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• こんな気持ちははじめてなのさ。

  千鶴子さんに桜木町であった。しかし、今日は赤羽駅で人身事故があったとかで電車のダイヤが乱れていた。また、違う線でも何件か同様のことがあったらしい。昨日あんなに暖かくて、今日はこんなに寒くて雨模様だから、その気温や気圧の変化に対応できず、そのひとたちの気持ちがうつむいてしまったのかもしれないなあ、なんてずいぶん遅れた電車のなかで勝手な解釈をしていた。憂鬱な時期よりも憂鬱から脱したときの方が危険なのだと聞いたことがある。いったい今まで何をしていたのかと失われた時間に対する悔恨の思いが湧いたときがあぶないらしい。死にたいと思ってプラットホームに立つのだろうか。あるいはふっとそんな気持ちになってしまうのだろうか。答えの出ない自問を投げ出して持参の本を読み始めた。電車内専用の本。「徒然草」。そんなときはなんとなくシンクロする。「あだし野の露消ゆる時なく、鳥部山の煙立ち去らでのみ住み果つる習ひならば、いかにもののあはれもなからむ。世は定めなきこそいみじけれ」（口語訳）「・・・・人間がこの世に永住して死ぬことがないならば、人生の深い感動は生まれてくるはずもない。やはり、ひとのいのちははかないほうが断然いい」つまり、限られた時間であるからより濃密に生きられるということか。いつだったか、エホバの証人の友人は「永遠の命」という概念を教えてくれた。そのときに感じた違和感のもとはこういうことだったのかもしれない。「・・・あかず惜しと思わば、千年を過ぐとも、一夜の夢の心地こそせめ」（訳）「・・・もしもいのちに執着すると、たとえ千年のながい年月を過ごしても、それはたった一夜の夢のようにはかなく感じるだろう」ああ、そういうものだね。執着とはそういう悲劇だね。40歳そこそこで死ぬのが無難だと兼好さんは言う。その歳を過ぎると容貌の衰えを恥じる気持ちがなくなるそうで、子孫を溺愛して長命を望んで世俗の欲望ばっかりが強くなって深い感動の味わいがなくなるんだって。「ひたすら世をむさぼるこころのみ深く、もののあはれも知らずなりゆくなむ、あさましき」ああ、これいいたくなる場面、多いなあと思ってしまう。世を騒がせたあのニュースにもこのニュースにも、あのおやじにもあの若造にも、言ってやりたい気分になる。しかし、この時代の平均寿命がおよそ三十歳らしい。四十になると長寿のお祝いをしたという。なるほど、だから平安の貴族の仕事は恋だったのだなあと思う。早く子孫を残さないと死んでしまうものなあ。でも、その先を考えられないのは幸せか不幸せかわからないなあとも思う。どうせ三十歳でしんでしまう命なら、わざわざ電車に飛び込むこともないかもしれない。これからさきの時間をどう生きればいいのかわからない、なんて言ってる時間もないんだから。でも、「命長ければ辱多し。長くとも、四十に足らぬほどにて死なむこそめやすかるべけれ」といった兼好おじさまも70歳まで生きていたらしいではありませんか。ことほどさように思い通りにいかぬのが人の世ではありませぬか。今年90歳になるうちのばさまが呪文のようにくり返し言う。「はよ死んでしもたらええのに、自殺もようせんし」と。健康自慢できたひとが自分の長寿を呪うことばを口にする。そんなふうに思いがいのちという言葉のまわりを経巡っているとき、80歳の千鶴子さんは憧れのドクターの話をしはじめる。今は恋する千鶴子さんなのだ。食事の前に雑誌に載った爽やかなドクターの顔写真を見せてもらった。なるほど、千鶴子さんが恋するわけだ。「この雑誌、先生からもらったのよ。もらった日から三日間枕の下にこの雑誌を忍ばせて寝たの」「まあ、かわいいこと」と合いの手を入れると「わたし、こんな気持ちはじめて」ちょっと不思議そうな顔になって千鶴子さんはいう。戦前の教育を背骨にまっすぐ叩きこまれた師範学校卒の千鶴子さんの人生を思う。病気をしてから、新しい自分に出会っているのかもしれない。このドクターの診察してもらう直前、待合室で千鶴子さんは息苦しくなって倒れた。肺に血栓が出来ていたのだった。もしもよそで倒れていたら、今こうして笑うこともできなかっただろう。ドクターは命の恩人でもあったのだ。わたしの贈った「恋するキルト」をうれしそうに見入って、ちょっと第一関節の曲がった指でいとおしそうに撫で、「ありがとう。うれしいわ」と言った。みどりさんのキルトの話が出なかったのでホッとした。久しぶりに会う千鶴子さんの背中はその憧れを抱え込むようにますます丸くなっていた。小さく小さくなっていく千鶴子さんが切なかった。なにげなくその肩を抱いた。千鶴子さんはアラッという顔になったが、そのままでいた。手のひらに感じる体温が命だと思った。

  2006.02.16

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  できたできたよ。てさげができたよ。

  うんうんうん。できました。帯地だの着物地だのの手提げ。おおばあちゃんの帯だのばあちゃんが十三参りに着た着物だの今泉さんにもらった帯だの茶碗の箱を縛ってあったひもだのバザーでもらった帯締めだの着物だの・・・どれもこれも手ごわくてまことにまことに縫いにくく生来の不器用もあって、ミシン縫い目は曲がり放題。よく針が折れなかったもんです。いましばらくは袋物職人かなあ。ようやくミシン君のご機嫌伺いがうまくなったから。この際だから布をどんどん減らしますから。もうもう糸くずまみれ。それでもブツの残る仕事は甲斐があります。エー布袋はいらんかね。

  2006.02.15

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  良いお日和でございました。

  デジカメ修業のお散歩中に見つけた梅の花。その香りがすっとしのんできたりするのでちょっと花鳥風月気分でありました。そらには飛行機雲が・・・この世はこともなし・・・ならいいのにね。

  2006.02.14

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• おもしろいおっちゃんや。

  今日な、東京駅の大丸の12階でおもしろいおっちゃんにおうたんや。そのおっちゃんにはいろんな顔があっておもしろいねん。つまりこういうひとなんかな、と思うと次に瞬間にまた全然ちがう顔したはるところがなんかつかみどころがないようでおもしろいねん。どこにもかぎりがないみたいな感じがするねんそれはもういろんなこと試したはるねん。色やったり線やったり文字やったりモザイクみたいなんやったり小さな額縁のなかでいろんな実験したはるみたいやねん。それおもしろいねん。１８７９年にうまれたひとがそんなことやったはるねん。大正天皇や永井荷風と同じ年にうまれたおっちゃんやねんけどそれがえらいモダンやねん。そのどれもがそのおっちゃんなんやけどわたしはこの「わかれ」ちゅう作品がいちばんこころに残ってる。皺のいった茶色いただの紙にふとい筆でしゅうーっと描いたあるだけの線がずーっとこころに残っていくねん。この絵をみながら一歩ずつ後ずさりしてみたらだんだんせつないきもちになってくるねん。ああ、お別れやねんね、って思えてくるねん。お能ていうのは型が大事でその型でいろんな感情をあらわすことができるってだれやしらんがいうたはったけどこの絵はそんな感じやねん。わびさびやねん。このおっちゃんのすごいとこは目に見えてるものを越えてることやねんて。並んでるどの作品みてもそやなあって思うわ。ボクのこころはこんなふうに掴み取ってるんやでってどの作品からも聞こえてきそうなんや。おっちゃんの名前はぱうる・くれえっていうねんて。ほんまにおもしろいおっちゃんやったで。

  2006.02.10

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  にわか骨董かぶれ

  最近フリーマーケットによく行く。日曜ごとに近くの大きな駐車場にたくさんの店が並ぶ。そこへ足を運ぶたびにわたしはガラクタ好きなのだなあと思う。どこぞ古家の屋根裏部屋に上げてもらったらきっと埃にまみれながら、ひがな飽きもせず古い入れ物を開けては閉じして、出てきたものを陽に透かしてみたり身に当ててみたり、遠目に見たり手の中に転がしてみたりして楽しむことだろう。にこにこして、なにやらひとりごちながら・・・。ものがいいとか悪いとかではなく自分が気に入る入らないの基準でがらくたの山を漁る。それはなんとわくわくする時間だろう。フリーマーケットでも、古いものが並ぶ中サーチライトのように視線を移動させているとひょいっと止まるポイントがある。あれれと思って目を凝らすと自分の好みのものがコロンところがっている。おうおう待っていてくれたのかい？なんて気分でであっても値段が高いと手がでない。いいなと思うのはみな値が張る。香炉も一輪指しもあきらめた。先日は古い皿を見つけた。 なんだか懐かしかったから買った。こんな皿が実家にはあったような記憶がある。次の週骨董屋を見て回って似た皿を見つけた。北村薫氏に似たおだやかな店主に聞くとそれは印判とかいう種類のものらしい。明治から大正のものらしい。けっしていいものではない。が、なんだか思いが古き時代にひゅるひゅると伸びていく感じが心地よい。この皿は誰と会って何を見てきたのやらの気分なのだ。絵付けのいろいろの説明をしてくれる店主の話もなんだかのんびりとたゆたうようで来し方のどこかの時代にふいっともぐりこんでしまったような気がしてくるのだった。気がつくと印判のぐい飲みを買っていた。 店主はずいぶんとおまけしてくれた。これをご縁にとのことだった。ようこそ、骨董への思いなのだと。大小二つ。夫婦のぐい飲み。水を入れて今はもういない両親の写真の前に置いた。ふたりに会いにいけるような気がした。

  2006.02.07

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  花柄のひざかけ

  ようやくキルトが出来た。９５センチ四方のひざかけだ。いったいどのくらいかかったか、覚えてもいない。これは来週千鶴子さんのもとへ行く。これを作るのはなんだかつらかった。仕上げるのをこんなに渋ったことはかつてなかった。何年か前こんな作文を書いた。花柄のキルトという題だ。乳がんを病んだ友人の回復を願ってキルトを作ったという作文だ。これを読んだ千鶴子さんは、「あなたにキルトを作ってもらうには乳がんにならなきゃならないのね」と言った。それはほんの軽いジョークだったはずなのに、その後、千鶴子さんは同じ病と戦うことになってしまった。さるの手のお話のように、願いごとはこんなにむずかしい。ずるいようだが、わたしはずっとその言葉を聞かなかったことにしようと決めていた。たかがキルトのために病むなんてことがあってたまるものか、という思いだった。幸い、千鶴子さんの病気はことなきを得ている。まだまだ検査の欠かせない身ではあるが、元気で温泉にも行き始めている。もう、いいだろうと思った。千鶴子さんの憧れの先生の写真が載っている雑誌が手に入ってので、この次会うときに持っていくという。どんなにハンサムが見せてくれるつもりらしい。S先生の話になると声が弾む。このキルトは別な意味をこめて送ることにする。恋するキルトとでもなづけようかと思っている。裏にウール地を張った。千鶴子さんの身もこころも、ほわっとあたたかくなってくれれば、うれしい。

  2006.02.06

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• 元服

  京都在住の親戚の子が鹿児島の中高一貫校へ入ることになった。当然寄宿舎にはいることになるらしい。その子の祖母にあたるひとが、「受かってうれしいが、１２歳の子供が親元を離れて暮らすなんてかわいそうだ」と涙をこぼした。忙しい母親に代わって塾への送り迎えや食事の面倒をみていたそのひとにとっては、その子が遠くへ行ってしまうという寂しさは耐え難いように思われるのだろう。その子の母親に聞くと｢本人はハリー・ポッターのホグワーツへいくような気分らしい」とのことだった。その子は小学校一年のときに机を運動場に出された子である。お前がいるとみんなの勉強の邪魔になる、といわれるほとふざけまわっていたらしい。母親の変わりに授業参観に出た祖母は、そのふざけた授業態度をみて、何度も殴りに行こうと思い、こぶしをにぎりしめたのだという。授業中はわかってもわからなくても「オレのところへ来い！なんとかしれやる」の気分で何しろ手を上げっぱなしで、先生にいくら無視されても懲りずにそうであった。そのなんとかしてやる、というのは笑いをとってやる、ということだからねえ、と母親は苦笑する。学校始まって以来という冠を何度も押し頂いた子である。「４階から雑巾しぼったりして、彼のいたずらには手を焼きましたが、それでもなんだか憎めなくて・・・」とおばちゃん先生のお気に入りになっていた。空手で身体と友達を作り、率直で素朴な物言いと人柄で人望を深めていく。お行儀のいいおりこうちゃんにはなれないけれどひとの記憶に残っていく。そんなふうな子だから、ちゃんとやっていける、昔の元服の歳だし、と、涙声のその祖母を元気付ける。「おばあちゃんは、入学式の一週間後に会いに行くって」と母親は苦笑する。ケータイもパソコンもゲームも持込禁止なのだという。そして「マージャン、花札も持ち込み禁止って書いてあるってことは、持ち込む子がいるってことだから、そういう子らがいるってことだから、ちょっと安心した」と母親が続けた。祖母は「テレホンカードを持たしてやらねば」と言った。山ほどのカードが思い浮かんだ。その先のことなどだれにもわからない。彼の人生はこれからだ。

  2006.02.05

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• 2月になった。

  朝ふっとmiyaoさんのことを思った。病気治療中の友人である。｢今年はえらく寒いですね。あなたのことがあんじられます」メールを打った。折り返し、こんな言葉が送られてきた。｢今日からまた入院して３回目の薬投与です。副作用で１０日ほどは気分が悪いのですがその後は通常の生活を過ごせます。暖かくなるのが待ち遠しいです。精神はまだ平穏、心配しないでね。桜の頃には会えます」ときどき、こういうことがある。なぜ、今朝、彼女のことを思い出したのかが胸落ちする。よくはわからないけどふっと気になったりなんか連絡とらなきゃと思うとこんなふうにいつもと違うことが起こっていてああそうか、これが気になった原因だったんだなと納得することがある。たまたま、だから記憶に残っているのかもしれないがそう少ないことではない。電話すると、今あなたに電話しようと思ってたのよ、なんてよく言われる。ほら、超能力！とその時は、えばってみせるけどそんなもんはないと自覚している。かつて自分もだれかにこんなふうに気遣ってもらったからおなじことをしようと思うだけだ。平穏無事ならそれでいい。なにかあれば話を聞く。声を聞きたければ話もする。わたしにできることはそれくらいだ。

  2006.02.01

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• 赤い目をしたかあさんが♪

  昨日より左目充血しまして、本日眼科にて結膜炎という診断。はじめて行った眼科の小さな待合室の足元はごついガラス張りになっていて、のぞくとそこは水槽になっていて、備え付けられた管からは空気が送られているようでした。そのあぶくをかいくぐるように悠然と鯉が泳いでいました。錦鯉と言うのでしょうか。新潟の旧山古志村で育てられたような、８０センチはあろうかと思うくらいりっばな鯉でした。待合室から診察室へのくぎりはなく、診察室の様子が見て取れました。先生は音楽評論家のような風貌のおじいさんで赤い蝶ネクタイを締めていました。その蝶ネクタイは白い髪にとてもよく似合っていました。指揮棒を振りはじめても違和感のないひとです。その後ろの棚にこけしだとか人形だとか小さな置物が整然と並んでいました。ミニカーや小さな飛行機もありました。わたしにとっては懐かしい匂いがするものが並んでいました。相対した先生は７０歳前後でしょうか。ものごしの上品さというもの、患者との距離感というもの穏やかに抜かりなく手順よく何十年こなしてきたのであろう熟練の目薬さし。それらすべてが、まちなかの開業医の妙味です。「ごぞんじでしたか？白目と黒目の境にもりあがりがあることを」先生が穏やかに問いました。もりあがりってなんだろう？と不安になります。「いいえ」「アレルギーによるものなのか、刺激によるものなのか、まだはっきりとわかっていないのですが、その境がもりあがるんですね」「まあ」「でも、何日かしたら治りますから」「そうですか」先生は冷たい指先でまぶたをくりんとめくりながら状態を診察されます。「おやおや、そんなに力をいれないでリラックスして」と言われてしまいました。どこへいっても、不器用な患者です。「しばらくお通いになると、お早く治りますよ」あたたかな先生です。

  2006.01.30

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• あくせく

  昨日の朝、浅井慎平氏がタヒチを訪ねるTV番組が流れていた。ながら見で全部を見たわけではないのだけれど、こんなナレーションが耳に届いた。「タヒチでは食べるものに事欠かないのであくせく働く必要がない」ああ、そういうものか、と思った。南の島の男たちが、なんとなくのんびりと時を食んでいるように見えるのはそういう事情なのだろうな。が、食うために働くのだとしたら、そういうことになるが、働くために食うとしたら、そうはならないだろうな。ふっとLIVEDOOR社の社長のことが思い浮かんだ。彼がタヒチに生まれていたらどうだったろう。南の島の男子らしく、ぼんやりとやしの木陰で夕日の落ちるのを眺めていただろうか。そうこうしているうちに、野心のようなものは光や風や波の音で消えてしまっただろうか。いつだったか有名な女占い師が彼は趣味を仕事にしたからほかのことでは満足できないのだと言っていた。たとえタヒチで生まれても、やしの木陰で遠く宇宙のことを夢見続けたりしたかもしれない。テレビはつづいてゴーギャンを紹介した。パリの妻子を捨ててタヒチへ移り住んだ男である。ゴーギャンがのほほんと南の島の生活を満喫していたかといえばそうではなく、絵がうれない画家の悲哀をひきずった人生を送っている。その自画像はアイパッチをはずしたフック船長のようにいささか凶悪にみえる。酷薄にさえみえる。妻子捨てたという先入観がそう見せるのかもしれないが。 ゴーギャンが画家になる前の職業が株の仲買人だった。絵にさえ手をださなければ、趣味にしておけば、妻子を捨てることもなかったし、もう少し柔和な顔で日々をおくれたのかもしれない。その日、その社長が株の売買で大きくしていったふくらんだ風船に針が刺され、空気が抜けていった。しぼんだ風船では、もう宇宙へはいけないのかもしれない。彼の錬金術に惑わされたひとびとはこいつが悪いんだと指差す。カオナシが差し出す金に狂喜したひとたちがそうであったように。食べるものがふんだんにあってもアクセク働くひとはいる。金がふんだんにあってもなおも求め続けるひともいる。金がなしうることはたくさんあるが、満足は金では買えないのかもしれない。やしの木陰で風にふかれながらそれだけで満足できたら、それは人生の達人なのかもしれないなと思いつつ、強い日差しのタヒチの映像を見ていた。

  2006.01.25

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  ねむし！ねむし！ひたすら　ねむし！

  ああ、わたしは根性無しです。藤十郎さんの襲名披露だというのに・・・というのに、またも睡魔の襲撃に抗えずこの身をゆだねてしまい深き淵をさまよっているうちに気がつくと徳兵衛さんとお初さんのおふたりは・・・曽根崎で心中だったのです。ああ、申し訳ない、もったいない・・・。まったく歌舞伎の和事はやわらかで、たおやかで、・・・ねむい。

  2006.01.23

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  さむし！ねむし！そしてうつくし！

  午前中に用があって出かけると、そとはこんなふうでありました。こんな日はぬくぬくとこたつであったまっていたいと思いながら歩くと歩道橋で滑りそうになり、つるかめつるかめといいそうになっていやいや、つるとかめは滑ったんだったと思い出しそろそろといつもは使わぬような筋肉に力を入れて歩いたのでありました。家に戻って、ああやれやれと甘酒を飲むと睡魔に襲われ、こんな日は鍋をして、到来物の大吟醸などいただくとまたまた睡魔の餌食となりゆきのひはもっとロマンチックでありたいものと思いつつネットを行くといつものようにこちらにたどりつきかれとかのじょとタロウのやさしいたましいがしずかによりそう姿にうっとりとしたのでした。

  2006.01.21

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  浅草ひとり旅

  さてもはじめてのである。演目はおっと、よく見えない。「鳴神」と「仮名手本忠臣蔵」だ。鳴神上人が中村獅童、雲の絶間姫が市川亀治郎。わたしは獅童さんが歌舞伎の大きな役を演じるのを始めてみた。「ピンポン」のつるつる坊主が初見だったが・・・。そしてこの「鳴神」をはじめて見たのは当代市川海老蔵の新之助時代だった。坂東三津五郎の「鳴神」も見た。とりあえず、わたしなりの「鳴神」のイメージがある。どうも、獅童さんの声、サ行の音に違和感がある。荒事になれば、型通りの力強さがあったが、絶間姫とのやりとりに艶というのか色っぽさのようなものがなかった。また最後の花道で飛び六法を決める直前の見得が、やっぱり、違う。わたしは花道そばで新之助の見得を見たのだが、彼はとことん自分の見せ方を知っているように感じられた。腕を上げる角度から指の開き方まで、神経が張り詰めていた。家の芸とはこういうものか、と今回改めて思った。新之助と同じ舞台での、菊之助の絶間姫は美しかった。花道で微動だにしないでいた菊之助を見上げると、決めの細かい肌、細面、大きな眸、そして縦長の鼻の穴が見えた。菊之助はその鼻の穴さえ美しかった。亀ちゃん（亀治郎）はninagawa歌舞伎のお役のように少々はじけた女形を演じると実に生き生きとする。わたしはそんな亀ちゃんのほうがすきだ。今回の歌舞伎で最も感動したのは中村七之助だった。線の細い女形のイメージしかなかったのだが、今回は仮名手本忠臣蔵の早野勘平を演じきった。まさに演じきったという印象だった。細身の七之助のむこうに当代の勘三郎が見えた。その間の取り方、身体の使い方、その型のきめかた、そのいきづかい、その発声・・・七之助の皮膚の下に中村屋の伝統と勘三郎の思いいれが息づいていた。忠実に力強く七之助は演じた。勘三郎襲名披露のとき、自分の不祥事で地獄を見た男の性根が垣間見えた。早野勘平の最後を演じる段になって七之助の細面に凄みが宿る。ふっくらとした勘三郎には感じられない、思いつめた人間の凄惨さのようなものをその薄い肉付きの輪郭が醸し出す。あっぱれ！だった。芝居がはねて外にでると冷たい風が吹いていた。役者の名前の入ったのぼりがはためく。首をすくめる。浅草公会堂の前には有名人の手形が並んでいた。ハリウッドにもこういうのがあったなあ。そうそう、こんなひとのも見つかった。この手が鬼平や小兵衛さんを生み出したんだなあ。それからここにも寄ってみた。おにぎやかなところだ。そしてこんなのも見つけた。これがいったいどこにあるのか。雷門の大きなちょうちんの底の部分に彫ってあった。かっこいい。寒さにまけて早々に立ち帰ったのだが、思いの中を七之助の勘平がいつまでもちらついていた。

  2006.01.19

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• どわすれの日々

  今日はイトーヨーカドーへ行って１階で洗剤とテープ買って、地下で食品買って・・・地下のカートのもち手に一階での買い物の袋をかけてそのままレジをすませてすっかり袋のことを忘れて外へ出てしまった。気がついて慌てて取りに戻るとカート整理のおじさんに、あ、あれね、とにやりとされた。そうだった。うすくちしょうゆを買いにいったのに他のものたくさん買ってうすくちしょうゆをわすれてしまったのだった。そのあと振込みにいって、CDの前で振込みカードを忘れたことに気づいた。そうそう、京都みやげを買って千鶴子さんにあげるつもりがすっかりわすれていて、気がついた日が賞味期限だった。欠礼の葉書におとうさまがお亡くなりになったとあってあ、あのひとに電話しなくちゃと思って１ヶ月近くがたってしまった。ねっとではいぬいとみこさんなのに松谷みよ子さんと間違って書き込んでしまうしせっかく書いた作文上書きしないで消してしまうし力作だったのに。そんななか年賀状が来なかった友人ふたりから封書がきた。２通とも中には「あて所に尋ねあたりません」というハンコがおされたわたし宛の年賀状がはいっていた。「住所更新するのを怠りました」と言葉が添えてあった。引っ越して二年半たつんだけど・・・。

  2006.01.18

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• もうひとつの名前

  今日もデジカメ片手に路地を行ったが、どうしたものか、ねこに出会わない。仕方がないので、雷蔵さんのところへいった。雷蔵さんはいつもと同じところに静かに座っていた。今日の表情を撮っていると、むかいの家の２階のベランダから声がした。「ねこの写真、撮ってんの？」悪いことをしているわけでもないのに、どきっとする。振り返ると白髪交じりの髪をゆるやかな三つ編みにした老女が差し込む西日を手で翳していた。「写真撮って、野良猫の里親でも探すの？」続けてそう問われて、なんと答えればいいのかと思案する。「集合住宅なので飼えないもので、写真だけでもと思って」と言い訳してしまう。ほんとは自分に飼う甲斐性がないくせに。「その子もようやく元気になったのよね」とそのひとは雷蔵さんを指して言った。雷蔵さんは実は野良猫で、しばらくまえ病気になり、目やにがたまり、ガリガリに痩せていたらしい。それをみて、近所の親切なおばあさんやその孫娘が決まった場所でえさを与え、可愛がっているのだという。「だから、野良だけど、可愛がられてるからいい子なのよ。みんなはチャー坊って呼んでるわ。慣れたら人懐っこい子よ」それまで雷蔵さんと呼び、こわもてのねこだと思っていたねこが、けなげなチャー坊に見えてくる。「チャー坊はね、うちのニャンコと仲良しなのよ」そう言ってそのひとが指した先、いくつかの植木鉢のあいだに白いねこがいた。ニャンコは落ち着かない目をしていた。居心地の悪そうなどこかへ消え入りたいような顔をしている。「にゃおん」と呼びかけても返事をしない。「この子も捨てられてたの。尻尾が切られててね、半分腐りかけてたの」それは人間の仕業であったらしい。「ねこも夢みるらしくて、寝ててうなされてるのよ。忘れられないのね。人間と同じね。かわいそうにね」そう言ってそのひとは目をしばたたかせた。ニャンコは遠くを見つめていた。「もう大丈夫なんだけどね、警戒心が強くて、わたし以外には慣れないのよ。そんな育て方してかわいそうだったんだけどね」それでもニャンコはチャー坊が動くと目で追う。「ふたりはなかよしなのよ」とそのひとが繰り返した。「お話聞けてうれしかったです」とわたしが言うと「またチャー坊を可愛がってやってね」と声が返ってきた。

  2006.01.15

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• かったるい日に読む本

  降り込められた一日はなんだかかったるい。一日中リズムがシンコペーションしている。それでもご飯は作って、茶碗は洗うのだけれどそこでぜんまいが伸びきってしまう。ああ、なんか　かったるい。テレビも見たくない。こんな日には本を読もう。バッテリーを読もう。主人公の弟の青波くんの台詞がいい。岡山なまりに乗せた思いが深い。人や自然を見つめるひとみが老成している。病んだ時間が彼を大人にし病んだ時間が彼を純にもする。彼に会うとすこしづつこころがシャンとしてくる。彼に会いたくてバッテリーを読んでいるような気さえしてくる。

  2006.01.14

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  再会

  実はデジカメを新しくした。これがなかなか馴染めない。何回やっても、電源を入れるたびにピロロロンと鳴る音に慣れないし、ズームがうぃーんと飛び出す音にどきっとする。連日の寒さが今日は少しゆるんだようなので、そのデジカメ片手にご近所を散歩した。ネコ好きがこうじてねこばなしを作っている。その出演ねこの写真を取りにいこうと思ったのだ。ねこばなしを作っているとだんだんキャラが立ってきて、このねこの違う表情が欲しいなどと思うようになる。今まで撮ったねこの写真はポスティングの途中に出会ったネコが多いので、チラシ片手に歩き回った馴染みの道を、今度はデジカメ片手に歩いた。これがなんだか居心地が悪い。ねこたちはいつも路地の奥のほうでくつろいでいる。チラシ配りはどんな路地の奥までもそこに郵便受けがある限りチラシを突っ込みに行く。だけど、チラシもなくてただデジカメもった51歳のおばさんがくねくねとした路地にはいりこんでいくのはいささか気がひけてしまう。チラシを配っていたときはなんのためらいもなく進んでいった路地なのに。それでも一年通った記憶は鮮明で、どのねこが路地のどのあたりに出没していたか、わかってしまう。まだ寒いので街中ではほとんどねこの姿を見かけないが、日当たりのいい場所におなじみの顔を見つけた。なんだかうれくなってしまった。懐かしくさえあった。ねこたちもさまざまに表情を変える。それがおもしろい。今日会ったのは これだれだと思います？雷蔵さんです。普段はこんななのに。 これはおせつさんのアップ。普段はこれ。しかし、街中でおばさんがねこに話しかけながらカメラを構えるのってけっこう気恥ずかしいものだ。撮ってる最中にきれいなおねえさんがそばを通り唇の端でふふんと笑った。きまりがわるくてぴょこんと頭をさげた。それでもねこばなしが作りたいんだから仕方がないさ。

  2006.01.12

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• 純愛小説

  口腔外科の定期検診だったが、どうも病院へ行くというよりＨ先生に会いに行くと思っているようフシがある。検査結果に疑問符がついたときにはそんな余裕はなかったけれど、事なきを得て安心し、喉元すぎればなんとやらだ。京都のおみやげと同人誌を紙袋に入れて用意したりしてて、いやはやこれは千鶴子さんと同じかな？なんて苦笑してみたりする。いやいや、そういうことではなく、Ｈ先生のような個性的なお医者さんに会ってその愉快な話を聞くのが楽しみなのだ。なんとなく取材気分でもある。とはいえ、片頬の身にはこの寒さはこたえている。咀嚼に際して不自然な筋肉の使い方をしているので、普段からどうしても顔の左半分が疲れやすい。それがこの寒さに余計かじかんでこわばってしまい、かみ合わせに抵抗がある。治療台でそう告げると先生が触診した。先生が指で押さえて、ここは痛いですか？痛いでしょう？と言ったところがことごとく痛かった。こめかみから顎にかけての筋肉が張って、肩こりと同じ状態になっているのそうだ。左半身は欠損があるので、血流が悪いのだとも言われた。そういう原因なら方策を考えていけばいい。先生がその次第をカルテに書き込むあいだにいろいろ話が飛ぶ。それからがお楽しみだ。先生が久しぶりにスキーをした話から定年後の過ごし方について、そしてネットのことから作文のこと。なんだか話がころころ転がっていく。そこまできて、｢最近はうっちゃってるんですけどね」と前置きして、先生がとびっきりの笑顔になって「内緒なんですけど、実は僕も書いてるんですよ｣と言った。留学したり海外出張したときの空き時間に書くのだそうだ。スェーデンで書き始めたという。「へー、そうなんですかー」と驚いていると「それが純愛小説なんです」ときた。「ええー」と治療台の上で目を見張り、のけぞりそうになり、落ち着いてから「はあ。そうなんですかあ」とこちらも上質の笑顔になる。「日の目を見ることは絶対ないんですけどね、誰かに見られるとかっちょわるいんで、誰もだどりつけないようなところにおいてあるんです」と先生は頬を少し上気させて言った。小説は、銀行員だとか証券マンだとかいろんな分野で活躍していたひとが書いたほうが説得力のある作品ができるみたいですから、医療の現場からってことでいいんじゃないですか、とわたしがいうと、先生が「渡部淳一とか」と言った。だれだったか、渡部氏のサイン会で握手しているときに、この手はあんなこともこんなこともいろんなことをしてきた手なんだーと思ったと言っていたのを思い出した。｢解剖学的女性論とか、ちょっと女性をバカにしてるような感じしますよね」とわたしがいうと先生は｢小田和正もそうなんですよ」と言った。先生と奥さんは小田氏のファンなのだが、｢君を守ってあげたい」みたいなことばかり歌うのは、どうも立ち位置に差があるってことではないかと思っているのだという。そこでわたしは昨日読み終わったばかりの四方田犬彦（印象的な名だなあ）氏の『「かわいい」論』からの受け売りで、小さいもの、はかなげなもの、守ってあげたくなるような脆弱で壊れやすいものに対する美学、幼さという不完全さをめでる美学のようなものが日本人にはあるらしいことを言った。「わび・さび」とか「もののあわれ」とか｢幽玄」とか「いき」とかというのと同じように、「かわいい」は21世紀の日本の美学なのかもしれないというようなことが書いてあったのだ。｢そういわれてみればー」と互いに妙に納得したのだった。「これで先生の恋愛小説もちょっとおもむきが変わるかもしれませんね」とわたしが言うと、先生はまた例の笑顔になって「純愛小説です」と訂正した。

  2006.01.10

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• yonda.

  暮れからお正月にかけて、めずらしく熱心に本を読んだ。読み中だった森絵都さんの｢永遠の出口」「いつかパラソルの下で」角田光代さんの「空中庭園」湯本香樹実さんの「ポプラの秋」。自分の好みで選んだものだけど、共通して子供の気持ちを引きずった大人が描かれているのに気づいた。うろ覚えなのだが、子供から大人へのはしご（階段だったかな）っていうのがあって大人になるとそれを取り外してしまうから子供のころのことを忘れてしまうんだ、とかケストナーが言っていたように思う。この作家さんたちはそろってそのはしごを取り外すことなく、大人になってもいつでも子供の思いに帰っていけるひとたちのように感じた。湯本さんの｢夏の庭」もそうだったが、「ポプラの秋」もひとの生死に関する子供の不安だとか怖れにそういう説得力があった。ああ、そういえば、わたしの数少ない読了本である、森絵都さんの「つきのふね」も角田光代さんの｢キッドナップツアー」も山田詠美さんの「放課後の音符」も、そうそう、重松さんの「きよしこ」も、大人ではない年若いひとが体験したあまりしあわせとはいえない出来事の顛末や思いを若い言葉で語っている。通り過ぎて帰りこない時間を、思い出だけでなく、作家の想像力と大人の思慮を持ってたどって行くこれらの困難なものがたりの道筋は、いたいたしくもみずみずしく、印象的に続いていったのだった。今日読み終えた森さんの「いつかパラソルの下で」のなかに、主人公のおにいさんが恋人から罵倒された言葉を、妹たちに告げるくだりがある。「実はこの前、俺、五つも下の彼女にすげえ罵倒されたばっかでさ。親父のせいで俺の人生が狂ったとか、またいつもみたくぐちぐち言ってたら、いい年こいて自分の人生を親のせいにすんな、二十代半ばも過ぎたら自分のケツは自分でぬぐえ、って。あれはこたえたなあ」（略）「それだけじゃないぜ。誰だって親には恨みのひとつもあるけど、忘れたふりをしてるんだ、親が老いて弱っちくなるのを見てしょうがなく許すんだ、それができないでこれからの高齢社会をどうすんだ、みみっちいトラウマふりかざして威張ってるんじゃねえって、それはそれはひどい罵倒だったんだ」おにいさんはこれは｢こたえる」と言いながら、この罵倒した彼女と結婚することしたと報告する。どれだけ年を重ねても、恵まれなかった子供時代をなかったことにはできない。その傷みをひきずって年を重ねてしまう。傷のかさぶたはいつだってはがれ疼く。うまく生きていけそうにない予感が走る。そういう登場人物に大勢、出会ってきた。それぞれ傷つきながらもわずかに希望の足がかりをみつけて、それらのものがたりは終わっていた。ふーん、しかしなあ、「誰だって親には恨みのひとつもある」かあ。そうかあ、そういうものかあ。それだけのものかあ。そして「わすれたふり」をするのかあ。うーん「みみっちいトラウマ」ってかあ。ほー、そうなのかあ。いやはや、実に潔い明解な言葉だなあと感じ入る。智慧の輪は思いもよらないほどけ方をするものだと思ったことだった。

  2006.01.07

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• 頼りない。

  「年の割りに頼りない」と言われた。わたしは今五十一歳だ。まあ、自分では長生きしたなあと思ってはいるのだが、わたしが幼い頃のゆるぎないおばさんを思い起こしてみると、わたしはなんてへなちょこな五十一歳なんだろうと思う。成熟に時間がかかる人間なのかもしれない、と自分を慰めてみたりするが、だからといって今頼りないことにかわりはない。そもそも頼りないとはどういうことなのかなと考えた。当てにならないということかな。ゆるがないひとは頼りになるんだから頼りない人間はゆるぐ人間なんだな。ゆるぐってのを調べるとこう書いてある。(1)ゆれ動いて不安定になる。ぐらつく。ゆらぐ。「社長の座が―・ぐ」(2)心が動く。気が変わる。ゆらぐ。「信念が―・ぐ」ああでもないこうでもないと心を動かしてばかりいるから頼りない人間になってしまうんだな。それはそれでしかたのないことなのかもしれないな。

  2006.01.07

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• どうぞよろしく。

  あけましておめでとうございます。みなさま、よいお年を迎えられましたでしょうか？当方は京都で一人暮らしをしている姑の元へ例年のごとく帰省いたしました。実を言うと、新しい年のはじまりだというのに、どこか心晴れやかにはなれない自分をもてあましています。今年90歳になる姑、いかに気丈だとはいえ、心身に衰えが顕著な彼女ををひとり京都に置くことの気の重さがぬぐえません。更年期のせいなのでしょうか、自分に繋がる人に関して、たくさんの否定的な言葉が押し寄せてきて、逃げ場なく爪先立っているような思いを感じています。元旦に兄嫁に会うと、糖尿病が原因で左目の視力がほとんどないのだと聞かされました。夫を喪い、財産を失い、家屋敷も人出にわたり、年金で暮らす兄嫁が視力も失ってしまったのです。驚くわたしにむかって｢それでも今が一番気楽で結構や」と笑って言いました。切なくなっているわたしに自由であることの幸せを言いました。時間はありあまるほどあるから、お正月は500円の市バスの一日乗車券を買って、あちこち回ろうと思っているのだと言いました。遠近感がわからなくて車の運転は難しいようでした。どこにいくにも車を運転していたひとなのに。わたしと会ったあとは北野の天神さんへ行くというので、堀川今出川の交差点で分かれたのでした。元旦の町は暮れ始めていました。ふたりが反対の方向に向かい、両方の信号が赤で矢印が出ているとき、大きなブレーキ音とゴンといういやな音がしました。ワゴン車と自転車がぶつかった音でした。横断歩道を渡ってそばに寄ってみると、とまった車の先に自転車と人が倒れていました。三つある車線の真ん中が交通事故の現場でした。自動車から白髪交じりの眼鏡をかけた男性が降りてきて携帯電話をかけていました。横断中にその現場を目の当たりにしたカップルも携帯電話で連絡をしているようでした。横たわっているのは若い女性でした。身動きひとつしませんでした。時間が止まってしまったような空間は宵の薄暗さに包まれ、街灯は地面にひろがるその人のつややかな髪を照らすのでした。カップルの男性が自転車を起こすと、かごの中にチェックのカバンがありました。どんな用事があったのでしょう。意識が戻り始めた女性が動きだすと、男性はそれを制しました。呆然として突っ立つ運転者は憑かれたように携帯電話に向かってなにごとか繰り返すのでした。車の中には小さな人影が見えました。横断歩道で信号を待つおじいさんが「かわいそうになあ」と呟きました。両側の車線を一瞬速度を落とした車が走り抜けていきました。そのときわたしの携帯電話がなりました。横断歩道の向こう側から兄嫁がかけてきたのでした。「今、交通事故があったみたいやけど、あんたとちがうなあ？」と。薄闇のなか片方だけの目ではよく見えなかったのでしょう。わたしの身を案じる言葉が届きました。「うん、だいじょうぶ」と答えると安堵の声が返ってきました。その現場にこころを残しながら家路につきました。明かりと明かりの間のくらがりのなかで、兄嫁とは血のつながりはないだといまさらのように気づくのでした。そして、気がつくと兄嫁が言った「なんとかやっていこなあ。なるようにしかならんもん」という言葉を唱えていました。どんなわずらいごともなるようにしかならなのだから、自分の無力さを嘆きつつも、なんとかやっていくしかありません。そんな情けないわたしですが、どうぞ、今年もよろしくお願いいたします。

  2006.01.02

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• 苦しいことを

  苦しいことを苦しいと口にして誰かにつげてしまうことは、一種の逃げなのだろうか。苦しいことを苦しいままに心に秘めておくことが出来ない弱さだろうか。「全て自分が悪かったのだ」と、「自分のせいなのだ」と、すぐに懺悔してしまうのは、「いや、あなたのせいではない」という言葉を無意識に期待しているからだろうか。誰にも告げずにこころに押しとどめておくと、そこで腐食してこころに穴をあけてしまいそうで不安になってしまって、だから口にしてしまうのだろうか。深い悩みを抱えて生きることは大きなストレスであり、それを口にして、誰かに支えてもらえたら、どんなに楽なことだろう。王様の耳がロバだったから、床屋さんは穴にむかって叫んだのだけれど、自分の息子の耳がロバだったら、床屋さんはどうしただろう。自分自身の問題だけでなく、自分以外のひとがからんでいるとき、告げてしまうことで誰かを傷つけることになりはしないか。自分のこらえ性のなさで誰かのこころをえぐってはいないか。自分なかに抱え続けると自分のこころがただれていく。ひりひりとした痛みに耐えて、そのことを抱え続けること。そのことで自分が深い思慮を勝ち取ることもあるのかもしれない。

  2006.01.01

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  こんなふうに日はすぎて

  年の瀬とあいなりました。京都へ帰省いたしますのでたぶんこれが今年最後の更新になるかと思います。さても、振り返ってみればこのブログでは１６０本あまりなんだかんだと書き連ねてきました。ほんとになんだかんだ、なんですよね。一覧のタイトルをつらつらつらと眺めて、ああ、そういえばそんなことがあったなあと思い出しています。花粉はたいへんだったし、夏はものすごく暑かったし、いつまでも暖かかったし暖冬かと思うとものすごい寒気団がやってくるし地震も多かったし・・・歌舞伎も行ったし、落語も行ったし息子のこともいろいろあったしばあちゃんのこともいろいろあったしつきあいをしくじったこともあったし同窓会もあったし、小説も書いたし、朗読も習い始めたし・・・スコンと記憶から抜け落ちていたものや思いにここで再会したりします。ああ、ここに書いておいてよかったなあ・・・。そのほか、迷子の道しるべやポスティング日記、おーい日記にくもりときどき思案１・２などなどもあって量だけはけっこう書いてきました。そんなこんなの、手前勝手な作文に一年お付き合いくださりありがとうございました。お付き合いは疎になったり密になったりいたしますが読んで下さったかたがたコメントをくださったかたがたにこころより御礼申し上げます。来年もまたなんか書いてる思います。よかったらのぞいてやってくださいませ。寒さが厳しい暮れです。どうぞご自愛くださいませ。よいお年をお迎えくださいませ。

  2005.12.28

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  ねこばなし　「くるかな・くるかな」

  「あー、なんだか待ち遠しいなあ」 ｢今年はきてくれるかね」 「僕は、きっときてくれると思う」 「ああ、大丈夫さ。きっとお前のところには来てくれるさ」 「ねーねー、だれのこと言ってんの？」 「あんた、ほんとに知らないの？今日は何の日よ？」 「あ、あの足音は・・・」 「ひょっとして・・・」 「ああ、どきどきするね」 「きたー！　サンタさん？」 「あ、いや、わしじゃ。すまんな」 「くくく、ほんとにタイミングの悪いやつじゃわい」 「ほんと、がっかりだよ」「果報は寝て待てっていうじゃない。プレセントもおんなじさ」 「ああ、ねこも辛抱じゃ」「ああ、ほんとに辛抱じゃ」 「お前が言うな！」「ほーほーほー」　　メリークリスマス！！

  2005.12.24

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• ちょっと会う。

  友人のみどりさんから朝いちでメールが入った。毎年、さくらんぼを取り寄せている山形県のさとうさんから、お歳暮に「おみづけ」というお漬物を送ってきたので、取り分を取りに来て、とのことだった。今日は息子たちの部屋の徹底掃除の日と決めていたのだけれど、みなの足並みがそろわず、どうしたものかと思っていたところなので、えーい、ままよ、｢各自、いらないものを出しておくように」と言いおいて出かけたのだった。明日はクリスマス・イブという日の町はそれなりに浮き立ちにぎわいっているように見えた。駅前にはおもちゃが入っているのだろう大きなアニメのキャラクターのついたビニール袋を抱えてる若いおかあさんがいた。ふわふわの毛のついた短いコートを着てさっそうとブーツを履いてバギーを押していた。電車で隣りに座ったおじさんは真剣になにかの資料を検討しているようだった。なんの資料かとのぞいてみると、カタカナで馬の名前が並んでいた。大きなレースが控えているらしいからなあ。改札で待ち合わせたみどりさんといっしょに駅ビルの和風甘味店に入り、そこで、物々交換をした。みどりさんはこのあいだあげた茶色のバックを下げていた。わたしもみどりさんにもらった袋を持参していた。みどりさんはお漬物と、前にもらっておいしかった塩昆布と農業研究をしている息子さんが送ってきた大根とターサイのおすそわけ。わたしの方は、みどりさんがリクエストしてわたしが買って先に読んだ本｢東京タワー」（これは泣きます）とこのあいだみどりさんにチケットを譲ってもらった大沢在昌と角田光代の対談の会場でもらった光文社のカレンダーと京都で買ったおぜんさいに添える塩昆布をいれるのに最適な小さなお皿だ。それからこのあいだもらったケーキが入ってたタッパーも返した。こう書き出すとわたしはほんとうにみどりさんからもらい物ばかりしていて、わたしがあげるものはほんとうにあってもなくてもどうでもいいようなものばかりで、みどりさんからもらうのは実に実用的なものだと気づく。そんなふわふわした人間と堅実な人間の物々交換が終わって、わたしはみつ豆を食べ、みどりさんはクリームあんみつを食べた。口の中で寒天がくちゅとつぶれていく感触を味わいながら、みどりさんの友人の話を聞いた。友人の息子が学校で問題を起こしたのだが、その結果少々難しい問題が起こっているのだという。世の中にはさまざまに問題を抱えているひとがいて、その問題は母子感染のように、あるいは食物連鎖のように、世代が進むにつれ、より年若いころからより深刻な問題になっていくように思われた。問題のある子の親は離婚していて、父親がギャンブル狂で、別れてもストーカー行為をして、裁判所で近づかぬよう裁定をうけた。しかもおじいさんがアルコール中毒でおばあさんが鬱病だという。寒天を食べてためいきをついた。家族関係はまことにまことに複雑怪奇だ。大学教授や医者など、父親の社会的地位の高い家庭の息子や娘が抱える問題も多種多様にあって、総じて精神的な闇に支配されることが多いらしい。私立の中高へ通っていたみどりさんの交友関係のなかでも顕著だという。こんがらかった因果の関係を解きほぐすのは容易なことではないし、起こっている現実を見つめるだけでもため息がでる。ほうじ茶をすすりながら、それでも、とみどりさんは言う。ちゃんと毎日ご飯作って、しっかり食べて、お風呂入ってあったまって、ちゃんと寝て、寝られなければ睡眠薬もらってでも寝て、他の子が怪我したりしないように気をつけることがたいせつなの。気持ちがどうにかなってしまいそうなときに、自分をとりもどさせてくれるのは、自分が日々行っていることをきちんとこなすことだ、と。ひとは暮らしに救われるのかもしれない。炊き立てのご飯の湯気や焼き魚の匂いがこころをしずめてくれるのかもしれない。１時間余りいっしょにいて、そんなことを話して、みどりさんはベビー服売り場でお孫さんによだれかけを買い、わたしは食品売り場で海老と春菊を買って帰った。「良いお年を」と言い合って別れた。

  2005.12.23

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• あなただけじゃない。

  miyaoさんにクリスマスカードを送った。「メリークリスマス」のあとに、なんと書けばいいのかわからなかった。書き出せば書けないことはないけどどう受け取られるかを推測するとどの言葉も不適切に思えてきた。こちらがかける言葉が重荷になることだってある。わたし自身がそうだった。がんばってといわれなくてもがんばってるしどんなに元気になりたくてもなれないのよと言い返せもせず笑顔を作ったことがある。「願い事が叶いますように」とだけ書いた。miyaoさん自身の願いが叶えばいいのだと思った。つらさに耐えているのはmiyaoさんだから。お礼のメールが来た。投与された薬の副作用である気分の悪さがようやく落ち着いたという。2日後に退院し、あとは通院で4週ごとに投与するそうだ。ご主人が来るたびにひと泣きしてから、話をするmiyaoさん。「泣き虫になりました。・・・仕方ないよネ」メールはそう締めくくられてあった。告知された当初の衝撃が過ぎると変えようのない現実が待ち受ける。向かい合ってがっぷり四つに組んでいかなくちゃならない。そんなとき、なぜわたしなのだと思うことだろう。もっと傍若無人なひともいるではないかもっと品性下劣なひともいるではないかもっと非道なことをなしているひともいるではないかなのになぜこのわたしがこんな目にあわねばならないのかかわいそうなわたし世界で一番不幸なわたし。そんなふうに自分をあわれむことだろう。かわいそうなわたしに涙がこぼれる。泣きたいときは思いっきり泣けばいい。仕方ないよ。いのちのピンチなのだから。でもだれにだってピンチはあることも思い出してほしい。あなただけじゃない。わたしにもあるし、友にもあるし道行くひとにもあるし、見知らぬひとにあるし今笑顔でいるひとにもきっとピンチはあるだろう。それぞれに違った顔をしたピンチに見舞われ泣いてきたはずだ。思いっきり泣いて、泣いて、泣いてからふっと思いを立ち上がらせればいい。その立ち上がった思いを自分ではない、なにかしら大きなものにゆだねればいい、あずければいいのだと言ってもらったことがある。そのなにかしら大きなものをイメージできたら願いごとが叶うような気がしている。

  2005.12.21

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• 読み中

  今日は、森絵都さんの「つきのふね」を読み中。あと「永遠の出口」と「いつかパラソルの下で」の2冊が控えていると思うとわくわくする。ツンドク本は山ほどあって、それらの背表紙に目が行くと移り気なひとねと責められているようでいささか気まずいのだけれど。読まねばならん本と読みたい本は持った感じが違う。しっくりくる感じとなじめない感じ。どっしりくる感じとふわわとする感じ。本との邂逅にはおのおのドラマがあっていつも手の中でなにかしら交流するものがあるに違いない。やっぱり最初の1ページで連れて行ってくれる本がいい。そして最後の丸まで楽しませてほしい。いやその余韻もだ。昔々運動してはいけない小学生が図書館から借りてきた本はどれもここではないどこかへつれていってくれた。物語の内側にするりと忍び込む幸せを思い出す。どれほどケストナーやモンゴメリを愛したことだろう。翳りや屈託のある日々にはそんなふうに、するりとどこかへ忍び込んでいよう。もーいーよー、と誰かが言ってくれるまで。　「つきのふね」に乗っています。

  2005.12.19

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• アーモンド入りチョコレートのワルツ

  森絵都さんのこの本、いいです。この作者の本を初めて読んだのですが、まことにいいです。この短編集にはクラシックの曲『子供の情景』（シューマン）や『ゴルドベルグ変奏曲』（バッハ）や『アーモンド入りチョコレートのワルツ』（サティ）が各作品の底に流れているのですが、読み終わると、活字からは聞こえてくるはずもないその曲をじゅうぶんに味わったような気がするのでした。ほんとうに、この比喩をわたしが先に見つけたかった！と思うような比喩がそこここにちりばめられていて、たまりません。それはもう、わたし好みの比喩ばかり。「無色透明の花火のようなシャンデリア」だとか「つくりはじめの蚕の繭のように、うっすらとやわらかく、ふわふわした白い光」だなんて、もうもう何発もパンチを食らったような気分。不眠症の男子に自分も不眠症だという虚言癖の女子が毎週火曜日に古い校舎の音楽室でゴルドベルグ変奏曲をひいている、なんていうのも、やっぱり鋭いパンチ。おもしろい。角田光代さんがべたほめです。もっと早く出会いたかった、と。子供の目線だけどそれは人間の目線なのだと気づくと世界が開けていきます。変わらないものなど何もないのだ、という変わらない事実をこんなふうに角田さんのいう『骨太の優しさ』で教えてもらうとわたしも、ああ、もっと早く出会いたかったと思うのでした。そうして、この人の本をもっともっと読もうと思うのでした。

  2005.12.18

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• 忘年会らしきもの。

  友人ふたりと会った。12月に会うと忘年会らしきものになる。友人のひとりは、認知症の実母を介護する日々を送っている。92歳になる母親がショートステイに行ったので、ようやく時間が取れたのだった。92歳とはいえ、足腰がしっかりしたおばあさんで、しっかりしてるがゆえに徘徊するので、介護するほうがこまるのだという。理屈が通らぬ不具合の多い行動に振り回される日々だ。他人が聞けば笑い話のようなことも、実母が壊れていく姿に24時間立ち会う娘にとっては、どれも笑い事ではすまされない。嫁の立場とは違う辛さがある。嫁いだ他の姉妹たちに対する不満も多い。朝から家のなかを歩き回っているくせに、いざショートステイに出かけようとすると動けないと言い張る。施設へ送っていってくれる姉と彼女にむかって、「わたしは寝てるから、あなたたちが行ってきてよ」と言う。わたしたちが行ってどうするのよ、と苛立ちもする。いくらきいても尽きない話だった。｢あの姿みると、自分も長生きしたくないと思うわ。迷惑かけるだけだもん」そんな言葉をかなしく聞いた。離婚し、働きながら一人息子を育ててきた彼女は「息子にこんな思いさせたくないから」とも言う。そんな彼女は健康で、もうひとりの友人とわたしは病気をして、生きるために少なくない犠牲を払ってきている。失くしたものが生活の質を低下させてもいる。再発をこころのどこかで恐れ、定期的に病院に通って検査を受けてもいる。なのに、その果てに待っているものは、なんと哀しいのだろう。じぶんたちにも姑がいて、その老いてゆがんでいく姿に眉をひそめながら、自分もまたその姿をなぞっていくにちがいないのだという思いは、生きるということの意味をほろ苦くさせる。ひとの終りといのちの終りが異なることの哀しさがある。もうそこにいるのは、ひとの母ではなく、何者でもないただ生きながらえるだけのいのちになってしまっているように思えてくる。散り残ったわくらばのような時間だ。「入浴サービスに来る人が、身体にあざを作っている老人が少なくないと言っていた」と彼女が言う。介護する人間の忍耐力にも限りがあるということだろう。言っても言っても聞かず同じことをくりかえす子供より手に負えない母に対して、彼女のなかでも感情が爆発して、思わず手が出そうになることもあるらしい。それでも「おたくのおばあちゃんはきれいな身体ね」って言われたのだと誇らしげに言った。知らず知らずに傾聴ボランティアをしていた。習ったことが役に立つということだ。いや、というか、このメンバーだと、いつもそういうポジションについてしまう。「そう、そう、そうなの、たいへんね、つらいね、くやしいね、ほんと頭にくるわね」そんな相槌を打つ。どんなたいへんなことが彼女にあっても、あたしにはそんなふうに、こころを添わせることしかできない。それでも「なんでわたしだけが、って思うのよ」と彼女が言ったときは、口を挟んだ。「なんで自分だけがこんな目にあうのかと思ったら負けだよ」とわたしは言った。それは自分に言い聞かせる言葉でもある。天を仰ぎ呪っても、何も変わりはしない。「それはそうだけど、自分には姉たちがいて、彼女たちのほうが母には良くしてもらってきたのに、なんで経済的にも苦しい自分だけが母の面倒みなくちゃならないかと思うのよ」と彼女は重ねて言った。姉妹だからといって同じ考えをするわけでなく、よじれた肉親関係はより始末が悪い。血のつながりが視界を曇らせる。「そうかあ、こまったおねえさんたちだね」と言うしかない。抱えている問題はそれぞれにあって、それぞれに重たくて、どれも一朝一夕に解決することではないことをそれぞれがわかりきっているから、互いをおもんばかって連続する暮らしの時間のなかにこんなふうな風穴を開ける。これまでもそうしてきたし、これからもまたそうするだろう。そして、これで何かが解決するわけではないこともそれぞれがちゃんと知っている。

  2005.12.15

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• 劣等生

  朗読の教室ではウオーミングアップに、「あえいうえおあお」と「外郎売り」の練習をする。カに○がついた表記があって、それはなにかというと、鼻濁音を表している。鼻濁音の拗音なんてのはなかなかに難しく、はげしく頬の筋肉を動かさなければ早くはいえない。なにしろ、片頬なので、そういうところで遅れをとる。その鼻濁音には規則性があって、語頭にくるものは普通の濁音で、例外はあるが基本的に、二音目以降にくるものが鼻濁音になるそうだ。これで外郎売りの「麦・ごみ・むぎ・ごみ・三むぎごみ、合わせて麦・ごみ・六むぎごみ」をと読むとなるとまことに至難。「む　ぎ（鼻濁音）・ご(濁音）　み・む　ぎ（鼻濁音）・三　む　ぎ(鼻濁音）ご（鼻濁音）　み、合わせて　む　ぎ(鼻濁音）・ご(濁音）　み・六　む　ぎ（鼻濁音）　ご（鼻濁音）　み」どうせいちゅうねん！とほおり投げたくなってしまう。もっと言えないのがこれだ。永遠に言えないような気分でいる。「お茶立ちょ、茶立ちょ、ちゃっと立ちょ、茶立ちょ、青竹茶筅でお茶ちゃと立ちゃ」なくなった夢路いとし師匠のように顔中を躍動させねば決して早くはいえない。同じクラスの65歳のご婦人、小泉さんも外郎売の時間に凍りつくひとで、何回やってもつっかえる。小泉さんは長野出身のかたなので、やはりイントネーションが違って、東京出身にはない苦労もされている。ふたりでいやーねーと言い合う。われらは朗読の劣等生だ。ただ、この小泉さんは打ち上げのカラオケではがせん張り切る。歌いこんだ演歌を披露し、機械が示す点数はつねに90点越えなのだ。その点数は他のメンバーの追随を許さない。声量があって、声もよく、とうとうと「イヨマンテの夜」や「マイウエイ」を歌い上げるアンザイさんは「僕は民主党党首の気分です」とぼやく。打倒！小泉！なのだそうだ。そんなにたいへんで悩ましいのなら辞めてしまばいいものを、こりもしないで、また今日も出席した。そして例のごとく何度もやり直しさせられてしまった。なんだか上がってしまうし、意識するとへんなところにアクセントを置いてしまうし・・・。それでもだんだん大きな声がでるようになったし、台詞回しだけは褒められたし。いつか自作の読み聞かせなんてやってみたいじゃないですかあ・・・。まあそんなふうで劣等生の一日が暮れていったというわけです。

  2005.12.14

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• 

  はて、どうしたものだろう。

  息子２が荷物抱えて帰ってきた。さても、その大きな紙袋からにょっきり２本見えるのは、えらく立派なヤマイモだ。なんでも会社でお歳暮の山分けをしたらしい。家庭的といえば家庭的なのだ。何しろ弱小だから。こいつは５０センチ弱はあるかな？実を言うとこまっている。わたしはこのヤマイモが苦手だ。納豆トロロオクラにモロヘイヤはいかんのだ。いや、威張ることではないがはっきり言っておかねばならんことではあると思う。幼少のみぎりより、身体によい食材の「ねばねばどろり」がどうにも好きになれない。というわけで、わたしはヤマイモを料理したことがない。いや、冷凍のすりおろしヤマイモをお好み焼きに入れたことはあるが、このような生を扱ったことがない。さて、このヤマイモどうしたものだろう。だれかに差し上げようか。いや、これを機会にがんばって料理してみようか。ヤマイモということを忘れてしまうような調理法はあるだろうか。すりおろすだけでも、カイカイになりそうで、しり込みしてしまうのだが・・・。近日中に取りに来てくれる人がいたら、差し上げます。まずメールを。なんてのに答えてくれるひとはいるだろうか。・・・まず、いないだろうな。はてさて、どうしたものだろう。

  2005.12.12

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• シフォンケーキ

  ひさしぶりにシフォンケーキを焼いた。栗原はるみさんのレシピで焼いた。卵３個に小麦粉８０グラム、塩少々、砂糖カップ２分の１、サラダオイルカップ４分の１、水カップ４分の１、ベーキングパウダー小さじ１。味はいつもの味なのだが、ふくらみが悪い。高さがいつもの半分だ。まるで押しつぶされた夢のようだ。ふわっとしてこそのシフォンじゃないか。なぜ？電気オーブンのせいか？引っ越す前、ガスオーブンの時はうまくできてたのに。うーん。ベーキングパウダーか？ああ、そうだ、冷凍庫にあったとはいえ、盛りを過ぎた女のようにけっこう年季ものだ。もう甘いケーキをふんわりふくらませるちからを失くしたか？夢のようにあわあわと口当たりのよいケーキを作るには長くほおっておかれすぎたか？冷凍庫のなかでも時は進む。あらゆるものに賞味期限が明示される。もう持ち時間が終わったということか。なにもかも使うべきときに使わなければこんなふうにちからを失くしてしまう。後生大事にしまっておいてもこんなふうにその価値をなくしてしまう。なんて、なにかにつけ人生の意味のようにからめて考えてしまうのはやっぱり年を取ったということか。たかがシフォンケーキではないか。そうこだわることはあるまいに。それでもなにかにつけうまくいくように経験を積んできたはずなのになにかにつけうまくいかなくなる時間へとむかっているのではないか、と思ってしまう。追ってくるのは老いか。もう肩口あたりに来ているのか。いやいや、こだわりといじけはみっともない。夜中にものをおもうといつもそんなふうだ。かならずリベンジしてやるさ。押しつぶされた夢のようなシフォンケーキはそれでも息子たちのあったかな笑顔に迎えられたではないか。いかに小さな半径であろうと自分が生きている場所で自分がなしてきたことがいずれ自分を救うのならばこれからも、なしていくしかあるまいに。

  2005.12.10

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• 

  はぐれる日

  穏やかな冬の日だった。晴れ渡った空に薄い雲がぽつねんと浮かんでいた。はぐれぐもだあ、と思うと、なんだか自分もはぐれてみたくなった。飄々と生きたコミックの主人公を思い浮かべていた。どこへいこうか？と自分に聞いた。どこでもいいと答えるかと思っていた。が、思いがけず「原美術館へ行こう」なんてきっぱりした答えが自分のなかから湧いてきた。ああ、そうだ、miyaoさんと約束していて、彼女の病気のために行けなかったからだ。なんだか敵討ちにでも行くみたいな気分になっていた。「原美術館は品川駅から徒歩15分ですよ、miyaoさん。」こころのなかでmiyaoさんに話しかけながらなだらかな坂道を登っていく。「ほら、こんなに高いビルが建ち並んでますよ。miyaoさん」「ほんとにもう、こんなに建てちゃうから、ヒートアイランドなんてことになるんでしょうね」黄色く色づいた銀杏並木の下を歩きながらmiyaoさんは憤るかもしれない。横浜の銀杏のことを教えてくれるかもしれない。日本大通りのカフェで本を読みながら過ごす午後の話をしてくれるかもしれない。なかなかいい男がいないのよ、と嘆いたりするかもしれない。桜が舞うと気が触れそうに血が騒ぐのよ、というmiyaoさんが落ち葉の舞を見るとどうなるのだろう。ずっと聞きそびれている。無常を感じるわ、とはいわないだろうな。「きれいきれい」と弾んだ声で言うにちがいない。原美術館へは、御殿山交番の前で左へ曲がり、細い道を２００メートルほど進む。通りには落ち着いた佇まいのおうちが並んでいる。赤っぽく色づいた大きな葉のツタ系の植物が、美術館の塀を埋めるようにして猛々しく巻きついた茎を見せながら、枯れ残っている。前に来たときは艶のある真緑の葉が隙なく茂っていたなと思い出す。門の前の、子供の落書きのような線が彫られた石畳を踏んで中へはいると、庭はこんなふうだ。「ああ、すてきすてき！」とmiyaoさんはいうだろう。そこここに配された現代アートのオブジェにどんなコメントをするだろう。「ネーネー、これ見てー」なんて興奮気味に声をかけてくるにちがいない。階段や窓やトイレや庭から見える景色など建物の雰囲気にも酔うことだろう。館内にはオライファー・エリアソンの「影の光」という展示があった。輪に光が当たっている。その影が壁にある。輪が動くと影も動く。その影は計算されつくした動きをする。幾重にも重ねられた色つきのアクリル板で作った輪の影は、宇宙を公転している惑星のように、大きく離れたかと思うと重なるように近づいていく。影の軌跡を追っているとふっと宇宙を眺めているような気分になる。「摂理」という言葉が浮かぶ。感激屋のmiyaoさんはショップでも若やいだ歓声を上げるだろう。「かわいい！すてき！」と何度も言うだろう。クリスマスカードを買った。miyaoさんに送ろう。レストランでランチを食べる。この季節は庭にはテーブルが出ていない。前は青空の下でペペロンチーノを食べた。唐辛子がこれでもか！というくらい入ったパンチの効いた味だったな。今日のパスタはトマト味。miyaoさんはそれだな。わたしはアサリのリゾット。食べてる時間の３倍くらい話す時間があって、こんなことがあってせつなくて、あんなところへいって大笑い、なんて互いの技が冴えるような愉快な会話を交わしたことだろう。美術館を出て坂を下る途中すれ違ったひとに見覚えがあった。あ、あれは山藤章二さんだ。レザーのハーフコートを着た山藤さんと杖をついた年配の女性が腕を組んで歩いていた。女性は熱心に話しこんでいた。一瞬目があうと山藤さんは何事もなかったように目をそらした。miyaoさんなら声をかけただろか？いや、かけないだろうな。　品川駅ちかくに高山神社がある。なんだか気になってお参りする。お賽銭あげて、miyaoさんの無事を祈る。なんだか後ろで人の気配がした。振り返ると山藤さんご夫婦が立っていた。また目が会うと、山藤さんは今度はなんだか照れくさいような困ったような顔つきになった。近くで見ると山藤さんの顔は美しい。というか品がある。久世光彦さんもそうだが、美しいおじいさんはどことなくおばあさんっぽくなるように思う。「まあまたお会いしましたわね」とmiyaoさんなら言うかもしれない。わたしは頭を下げただけだったが。そうして家路につき夕飯の支度をするころに本物のmiyaoさんから電話があった。｢検査の結果がクロだったの。また入院して治療始めます」というお知らせだった。ああ、やっぱり、と思うと言葉が出てこない。とんちんかんなことを言ってしまいそうになる。「あなたにいただいたマフラー巻いてるからね」とも言った。「がんばらないでね」と言った記憶はあるのだが、ほかはなにをいったのかうまく思い出せない。「今日結果が出て、夕飯が砂を噛むようだったわ」というmiyaoさんに「今日、ひとりで原美術館へ行ったの」とは最後まで言えなかった。

  2005.12.08

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  おみやげ

  我が家ではそういうことはないのだけれど、海外旅行をされる方は縁のうすいひとへのおみやげに悩むンだろうなあと推察する。ときどきそんな苦心のおみやげをいただくことがある。トルコの使用済みの切手だとかポルトガルの塩を小分けしたものだとか韓国唐辛子ひとつまみだとか中国からはお祝いの赤い切り紙だとか白檀の栞セットの一枚だとか。まあまあ、わたしごときにまでお気をつかっていただいてと思う。しかし、みなさんいろんなところへ行かれる。喜望峰の紅茶やタクマラカン砂漠のナッツぎっしりチョコヌガーをいただいたことがある。ほほー、そんなところまで！と感心してしまう。今日も今日とて、息子２が社長さんからこんなものをいただいてきた。ニュージーランド土産のプロポリス入り歯磨きだ。へー、そんなものがあるんだ！と驚く。これって「Not tested on animals」とあるんだけど、大丈夫かなあ。しかしなんで？と思う。｢ニュージーランドはプロポリスがいいらしいよ」と息子2が説明する。いやいや、しかし、なんで歯磨きなんだ？と思っているのだよ。これは喫煙する君に「もっとちゃんと歯を磨け！」という社長さんの暗喩なんじゃないの？とかあさんはこっそり思ったりするのだけれど・・・。ねえ。

  2005.12.07

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• たいせつなもの

  以前傾聴ボランティアの講座で自分の価値観をチェックしなおす時間があった。今一番自分が大切にしている言葉と大切にしていない言葉をプリントのなかのたくさんの用語から３つずつ選ぶというものだった。そのなかに「芸術的」ということばがあった。それを大切と言ったひとと大切でないと言ったひとがいた。大切でないと言ったひとは芸術作品を観賞はするし、感銘を受けることもあるが、自分が芸術をなすということ、例えば絵を描くことなどを考えたとき、それはかんべんしてほしいと思うのだそうだ。そう考えると芸術はどこか差別的であるかもしれない。選ばれたひとのものであり、芸術というものを真ん中において境界線ができるのかもしれない。好き嫌いだけでなく、わかるわからない、知っている知らない、できるできない、うまいへたというふうな境界線もある。芸術が至上だとすれば、その境界線には意味が生まれる。単なる区別ではなくなる。生きとし生けるものはすべからく不平等なのだからそれもいたしかたのないことなのだろう。そのプリントのなかからわたしが一番にえらんだのは「あるがままの」ということばだった。かっこつけるのがいささかしんどくなっているからかもしれない。これって楽チンな言葉にも聞こえるが時にこのうえなくしんどいこともある。選ばれていないあるがままの自分を認めるのはけっこうつらかったりもするから。ちなみに選んだあと二つの言葉は「配慮のある」と「寛容な」だ。他人にそれを求めるとけっこうつらい目にあったりもするのだけれど・・・。次点は「おもしろい」だ。なにがあっても笑っていたい、という思いも捨てがたくあるらしい。その時々で変化していくのかもしれないが、改めて考えてみると自分の輪郭がうっすらと見えるような気がしてくる。＊＊＊＊ちなみに書かれていた用語は以下の通りです。楽しい・配慮のある・本物の・芸術的な・向上心のある・まっすぐな・道徳的な・仲のよい・暖かい・誠実な・優れた・個性的な・正しい・善良な・生き生きとした・効率的な・純粋な・立派な・冒険的な・いとおしい・思慮深い・満ち足りた・得な・社会のための・美しい・快適な・寛容な・真実の・幸せな・競争心のある・正義の・献身的な・面白い・支持的な・あるがままの・すばらしい・野心的な・正直な・良心的な・輝いている・・・あなたはどれがたいせつですか？

  2005.12.05

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• さかむけ

  「さかむけ」というのは「爪の生え際の皮が荒れて、指の根元の方に細かくむけること」をいう。ささくれともいう。小さいとき、末っ子のわたしは出来た指のひとにさからうから出来るのだ、といわれたものだった。そう聞いて、お父さん指、お母さん指、お兄さん指、おねえさん指、赤ちゃん指の5本のどこにできるか気になった。小さいときはお兄さん指によく出来た。お兄さんに逆らった覚えはないのに、と思いながらめくれ上がった皮を引っ張ると血がにじんだりした。それを見ていたお兄さんは「さからうさかいや」と笑った。そのお兄さんももういなくなってしまった。もうさからうこともできない。今は人差し指がひどくささくれ立っている。どうやら、わたしは今もお母さんに逆らっているらしい。

  2005.12.04

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  そうだ！ミシンを出そう。

  「ALWAYS」の淳之介くんの荷物はランドセルと手提げと風呂敷包みだけだった。その風呂敷包みに下着やらの衣類が入っていた。そして古い｢冒険少年ブック」も大事そうに入っていた。いつも思うのだけれど、いつか自分が家を出るとき（そんなときがくるのかどうかはわからないが）いったい何を持って出ればいいんだろう。必要なものと大切なものなもの。それが同じとはかぎらない。「戦場のピアニスト」のユダヤ人家族がゲットーに入るとき、親子でそんな算段をしていた記憶がある。でまあ、そんなこともあるかもしれんと思い、自分の持ち物を見回して、わたしはまた頭を抱えたのだ。多すぎる。必要か不必要かを思案しているうちに家を出るのがいやになるくらいにものが多い。家を出ないまでも、このままでは死ねないと思ってしまう。このまま死んでは後のひとに笑われてしまう。なにがいかんといって、布がいかん。好きだからといってためこむのはいかん。用を足してこそ物の意味がある。なんて勝手な理屈で布の整理をすることにした。とはいえ、捨てられはしない。だって、好きなんだもん。ではパッチワークにするのか。いや時間がかかりすぎる。寄る年波で、いささか根気がうせ始めている。そこで思いついた。そうだ！ミシンがある。だだだだだと行こう！しかし、わたしとミシンの相性はあまりよくない。わたしと相対するとミシンはどうも素直になれないようで、性根がひん曲がる。ひん曲がったうえにこんがらがる。こんがらがったうえに、針が折れたりもする。いやそうはいっても、これはミシンにお願いするしかない。ここはおたがい大人になって、おりあっていこうではないか、と。でまあ、ああでもないこうでもないとない知恵しぼって作ったのがこちら。ミシン仕立ての色違いバッグ。フッフッフッ。うまくいった。しかしこのままでは布がへってバッグが増えることになる。なんだか下手な考え休むに似たりだとしょげたりする。でまあ、これは友人に押し付けることにする。ほら時期的にいって、サンタの季節だし。おばさんのとこにはなかなか来てくれないし。喜んでもらえるかもしれん。なんていいながらよその荷物を増やしてしまおう。だけどあとどれくらい作れば、この部屋はすっきりするのだろう・・・。

  2005.12.03

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• ふさぎ虫

  miyaoさんとは年に２回会う。桜のころと紅葉のころに。元町公園を歩いたり、友人の作品展にいったりもするがだいたいは会ってご飯を食べて話すだけだ。いい話もあれば悪い話もある。映画や本の話もするし、同い年の息子のことで泣いたり笑ったりもする。テニスコートで知り合ってからちょうど２０年の付き合いになる。夏の盛りの電話で「秋には原美術館へいきたいわ」と彼女が言った。１１月が押し詰まっても連絡がこないのでメールを送った。その返信に｢身体にガタがきて入院中」とあった。驚いて詳細をたずねるとなまなかな病ではないという答えだった。「会いにいってもいい？」とメールした。すると「水曜日に検査結果がでるからその日に来て」と返ってきた。その文字からそんな大事に日に居合わせる責任の重さのようなものが押し寄せてきた。「では、その日にうかがいます」と確認のメールを打って、そのあとになにが励ましたいと思ったが言葉が選べない。どう考えても良いことが思い浮かばない。病気に関しての連想が悪い方ばかりに広がっていく。打っては消し、打っては消しして、時間がたった。ふっとああ、これまでわたしが言ってもらってうれしかった言葉を送ればいいのだと思った。「あなたはだいじなひとです」唐突な言葉だが、そう送った。その翌日病院から電話があった。「結果が早いめに出て、水曜日にまたちがう検査が入ったから」続けて彼女が言った。「学生時代の友人たちに病気のことしばらく伏せてたらもう四十年もつきあってるのになによ、って手紙が来たの。ほんとそれ読んで泣いちゃった。わたしわがままにひとと付き合ってきたわって思うわ。あなたのメールもあんな短い言葉でわたしを泣かすのかい？って思ったわ」思いっきり泣くのはいい。こころを開放し、発散したほうが免疫にはいい。「ぜんぜん元気なのよ。なにがどうなってのかわからなくていらいらしてるの。検査がすんだらいったん病院をでるわ」気分転換も必要だ。そのあとはっきりと病名を聞いた。ネットで検索して頭を殴られたような思いをした。これは・・・たいへんな病気だ。なんどこんな気分を味わうのだろう。みどりさんのときも千鶴子さんのときも身体のちからが抜けていった。いままたmiyaoさんも・・・。わたしがやっかいな病気しただけじゃすまないのか？なんでみんなもこんなことになってしまうのか？と天を仰ぐ。そんなときに付き合いをしくじったひとから葉書が届く。同人誌に載せたわたしの小説を読んだのだという。わたしは送っていないから他のひとが貸したのだろう。そのなかの朔太郎の詩の使い方に対して憤っているような文面だった。詩を理解せずに使っている、と。その詩はそのひとの文章で出合った詩であったからだろうと思う。ひとづてに「不必要な場面なのに、自分の作品から盗んで書いている」と言っていると聞いた。盗むかあ・・・と頭を抱えた。わたしは多分そのひとのことがとても好きだったのだ。そのひとが同じカルチャーの教室のひとの作文に触発され、当人にことわってその題材で小説を書くことをしり、小説初心者のわたしは、そんなふうに書けばいいのか、と思ったのだった。好きだからそのひとのことを下敷きにして書こうと思った。そのひとを子を亡くした母親のひな形にした。それは本人にも告げた。｢どうかいても怒らない」という答えをもらって魅力的に書ければいいなあと願いながら書いた。詩もその流れのひとつだった。どう書いていいかわからないから手探りで書いた。どうあれ、最後の丸まで書けたことがうれしくてそのひとに送ったのだった。そこで全面否定に近い形でダメだしが出た。まあひどい出来だったわけだ。そこから付き合いは齟齬をきたしはじめた。同人誌に載せた小説はかなり書き直した。ダメだしされた部分を大幅に書き直した。主人公の名前がいけないといわれ、それも変えた。もう、そのひとの面影などどこにもないくらいに母親の像は変わったと自分では思っていた。それでも朔太郎の詩を削除できなかった。話のながれのなかで不必要といえば不必要なもので、他の詩であってもどうということはなかったのだが、多分わたしがそのひとを好きだと思う気持ちの尻尾のようなものがあって、消せなかったのだと思う。そんなふうにつながっていたかったのかとも思うが、いずれにしろそれは無意識のことだっただろう。葉書ではそこが気に食わない!　詩の理解もできてないくせに！というなじるような文面だった。なにをかいわんというふうだった。手書きの文字がその憤りを伝える。その文字が痛い。そうか、そういうふうに受け取られるものなのだな、と心が萎えた。なんだかその言葉に最後の尻尾まで切られてしまったような気がした。そのひとは気分がよく変わるひとではある。いったん決めたことがひっくり返されることがよくあった。ひとのすききらいも振り子のように行ったり来たりする感じだった。激しい性格のひとでもある。いったん電話で謝罪を受け、その答えを保留していると、もういい、という葉書がきて、そして、今はこんなふうにわたしの振り子は大きく嫌いにふれているのだろう。存在の全面否定されている。でも、それがどうしたというのだ、という気もするのだ。もうその振り子が戻ってこなくてもいいと思いがわいている。miyaoさんの病気のことと朔太郎の詩は天秤の皿に乗せるまでもない。大切なことには順番がある。大切なひとにも順番がある。その順番も時間とともに変化していくものなのだ、と実感する。痛むこめかみを押さえながらケータイのメールと手書きの葉書を並べて、わたしはほんとにふさぎ虫になっていた。

  2005.12.01

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• 不調なり。

  ううう、頭が悪い。いやちがう、痛い。これはオーバーヒートか。いやそんなに酷使した覚えはない。覚えが悪いから酷使したことも忘れているのかもしれんが、どうにも頭が痛くてならん。うううううう。いや、愚息s　のことではいつも頭は痛めているのだが、それは常時のことで、今はそうではなくて、きりきりと痛むのだ。えらく痛むのだ耳鳴りもするのだ。ああ、あかんわ・・・。そんなことをブログに書く元気はあるのか？と自分でつっこむ。これは自虐だわ、と苦笑する。

  2005.11.26

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• かあさんを見るように。

  介護度５の実母を抱える友人と電話で話した。あんなにしっかりしていたひとが・・・という切なさとこんなばかなことばかりして・・・という腹立たしさの入り混じった気持ちを縷々告げられた。彼女の息子さんはうちの息子１と同い年で、幼稚園が同じだった。YMCAの冒険クラブで毎月いっしょにキャンﾌﾟした仲間でもある。ひとりっこの彼は成績優秀な息子さんなのだが、生活のこまごましたことに気がいかない。連絡なく夜中に帰ってくるし、出しっぱなしの脱ぎっぱなしの食べっぱなしなのだ、と彼女が苛立って愚痴る。それを聞いてるうちに息子さんのことに関してはなんだか贅沢な悩みのようにも聞こえてくる。「うちはかける３だよ」と言ってみる。「それにうちにはひとりピーターパンがいるし・・・」となにげなく言って自分で自分の言葉にひざを打った。なるほど、息子1はネバーランドに住む男なのかもしれんと思う。そうかあ、そういうことなんだ、と不思議になっとくしてしまう。とはいえ、うちのピーターパンもそろそろネバーランドの居心地が悪くなってきている。今日も今日とて、ネクタイしめて面接に行く。出かける前に、なにげなく「面接官をにらんじゃだめだよ」とアドバイスすると「あ、それハローワークの面接の練習のときに言われた」という。ああ、やっぱりにらんでたんだ。「にっこりとまではいかなくていいから、かあさんを見るようないい目をするといいよ」「えっ、ぼく、そんないい目して見てる？」「もちろん」そういって、いつもというわけじゃないけどね、とこころで言い添える。かあさんを見る目がとがっていたときもあったし、かあさんを見ないときもあった。かあさんの言葉が見えない針になって刺すから痛むのだという目をすることもあった。かあさんを守らなきゃと強い目になったことあるし、その思いが重たくて仕方が無いという目にもなった。嘘ついてるとわかる目もあったし、ごまかしてる目もあったし、強がってる目もあった。そのどの目も見てきた。心痛めたこともあったし、苛立ったこともあった。ふっと和むときのきみの柔和な目がかあさんは一番好きだよ。息子1のあるがままに添っていこうと決めたときから、長い時間がたった。世間の時間軸とネバーランドの時間軸には時差がある。そんな時差ぼけになやまされながら、息子１はなれない背広を羽織り、革靴を履いた。その背中に「かあさんを見る目でね」と声をかける。ふりかえった目がわらっていた。

  2005.11.24

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• 声

  月曜午前中は生協の宅配がある。今日はおにいさんがおせち料理詰め合わせの売り込みなどをして、しばらく玄関先で話していた。するとマンションのどこかから怒鳴り声が聞こえてきた。お母さんが息子さんを叱っているようだった。その声はだんだんヒステリックになり、罵りに近くなってきていた。おにいさんとの会話が途切れ、互いに耳を澄まして聞き入ってしまったが、あまりに興奮していて言葉がはっきりと聞き取れない。すると息子さんの弱々しい声がやがて嗚咽まじりになり、吐き気を催しているような音がした。生協のおにいさんの表情が変わる。おにいさんは２９歳にして小学校４年生の娘さんがいるパパでもある。子供を育てる喜びとしんどさはじゅうぶん味わっているのだろう。「ああ」とだけ声をだした。月曜の午前中、学校にいきたくないという息子に相対する母親の苦悩はよくわかる。こんなことでどうするの！と声を荒げたくもなる。情けなさが憤りに変わっていくのだ。誰かのせいにしたくてもできない。母親である自分の責任だと責められることへの恐れがこころのそこにある。こんな子に育てた覚えはないといいたくなってしまうがそれもできない。わたしもそんな親だったのかもしれない。もう戻れはしない過去の記憶がうずき始める。親になるというのはなんとむずかしいことだろう。たくさんの失敗を重ねて、たくさんの涙を流し、人と違うこと、世の中の枠からはみ出すことを悩みぬき、ごつんごつんと世の中のとがった部分にぶつかって傷を負いながら、それでも理解あるひとに出会い、差し伸べられた手をにぎりしめながら、ようやくありのままを飲み込むことができるようになるような気がする。客観的な批評はなんの足しにもならない。その双方がつらいのだと、その思いをわかってあげるしかない。そのお母さんも泣いているのだとわかってあげるしかない。

  2005.11.21

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• 冬眠

  土曜日、息子２は無断外泊し、日曜の夜に帰ってきた。帰ってきたかと思うと、こたつで寝てしまった。秒殺である。こたつ出したら不良にならんのじゃなかったか？いやいや、もう大人なのだからいいのだけれど、一応連絡はしてくれよ。酒の弱い君が寒空に震えているのではないかと、かあさんは想像してしまうから。息子１は土曜のオフ会でなにやらしくじったらしい。くやしいくやしいの連発だ。パソコンに向かっても、風呂に入っても、ご飯をたべながらでも、くやしい！という。「いったい何があったのか？」と聞いても「ここでは言えない」と答える。「独り言だから気にしないで」といわれても、そんな大声で悔しがられてはこちらも安穏ではいられない。「くやしいくやしい」といいながら息子１も不貞寝をしてしまう。ここんちはもう冬眠かい？と言ってみた。だれも答えない。

  2005.11.20

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• 恋する千鶴子さん

  御年７９歳の千鶴子さんは今恋をしているのだという。お相手は大学病院の３０代の主治医で、大病をした千鶴子さんの命を救ってくれた先生だ。通称さーさんという。千鶴子さんは通院の日にさーさんとどんな会話を交わしたか、詳しくきかせてくれる。かわいいおばあさんだと言ってくれたのだとうれしそうに言う。さーさんが一番好きなひとで、二番目に好きなひとがＴさんである。以前同じ同人誌に所属していた６２歳のひとである。Ｔさんからの手紙を枕元において寝たりする。いや、ご主人にばれるといけないので枕の下に忍ばせて眠ったのだった。今日はその千鶴子さんの二番目に好きなひととの飲み会だった。お邪魔ムシのわたしも参加して三人で横浜桜木町のランドマークドッグヤードの居酒屋さんへ行った。Ｔさんは定年前に会社を辞め、小説を書いている。１２回落選し１３回目の応募で地方都市の文学賞をとったひとである。そのひとが今スランプで書けないのだという。応募の結果が出ない苦しさから逃れたくて、小説から遠ざかっている。小説を書くために早期退職したのに小説が書けなくて居心地の悪い日々を送っていた。そこへ千鶴子さんの個人誌とわたしの所属する同人誌が同じ時期に送られてきて、Ｔさんはすこしやる気になってきたそうだ。文学青年がそのまま年齢を重ねたようなＴさんの言葉はすこし切ない。恍惚と不安というのか、自意識と自尊心というのか、わが道を行くと心に決めながらも評価も気になる、という感じだ。「純文学だけじゃなくて、時代小説なんてどうですか？」と千鶴子さんが言うと、それも視野に入れているという答えだった。焼酎のお湯割りを空けながら小説について語るごつごつとしたＴさんの言葉を千鶴子さんはうれしそうに聞いていた。会えたことがうれしく話を聞けることがうれしい。そんな顔つきに見えた。ふたりに千鶴子さんがワインをくれた。ああ、そうか解禁日だと思い出す。そのこころくばりに感動しながらも「酒飲むのだけが楽しみの人生だ」とＴさんが言った。器用なひとではないなと思う。きっと千鶴子さんはその不器用な生き方にこころを動かされているのだろう。帰りに千鶴子さんがタクシーに乗り込むのを見送った。ほんとうに背が縮んでしまって、タクシーの窓から顔が見えないくらいに小さくなってしまった。来年は８０歳だから仕方がないのかと思いつつもなんだか胸が痛い。恋する千鶴子さんはいつまでも恋するひとであってほしい。天秤の片方に老いがどっかりと乗っかっているからこそ、千鶴子さんには、少女のようにときめきながら真っ赤な口紅くっきりつけてさーさんやＴさんに可愛く微笑んでいてほしい。

  2005.11.17

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  ねむねむ

  上野のねこさん　ねむねむでした。

  2005.11.16

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  新入り

  いえのなかにあるものをとっかえる時期ってなんだか重なる。ダメになるときは一蓮托生のようにダメになる。掃除機、食器棚に続いて勉強椅子も総とっかえ。でまあ、これが我が家の新入り椅子。なかなかかっこいいやつです、とちょっと自慢。しかもこやつの背もたれはもたれた分だけ傾いてくれる。長く作文を書いていると腰が痛くなるのだけれど、こやつのサポートはなかなかここちよく、腰が痛まない。痛まないからもっと長く作文書いて肩とか腕とか痛くなって・・・うーん、結局どうなんだろう・・・。「これでなんだか名文書けそうじゃん」と言ってみる。おそろいの椅子でパソコンに向かう息子１が苦笑している。

  2005.11.15

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• お座敷ふたつ

  朝起きたら、からだが重かった。重いはずだ。昨日食べ過ぎた。これ以上太ってどうする？と自分を叱る。それでも昨日はたのしかったのだ。たのしいお座敷が昼と晩とふたつもかかってしまってどちらもたいせつで、どちらもそこに呼ばれたことがうれしくてどちらもおいしいお料理で、だからしっかり食べてしまった・・・。お昼間は銀座の「餉餉」という店で自然食のビュッフェ。大学時代の友人マユミちゃんが富山からやってきて同じ首都圏に住みながらなかなか会えなかったヨーコちゃんを交えておなじみわんたんと四人でテーブルを囲んだ。２８年ぶりに会うヨーコちゃんはちっともかわっていなかった。穏やかな声のやさしい話しぶり、照れくさそうな笑顔角がない人だなあと思う。　洋食系のビュッフェだとすぐ胸がやけてしまうのだけれど卯の花だのひじきだのきんぴらだの切り干し大根だのは身体にいいのだという思い込みもあるのかもしれないがどんどん箸がすすんでしまう。古代米とか玄米もいい。サトイモのコロッケもいい。有機野菜のサラダもいい。黒大根は初めて食べた。大学芋やおぜんさいもいい。黒豆茶もいい。どれもとてもいいんだけど、やっぱり食べ過ぎるのはよくないと反省する。そのあと落ち着いた「椿屋珈琲店」でゆっくり話した。お互いの知らない２８年には四人それぞれの物語があってそのものがたりは決して笑顔だけで編まれてはいない。北風に立ち向かうような日々がそれぞれにあってそれを言葉にすると今でも胸の奥からこみ上げてくるものがある。それでも今ここで振り返ってそんな日があったから、今の自分がいるのだという確信がもてる。そんな話をしあえる四人だった。それぞれの痛みを分け合えるそんな四人と会えたことがわたしはとてもうれしかった。そしてその後横浜に向かった。かつていた団地のお仲間に声をかけてもらった。この日を逃すとまた半年後になってしまう。こちらも自然食だった。馬車道の「伊勢もと」というお店。焼き魚、おひたし、山菜、ひじきにきんぴら。なんだかお昼と同じメニューだがこちらは素朴な感じだ。お造りに鴨が出ていた。きびなごもあった。こちらはお酒が入ってご陽気だった。あれやこれや日々のこまかな不満をふわーと吐き出して明日からの英気を養う。思うままにならないことのなんと多いことかと嘆きつつも現実は現実なのだと知り抜いて、こんなふうにじょうずにガス抜きをして、また思うままにならない世界へ帰っていく。盛りだくさんのメニューでもうおなかはいっぱいなのにこうばしい玄米がおいしくてしっかり完食してしまった。ああ、いけないいけない、おばさんはもうこんなに食べちゃいけないのだ。そう思いながら眠りについた。そして、朝起きたら・・・。

  2005.11.13

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• お座敷

  何しろ今週は大忙しだった。月曜は傾聴ボランティア講座へいった。山手線が止まった影響で京浜東北線も大幅に送れ、講義に遅れそうになった。ＹＷＣＡに向かう道、スタジアムの横を久しぶりに走った。お腹のあたりがたぷたぷ揺れていた。帰りに町田に住むひとと話した。武相荘へ案内しますよ、と誘われた。火曜はＣＴの結果を聞きにいった。その後、案じてくれたみどりさんに会い、報告した。みどりさんにコーヒーを奢ってもらった。１１年前のこと、退院後しばらくわたしはコーヒーを断っていた。検査を無事クリアした日にだけみどりさんとコーヒーを飲んでお祝いしたのだった。もうすりきれかけた記憶なのに、みどりさんは覚えていた。水曜は朗読のお稽古にいった。準備体操をすると大きな声がでた。大きな声が出たね、と褒められた。帰りのバスで先生といっしょになった。学年はむこうがひとつ上だけれど、おなじ２９年生まれとわかった。朗読劇のシナリオを書く苦労と面白さを聞いた。大勢でひとつのことを成し遂げる達成感が生き生きと語られた。木曜はキルトウィークがはじまり横浜パシィフィコへ行った。横浜の友人とそのお仲間といっしょにブースをめぐった。もう何年も同じメンバーで回っているから気のいけないひとたちになって居心地がよかった。去年は声が出なくなって、行けなかったのだと思い出す。その後、彼女たちと別れてひとりで作品展示を見たあと、ばったり、モザイクさんにあった。引き合う磁石のようだった。モザイクさんとそのお友達との会話からオリジナルの作品のコツを教わった。介護のことなども聞いた。どのひとにも苦労はあるのだと思う。そして今日、金曜はそんな日々のつけを払う日だ。家事三昧。家のなかで万歩計が７０００歩を越えている。先週食器棚をあたらしくしたのだが、前のものを捨てるに忍びなく、キルト関係のものを入れるのに使おうと思いたってしまったのだった。思い立ってしまったからにはやらねばならない。これはもう、数字パズルの入れ替えのようなもので、これをここにやるためにあれをあそこにやって、あそこをあけるためにはどうすればいいんだろう、と頭をかかえてしまうのだった。そんなこんなで足の踏み場を探している状態のところへチャイムがなった。うへえ、だれだい？こんな取り込み中に、と慌てる。それは郵便屋さんだった。保険の係りのひとだ。なにしろずっと留守していたものだから、少々髪の薄くなったそのひとは開口一番「やっとお会いできました」と言った。「ああ、それはどうも申しわけなかったです」とこちらは頭を下げた。そして「なんだかこの時期ってみんなひと恋しくなるんでしょうね。お座敷がよくかかって、なんだかいそがしくって。」なんてきまり悪さをカバーしようとあることないことぺらぺらとしゃべってしまった。それを聞いた郵便屋さんはつぶらなひとみを大きく開けて「あ、あの、ひょっとして芸人さんなんですか？」と聞いた。「あ、いえ、ジョークです」と答えた。ますますきまりの悪いことだった。

  2005.11.11

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• ひきしまる

  １０月の末に骨シンチの結果に疑問符がついた。あってはならないものが写っていた。しかしその前に受けたＭＲＩの画像には異常は見られなかった。なにかしらが写っている画像の前で、「腑に落ちないこと」と主治医Ｈ先生は首をかしげた。Ｈ先生と放射線科の先生たちが画像の分析をして、検査中の画像の重なりではないか、という所見にいたり、ねんのためにＣＴを撮ることになり、そのＣＴの検査でＭ先生に会ったのだった。今日その結果を聞きに行った。名を呼ばれて診察室に入ったところでＨ先生がにこやかに「大丈夫でした」と告げた。ほわーっと気持ちがほどけていった。大丈夫と思いながらも、不安が拭えなかった。事を告げられた日の帰り道、京浜東北線の逆行きの電車に乗ってしまって、五つも駅を乗り過ごしてやっと気づいたのだった。そんなふうに動揺している自分に動揺した。手術後１１年目に入っている。ずっと事なきを得てきたが、常に可能性としては「事」を抱えているのだと改めて思う。診察の最後に「なんだか人生がひきしまりました」と言うとＨ先生は居住まいを正して「僕もひきしまりました」と言った。

  2005.11.08

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• ひと恋しいころ。

  夏の間、空白続きだった予定表がここにきて埋まっている。暑い時期はなんとなくひととの距離を大きく取っていたいと思うし、首筋を撫でていく風が冷え始めたらふっと寄り添いたい気分になる。１１月に入ってお誘いを受けたり、お誘いしたりして、予定表に懐かしいひとの名前が並ぶ。ここにくるまでにいろんなところでであってご縁があったひとたち、見捨てずお付き合いくださっているひとたち、わがままなわたしが横向いてしまわなかったひとたち。更年期のおばさんはわがままなくせにこころもとなくて、そこに並ぶ名前をながめながら自分があながち忘れられていたわけでもなさそうだと安堵したりしている。ひとと付き合っていくには距離が必要だ。その距離は相手によって異なる。言葉だけが添うひともいれば心まで添うひともいる。明かす秘密の数は相手によってちがう。信頼の大きさは一様ではない。向かいあう周期というものもある。次に会うまでのインターバルはひとによって違う。そのインターバルがそのひととの距離かとも思うが、長く会わなくても心が添うひともいる。もう会いたくないと思っても間があけば、また会いたくなることもある。この塩梅が実に微妙で人間くさい。やっぱり秋はだれかに会いたくなる。会っておいしいものを食べてそれぞれの近況を聞きながらふふふ、ふふふと笑っていたいと思う。心添うひとと言葉少なく陽だまりで時を食んでいたいと思ったりもする。

  2005.11.07

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• そういう季節になりました。

  「そろそろだな」と息子２が言いました。「えっ、なにが？」と母はしらばっくれます。「寒くなってきたしな」「あ、おでんの季節ね」息子２はおでんがだいきらいです。「あったまりたいねえ」「あ、熱燗、いいねえ」息子２はお酒、弱いです。「あのなあー、こたつだよ」はい、今年もそういう季節になりました。普段は何にもしない息子２が押入れからこたつ布団を出しコンセントを繋ぎ、あまつさえそこいらを掃除機かけたりして、ふわりとこたつ布団をかけ、我が家は冬のスタイルになりました。息子２はそのむかし「こたつを出してくれないと不良になってやる」と母を脅した男です。

  2005.11.04

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