私のスーパースター。
パイオニア、JTに負けちゃいましたね・・・。黒鷲旗はトーナメント式なので、もうこれで終わり。ああ、ベスト4ならずかぁ。今日、パイオニアの選手たちは山形に帰るんでしょうか。今冬のリーグ時と違い、各選手が全日本帯同中なので、JTは司令塔を欠いた状態、パイオニアはマッチョさんの引退もあり、両レフト&センターに限りなく近いライトを欠いた状態での試合だったわけですね。でも、パイオニアにとっては、若手選手が経験を積めた、ということで、次のリーグに向けて、得るところも多かったんじゃないかなあという気がします。いずれにせよ、次のリーグからは、マッチョさんに代わる、佐々木選手の対角レフトが必要になるわけですし。(榛澤選手かな? 現キャプテンの西畑選手かな? 私的には、多治見選手が不調の時にセンタースタメンで出場していた庄司選手が、もともとライト登録だったというのにビックリした)出来れば、勝ち抜いて欲しかったけど・・・。でも、ホントお疲れ様でした。さて。昨日のTBS特番、心優しき方がわざわざ動画メールを送ってくださり、一部ですが観ることが出来ましたーーー!!(狂喜乱舞)やはり一番「おおぉぉぉっっっ!!!!」と、PC画面に目が釘付けになったのは、江上由美さんの登場ですね。どこかの中学?高校?のバレーボールの指導をしてらっしゃるようでした。現役時代のまんま、きれいで、そして強そうな(笑)江上さんでした。思えば、私が「オリンピックを見るぞ!」と意識してTV画面に向かうようになったのは、ロス五輪が最初でした。だから「オリンピック」というと、一番最初に思い出す曲は「ロス五輪のテーマ」だし、オリンピックの開会式、といえば「ロケットマン」を一番に思い浮かべてしまいます。江上さんは、その、ロス五輪時のセンターエースであり、キャプテン。その後、結婚して姓が「丸山」に変わられてからも、ソウル五輪に出場されました。カッコよかったなあ・・・・・・(ウットリ)。番組自体は、NEWSのメンバーが色々な人のところへ行って、どでかい日の丸に「全日本への応援メッセージ」を書いてもらう、というような趣旨のもので、江上さんもメッセージを書いてくれたんですが、そのあと一言、「吉原にも、いいですか?」と、吉原選手宛てのメッセージも書いてくれたわけです。それは一言、「トモ・・・やれる!」という短いものでしたが、ロス・ソウルと、ふたつの五輪でキャプテンを務め、うちひとつはメダルを獲って帰ってこられた方の言葉ですから、そりゃあもう重みがありました。天才セッター・中田久美を育てたセンター・江上さん。そして、中田久美さんが育てたセンター・吉原選手。センターがセッターを育て、セッターがセンターを育てる、とは良く言われますが、江上さんのメッセージに目を潤ませる吉原選手をみていて、その言葉がなんとも重く、「よき伝統」とか「系譜」と言った単語が、実感として感じられたりしました。江上さんは1957年生まれ。吉原選手は1970年生まれ。ロス五輪の時、江上さんは27歳で、吉原選手はまだ14歳。当時、バレーを始めて、まだ2年かそこらの吉原選手にとって、「江上選手」はまさにスーパースター、憧れの存在、雲の上の人だったんだろうなあというのは簡単に想像がつきます。(バレーをやっていない私にとっても、まさにスーパースターだったくらいですから)高校を卒業して、日立に入って、センターにスイッチされた吉原選手にとっては、江上選手は「雲の上の人」と憧れるだけでなく、追いつき、追い越さなければならない、でっかい存在になり、そしてやがて、吉原選手が自他ともに認める『世界のセンター』となっても、江上さんは吉原選手の中では大きい存在のまま・・・いや、江上さんという存在があったからこそ、吉原選手は『世界のセンター』になり得たのかもしれませんね。まさに感無量、といった感じで、でっかい目をウルウルさせている吉原選手の顔をみていたら、東レの荒木選手のことを思い出しました。荒木選手にとって、吉原選手は憧れの存在。「スーパースター」であり、「雲の上の存在」だったことと思います。荒木選手は1984年生まれ。アトランタ五輪の時はまだ12歳。吉原選手がロス五輪を「画面に引っ付くようにして、自分が選手になったような気持ちで」観ていたのと同じように、荒木選手はアトランタ五輪の吉原選手を観ていたと思います。最終予選のメンバーからは外れてしまったけれど、夏のワールドグランプリへ向けての合宿では、また一緒にプレーできる。「雲の上の人」じゃなくて、いつか追いついて、そして追い越して欲しい。アトランタ以降途切れてしまった「系譜」、「よき伝統」。これを復活させるのも、それも、吉原選手の「最後の挑戦」のひとつだと思うから。ところで。私にとって、オリンピックといえば「ロス五輪」、「ロケットマン」。だから江上さんも、「江上さん」のまんまであります(笑)。本当は、「丸山さん」なんですよね。実際ソウル五輪では「丸山由美」で登録されていたんだし。でも、江上さんは江上さん。最初に、強烈な印象で刷り込まれているから、「丸山さん」って呼ぶのにはどうも違和感があります。吉原選手が結婚して、姓が変わっても、私はずっとこの人を「吉原さん」と呼び続けるような気がします。『吉原知子』は、『江上由美』同様、強烈で特別な名前ですから。