく」ワラジムシがゾウリムシに言った。「お子さんがお生まれになったんでしょ？」ゾウリムシがワラジムシに言った。「えへ、そうなんです。おかげでてんやわんやですよ」ワラジムシがゾウリムシに言った。「でもいいじゃあないですか。にぎやかになって」ゾウリムシがワラジムシに言った。「そうですねえ」ワラジムシがゾウリムシに言った。「夜鳴きはひどくないですか？うちの子が赤ん坊のころはもう、ひどくって」ゾウリムシがワラジムシに言った。「そうなんですよ。妻も僕も睡眠不足になっちゃって」ワラジムシがゾウリムシに言った。「でもかわいいでしょう？生まれたばかりの子供って」ゾウリムシがワラジムシに言った。「そうですねえ。ほっぺすりすりしちゃいますよ。すりすり」ワラジムシがゾウリムシに言った。「あなたが？」ゾウリムシがワラジムシに言った。「そう、僕が」「えへへへへ」「あはははは」筆者は、ゾウリムシとワラジムシの違いが分からなくなってしまった。

なんとなく話１１月２４日

　ボクは迷っている。問題は、人間になるべきかどうか、ということだ。体中のいろんなパーツがもう換えどきになったころなので、アップグレードをするこの際、思い切って人間になってみてもよいかもしれないと思った。そうやって人間になった友達は、ボクのまわりにも少なくないし、そうやって進化、というか退化、というか、今までとは違った新しい所に立って世界を見ることができるようになるのも悪くない、と、そうなった知り合いの大体が（といってもそんなに多くの証言を得たわけではないけれど）そんな風に言っている。具合は悪くはないらしい。だからボクも、そんな仲間に入ってみようかと思っている。だけれども、どうしても気になってしまうことがある。それは、人間からロボットになりたがり、実際そうなった人間も少なくはない、という事実だ。ボクが役所に人間になるための申請書類を取りに行ったとき、ボクが並んだカウンターと向かい合わせになったカウンターには、ロボットになるための申請書をもらいに来たヒトたちが列をなしていた。その様子を目の当たりにしたこともあって、なんやかんやボクはとまどっている。ロボットをやめて人間になったところで、またロボットになりたくなったら、万が一そんなことはないとしても、もしそうなったら、ボクはどうするのか、今のボクにはどうしても、予測がつかないから。

なんとなく話１１月２３日

　ある町には、ふぐ投げ祭というのがあるそうです。というのも、その町は小さな港町で、そこに住む人々のほとんどがイワシやアジやサバなんかの食べておいしく馴染み深い魚を捕って生計を立てていました。しかしあるときからぱったりとそれらの食べておいしく馴染み深い魚たちが捕れなくなり、代わりといっては何だけれども、ふぐばかりが捕れるようになりました。それらのふぐは、下関で捕れるような立派なものではなく、皮は硬くて骨も多くて食べられる部分がとても少ない種類のふぐで、取り柄といえば見事に腹を膨らませることが出来ることくらい。しかもその町にはふぐを料理できる腕を持った料理人が一人もいなかったので、ふぐのおいしさを、この町の人は誰も知らなかったのです。事態は深刻です。そんなとき、ある一人の漁師が、捕れたふぐを腹いせに海に放り投げ返しました。丸々膨らんだふぐを片手に乗せて、大リーグのピッチャーがするような格好をして、かつ怨念を込めて投げるのです。一人がそんなことを始めると、人間の習性によってかどうか、二人、三人、四人とまねをするのが出てきます。その現象がふぐ不況に陥った町の人々皆に広まるにはそれほど長い時間はかかりませんでした。「ふぐ投げ」はそのうち町のポピュラーな行事となり、果てには朝昼晩、ふぐを三度三度投げてしまわないと一日が終わらないと言う人まで出て来る始末です。そんなこんなで、「1年の締めくくりとして、最も素晴らしいふぐ投げを行おう」というスローガンの下行われることになったのが、このふぐ投げ祭なのでした。ふぐ投げ祭はその土地に定着し、何十年も続けられました。その祭はなぜか、この町以外のところに住んでいる人々の関心も引きつけ、人が集えば金が集う、この町の最も重要な稼ぎ時となりました。ふぐ投げ祭は、伝統的な行事となりました。　今年も、その祭が行われる季節がやってきました。屋台やなんかがにぎやかに立ち並ぶ横で、人々が海に向かって必死でふぐを投げています。老若男女、奇人変人凡人外人関係なく、せっせと投げて続けています。何十年と投げられ続けてきたふぐたちは、何を思おう、腹をまん丸膨らませて怒っているようにもかかわらず、非常にしらけた目で、よく分からないことに熱くなるヒトというものを眺め眺め、放り投げられて水面に付いた瞬間には、腹の空気をぷしゅっと抜いて、ひゅるりと海の底に沈んでいくのでした。

なんとなく話11月22日

　みかんを食いすぎてみかんの皮にうもれた男がいました。男は、みかんの皮に体全部がうまってしまってからやっと、後悔しました。「ああ！どうして歩きながら食べなかったんだ。そうすれば皮をむいても、落とせばあとにあとに残していけるから、うもれずにすんだのに！」数ヵ月後、その考えを実行した彼は、町の住民から激しく訴えられ、みかん依存症患者として病院送りにされました。

なんとなくばなし１１月２１日

　そのこどもはいつも、泣いていないような顔をして泣きました。　今日は小さな砂浜にやってきて、そのまわりにある、ボートが入ったり出たりする港や、かめのこのように点々と浮かぶ島や、忘れられたように小さな観覧車がまわる遊園地をながめて、開けた場所へ座りました。砂浜の砂はとても細かく、もしここにシャベルがあってすくえるなら、すくった先からはらはらと空気にさらわれて飛んでいってしまうようでした。砂浜のつづきには、かこう岩が積まれた突堤がほんのわずか海に向かって飛び出しているところがありました。それは遠くにあって、岩と岩の隙間がほんの少しだけ見えるか見えないかの程度に離れているのでした。そこにはひとりの、みどりいろのパーカーを着た初老の男が、三脚台にカメラをのせて、きらきら揺れる海の波を撮っている姿がありました。３時よりも傾いた太陽は、水の表面を金や銀や赤銅でめっきするのです。男は、そうやって太陽が一瞬一瞬めっきしては消しめっきしては消しするようすを、紙すき職人がパルプをさっとすくい上げるように、器用にカメラの中へ切り取るのでした。　波打ち際では、ちゃいろい瓶が三つ四つ、ころころと揺らされていました。太陽はとても暖かく、冬の始まりの風を溶かしてしまいました。砂の上に、いくにんもの靴の跡と、千鳥の足跡が文様のようにありました。ときおり打ち寄せた波がまた海に戻っていく時につるりと巻き上がって、海月の体のようになって、すぐに形を消しました。「ごうごう」と遠くで一両編成の列車が走っていく音がしました。そういえば、踏切が鳴る音もしました。こどもはこの海の前で、たったひとりでした。　波の音が砂を削って去ってゆきます。波の音が、始まりと終わりをつないで、生まれたり死んだりしています。波の音は、貝がらの奥から響いてくる音よりも鮮やかに、星の古い記憶となりました。　こどもは口笛を吹きました。ひょうひょうと、風にあおられてその音は飛沫となって飛んでゆきました。ゆうゆうゆうゆうひゅうひゅうひゅらあひゅらあ。こどもの瞳からついと涙が落ちて、砂の上に小さなおうかんをつくりました。ひゅうひゅうひゅうひゅらあひゅらあひゅううひゅうう。口笛に乗って、古代人の涙の歌が飛んでいったようでした。　町のざわめきは今日も、絶えず進んでいくようです。

なんとなく書く話

　ある日犬が歩いていると、道端に小石が落ちていた。小石には名前があった。名前を聞いた犬は、「おかしな名前だ｣と笑った。石は犬が歩くのについていった。ついていくと、少し大きな川の土手にやってきた。土手と河原の間にある原っぱでは、３年Ｄ組の子供たちがソーラン節を踊っていた。犬と石は並んで座って、その様子を眺めていた。土手の上を走る道には車止めが着いていたので、車は入ってこなかった。ソーラン節の曲が流れ終わると、ラジカセ係の生徒が走っていって、テープを巻き戻し、もう一度はじめから流し始めた。えのころ草が茂っている辺りがさわさわ鳴った。石は欠伸をした。犬も噛み殺しかけた欠伸を、まあいいかと口から放り出した。ラジカセからソーラン節がどんどん流れていた。彼らは踊り踊った。友情と希望と信頼を感じながら踊った。あー、学校の教室では担任の先生が待っているんだろう。彼らがそんなことを漠然と心の奥底に持って踊っているんだろうか、と石は思った。犬の頭には、がらんとした校庭の、水気の無いもさもさした土の上に吹く風が、突如として浮かんできた。そんなとき石は、ある場所で食べたとても旨いラーメンのことを思い出した。時間は止まらなかった。ソーラン節も続いていたが、途中でラジカセが鳴らなくなった。ラジカセ係の生徒が確かめに行ったが、どうしても鳴る見込みがなかったようで、テープが入ったままそれを川の中へ放り投げてしまった。それからまた、何事もなかったように少年少女はソーラン節の練習を続けた。犬はしばらく、といってもそれほど長い時間ではないしばらく後に、「もう行こうか」と石に言った。石もそうしようと思った。土手の道の上にからすが、拾った胡桃を置きに来た。自動車が来てその硬い木の実を粉々に砕いてくれることを願って。だからからすは慎重に、車の車輪が通る辺りに検討をつけて、胡桃を置く位置を調整していた。「ああ、僕らはこうやって崩れ去っていくんだね。こうやって、この世界で起こりうる何らかの可能性でもっていつしか、消えてゆくんだね」と、石が言った。犬は、そう言って目まん丸に見開いて見上げてくる石を見つめた。犬は答えた。「真空と地面の間にある、ほんのわずかなすき間の中でね」そうして犬と石は、からすの置いた、脳みそそっくりの形をした胡桃の横を通り過ぎて、何の理由も持たず存在し続けるアスファルトの上を歩いていった。

繭

　二日ほど前から、私の家には一匹の幼虫が入り込んでいる。　この虫は、トイレの窓からいつの間にか入り込んでいて、そして、いつのまにか繭をはり始めた。　茶色くずんぐりとした体に、枝に止まるためのいぼが幾つか並んでいるが、それによってこれは、自らの体を枝にはりつかせる。そのうち尻尾から数えて二対だけは大きく膨らんでいる。これは、「もしも」のときに最も重要となる保障であると同時に、これを尺取虫と呼ばせるゆえんとなる歩き方を作り出す器官なのだった。　そんな生物が、私の目の前で繭をはっている。　首を（そう呼ぶことができればの話だが）左右に振って、粘着質の糸を吐き出し周囲にくっつけている。糸を吐き出すときにこれは口をもごもごと動かす。それは、何かを体内から吐き出しているのではなく、むしろ食べ物を咀嚼して中に送り込んでいるように見える。　そんな鈍く光を反射するチューブのような物体が突然現れたら鳥肌を立てて自分方が家を飛び出してしまう人間も少なからずいるのだとは思うが、私は別段なにをすることも、なんの感慨にふけることもなくそれを見ることができた。　だが、一つだけ問題があった。それは、この虫が自らの寝床を作り上げているのが私の部屋であるということだった。　奴の体は私のベッド半分を占領して横たわっており、上半身を枕もとの壁に持たれかけている。その様子はまるで、優雅に寝椅子に横たわる少し憂鬱な表情をした貴婦人といった具合だ。それでいて、体の周りに糸を張り巡らしてヴェールを作っている。おかげで私は私のほうの寝床を奪われて、床の上で眠らなくてはならなくなった。　板張りの床の上に薄いタオルケットを敷いてその上に横になり、またその上からタオルケットを被る。私は背中が痛くなるのを我慢して床に就いた。　奴の姿は、ベッドとちょうど平行になるように横たわっている私のところから見ることができた。私は横になってからも、これが繭を作り続ける様子を見ていた。　今日は確か月夜ではなかったのだが、窓からは薄明かりが入っていた。窓は、ベッドをはさんで私と反対側にあった。するとそのぼんやり光っている四角形をバックに、虫の胴体と繭の一部分の影が見えた。繭は、入ってくる光をほとんど遮断せず、しかしそれを成している糸の一本一本を正確になぞることが出来るようになっていた。私は部屋に沈殿した暗闇の中でもじっと目を開いたまま、その砂糖細工のようなものを見ていた。虫の上半身は窓の横の壁に隠れて光が当たらないので、奴が今その上半分をどんな形にしているのか、私には全く分からなかった。私が横になって眠りに落ちるまでずっと、奴は動かなかった。　目の前に何人かの知らない人物、しかも一度間接的に会ったことがあるかもしれないという余韻を残した人物たちが現れて、私が彼らと一緒に地理的法則の歪んだ、しかし今私が住んでいてよく知っている町の中を歩いていた。その町は全く不規則に変化し続けていたが、けして迷路ではなかった。それは単に、私が迷路と知覚していなかっただけだった。　夢が途切れた。目を開けるとまだ部屋の中は暗いままだった。　窓の光ははじめよりずっと弱くなっていた。すると、私の耳のある音が入ってきた。それは、紙袋の中を手でさぐるときにするような音だった。その乾いた音は妙に私の神経に障った。だが、私にはそれを止められないのが分かっていた。決して、止める必要もないことを。虫の繭は、もう光を通さないほどの厚みになって、ベッドの上で黒い半球として姿を現していた。かさこそと音は続いていた。　私は寝返りを打ってベッドに背を向けて、また眠りに落ちていった。そこには何の感慨もなかった。ただ一つ気になることがあるとすれば、決して安楽はないということだった。他にも感じていたことがあったのかもしれないが、それらは私の記憶の網には引っかかることなく、結局はどこかに沈んでいった。　はじめはノンフィクションで、途中からフィクションです。　こんなものを書いてしまったのは「インソムニア」を観たせいなのです。　あしからず。