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カテゴリ:図書館日記
つとめ先の図書館で「蔵書点検」をおこなう。 所蔵している本がすべて揃っているかどうか、棚を洗いざらい確認するのです。 まず、すべての本を正しい順番に並べなおし、背表紙を上にして倒しておく。 よく読まれる本、ほとんど借りられた形跡のない本、新しい本、古い本。 物語の本、星の本、苔の本、虫の本、果樹の本、スピーチの本、大判の辞書… 図書館じゅうの本たちに、一冊ずつ話しかけるような気持ち。 一日がかりで棚の整理をした後は、専用の機械で、片っ端からバーコードを読んでいく。 図書館の蔵書点検って何をしているんだろう…という積年の疑問が、これでようやくすっきりした。 バーコードが導入される前(いまはICチップを使っているところも多い)、手書きのカードで整理していた時代は、もっとうんと大変な作業だったんだろうなあ。 点検が終わると、ふだんなかなかできない大掃除をしたり、棚の配置換えや館内の装飾もこの機会に。 いつもの仕事より体力を使うから、家に帰ると毎日くたくた。腕やら足も筋肉痛。 でも、みんなと一緒に体を動かすのは楽しくて、あっという間に一週間が過ぎる。 すべての本があるべき場所に収まると、それだけで、見ちがえるように本棚が生き生きする。 並んでいる本は同じなのに、思わず手にとりたくなるのはふしぎ。 小川洋子「原稿零枚日記」を読む。 あらすじの名手にして、書けない女性作家である主人公の日常を綴った、日記体長篇小説。 ―を、読んでいるつもりなのだ、少なくとも、最初の数ページは。 このエピソードは、小川洋子さんの実体験も混ざった文章なのかなあなどと考えているうち、読者はいつの間にか異界に迷い込んでいる。 奇妙なコケ料理の店や、縮尺のゆがんだ盆栽市。いつまでも書き終えることのできない見取り図。 細部の綿密な描写にさそわれて物語の世界に入り込み、夢と現の境界を踏み越えたことにさえ気づかない。 最後のページまでするすると読み、来た道を振り返って「あっ」と思う。 取り返しのつかないところまで歩いてきてしまった…という恍惚感をおぼえるころには、もう物語の魔力が骨まで浸みている。 「あらすじ係」という聞きなれない職業も、魅力的。 小川作品に登場するほかの主人公たち―記憶を持ちつづけることができない数学者や、天才チェスプレイヤー、速記者―と同様に、「原稿零枚日記」の主人公もまた、孤独な欠損を抱え、与えられた役割の前に跪く。敬虔な姿勢で務めを果たそうとする。 人は誰もある種の畸形で、けれど注意ぶかさと敬虔さを失わなければ、かならずそのかたちにぴったり合った場所、役割を見つけることができる―というようなことを、読後の浮遊感の中を漂いながらぼんやり考えた。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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