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テーマ:美術館・博物館(1559)
カテゴリ:美術館日記
すばらしくいい天気。 空は青く、風は甘く薫り、鳥はさえずり、裏山の新緑はかがやき、向かいの保育園から子供の歓声が聞こえてくる。 最近は、日の当たるベランダに折りたたみ椅子を出して、雪の冠をかぶる山脈を眺めながら書きものや読書をするのがお気に入り。 あんまりあたたかいと眠くなって、椅子からずるっとすべり落ちそうになる。 ふつか酔いのくまに朝ごはんを作り、お弁当を持たせて見送った後、焼き鳥屋のみっちゃんにおすそ分けする山菜を分けておく。 みっちゃんの焼き鳥は、ほんとうにおいしい。 わたしは一度しか店に行ったことがないけれど、くまの話だと、いつ行っても大入り満員らしい。 きのう、千鳥足のくまがお土産にぶら下げてきたカシラとサガリ、きょうのお昼に網であたためて食べたら、半日経っても遜色なくおいしかった。 わたしは3日前に親知らずを抜いたばかりで(今朝、やっと微熱が下がった)、まだ硬いものが食べにくいので、フォークとナイフで細かく切って大事に食べる。 写真の山菜は王様たらの芽、そして女王こしあぶら。 この3倍…いや、5倍くらいの量を、昨日くまが山で採ってきたのです。 天ぷらだけでは、夏までかかっても食べきれそうにない。 胡麻和えに酢味噌和え、マヨじょうゆ和え、お揚げさんと煮付けもいい。そうだ、パスタにも使ってみよう…と算段するわたしに、「俺は天ぷらが食べたい!」と強く主張するくま。 そうだよね。わたしも天ぷらがいちばん好き。 * ところでこの間、くまと美術館に行った。 目当ての企画展はいまひとつだったので、抱き合わせで同時に行われていた別の企画展、桜井浜江さんという洋画家の生誕百年展示をじっくり見る。 聞けば太宰治とも交流があり、小説のモデルにもなったという有名な人物。 抽象画っぽい、ごつごつした画風。 「ぬくもり」や「あたたかみ」に挑戦状を突きつける、鮮烈な色彩。 どちらかと言えば写実的な絵が好きなわたしは最初、桜井画伯の絵を理解できなかった。 けれどくまは、この間別の美術館で見たバルビゾン派より、こっちのほうがずっとわかりやすくて好きだという。 題名を見ても、どこが樹でどこが海なのか、さっぱり構図を読み取れないぼんやりのわたし(これは地図が読めない、方向感覚がないのと同じ原理と思われる)、「あれは島?空?」「あそこはどうなっているの?」などといちいちくまに教えてもらって、ようやく遠近がわかるしまつ。 順路と逆に、後期の作品から見はじめたので、後から初期の作品の変遷など見ているうち、突然「あ、わかった!」と頭の上で電球が光るような(古い…)感じになった。 それからあらためて、後期に描かれた大きな作品の、曲がりくねった枝や水のうねりなどを見にゆく。 今度はさっきのちんぷんかんぷんが嘘のように、背すじがぞわっとして色彩が腹にずんとひびいた。 桜井画伯が描きたかったのは、きれいな景色のうわべではなく、その奥にある源流や、躍動感。カンヴァスに収まりきらないものを、厚く厚く塗りかさねた絵の具で表現しようとしたんじゃないかな。 そのエネルギーみたいなものがじんじん伝わってきて、心臓が熱くなった。 今まで、抽象画は波長の合うことがすくなかったけれど、こうやって見ればいいんだ。 わたしひとりだったら、電球が光ることもないまま、何も感じずに絵の前を通り過ぎて、帰ってきてしまったかもしれない。 美術館はひとりで行くもの、一対一で向き合って、心の中で味わうものと信じていた。 誰かと出かけて、わからないことを素直に話し合いながら観るのも、案外おもしろいんだな。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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