パイ
パイを焼いた。焼きたてをテーブルに置いた。匂いにつられて息子1が部屋から出てきて「食べてもいいか」と聞く。「どうぞ召し上がれ」という。セルフサービスで好きな大きさに切って食べる。ぽろぽろとカケラを落としながら言う。「やっぱりパイは焼きたてにかぎるね」出かけていた息子2が帰ってきて「おっ!」とパイを見つける。「よばれよう」と言ってかじりつく。豪快にカケラを散らして食べる。そして「栗とさつまいもとくるみだな」という。あたり!甘みを押さえた栗きんとんパイくるみ入り。カロリー高し!である。秋のはじまりにアップルパイを焼き、秋が深くなるといもパイを焼く。冬になるとスノーボールを焼く。焼きたてのパウンドケーキを持ってかえった息子2のゆうじん「せいちゃん」のおかあさんが「あったかいケーキを食べられるのはぜいたくなんだよ」と言ったことを思い出す。なにげないくり返しのなかからふっと湧き出る瞬間がある。積み重ねのない人生だと更年期のむなしさにとらわれてしまうこともあるのだが、こんなふうな暮らしのなにげないくり返しのなかに実りはあるのかもしれないと思えてくる。彼らの思い出の味の中にわたしの実りのひとつはあるのかもしれないと思ったりする。ふたりが「かあさんのいもパイ覚えてる?」「ああ」「うまかったな」「けど、ときどき失敗してたな」なんて話す日がくるかもしれんと思ったりする。