いただきもの
秋の初めに千鶴子さんが急に「あなたのお気に入りのコートをしばらく貸してちょうだい」と言いだした。千鶴子さんの弟さんの形見の大島紬のアンサンブルがあるのでそれで二人分のコートが作れるから、というのだ。洋裁の得意な千鶴子さんは仕上がり品を見ただけで、一から作れてしまうらしい。渡したコートと同じサイズ・デザインで丈だけ伸ばしてもらうことにした。そういえば、その渡したコートも以前千鶴子さんにいただいたものだ。藍染に手描き模様のはいったコート。もうずっとお気に入りのコート。千鶴子さんと知り合って14年ほどが経つ。いっしょにならんで歩んできた時間わたしはほんとうに物心両面でたくさんのものを千鶴子さんからいただいている。感謝しきれないほどだ。自分が使っていたものをひとにあげる時は自分でもちょっと惜しいかなって思うものにすることをそのとき千鶴子さんに教わった。さても、このかろやかでしなやかでシックなコートを羽織って鏡の前にたち、くるりと回る。そしてしゃなりしゃなりと廊下を歩いてみる。ああ、うれしくてうれしくてありがたくてもったいなくてなんだか申し訳なくてどうしよう。そんなお礼の電話をすると千鶴子さんは「同じ生地で羽織もあるからわたしのも同じ生地で作るのよ。あなたので練習して慣れて上手になってから自分のを作るのよ」なんて笑って言う。そして「でもそんなに喜んでくれたら、弟もあの世で喜んでるわよ、きっと」と続ける。仕上がったコートの裾に少し傷みがある。その場所を撫でてみる。そんなふうに時間が繋がる。その傷みもいつくしんで着させてもらおう。重ねてお礼を口にすると、千鶴子さんは「ほら、お誕生日のお祝いだから」と言った。わたしは8月生まれなのだけれど「ありがとうございます」と繰り返した。「21日の忘年会に来てらっしゃいね」そんな言葉が耳に残る。ああ21日ははこれを着て千鶴子さんに会いにいこう。