談志
談志の声が切なかった。かすれて出ない。体調不良のため独演会が一門会になった。談春や談笑などが舞台を支えた。払い戻しに応じるという案内もあったが調布グリーンホールの座席は客で満ちていた。最初に談志がヘアーバンド、ジーンズのいつもの姿で現れ詫びた。入院していたこと、むくみがあること声がでないこと、と説明する途中で立ちくらみがする、という。ずっと自殺したいと思っているがポール牧が先に逝ってそのみっともなさを身を持って教えてくれたから自殺できねえんだ。などと例の調子でこともなげに言う。そんな声でいくつかのジョークを飛ばし客を沸かす。30分ほどしゃべって頭を下げた。指の形の美しさが目に残った。弟子たちが盛り上げた舞台にトリで出てきたときは舞台端で袴を履いて見せた。座布団に座ると足のむくみで自分じゃないみたいだ、といった。ほんとうだよ、寝ちゃおうかなといって寝転がると自力で起き上がれず、弟子が飛んできて抱えあげた。怖くて、安定剤飲んで出てきたんだ、とも言った。演目は「田能久」うわばみがでてくるあれだ。低いかすれた声で、草書のような落語が続く。途中一場面すっ飛ばしてしまったりもした。それでもサゲまでなんとか持ちこたえ降りかけた幕をあげさせてもう一度ジョークを言って終わった。笑った。確かに往年のブラックユーモアで気が利いていて攻めどころがユニークで切れ味がよくて、可笑しい。でもあの姿あの声はかなしい。あの顔あの目はなお切ない。それでもしっかり見ておこうと思った。次がないかもしれないから。帰りの電車のなかで若い女の子の声が聞こえた。「あんなふうに座ってるとちっちゃいおじいちゃんだったね」ちっちゃいおじいちゃんのことが切なかった。