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分太郎の映画日記

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2007.03.22
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 タイトル通り、病気で死んだ象の肉を食べて右往左往する連中(とその家族)の物語で、戦後の、腹をすかして何でも食べた時代を、さらりと風俗喜劇で撮った映画。
 戦争末期に召集されてタイにいた吉村公三郎監督の、戦後帰国して映画復帰の第一作。ビデオにて鑑賞(2007/3/21)。

 『象を喰った連中』 評価:☆☆☆☆


【あらすじ】
 東京動物園の象が死に、象使いの山下(笠智衆)は大いに悲しむ。
 一方、その治療にあたった生物研究所の和田(日守新一)と馬場(原保美)は象の肉を食べてみようと考え、同じ研究員の渡辺(神田隆)と野村(安部徹)、また折から訪れてきた山下に“焼き肉”を振る舞った後で、それが象の肉であることを告げる。帰宅した山下は、妻の千代子(文谷千代子)から、以前にシャムで馬鼻疸菌(バビソ菌)に冒された象を喰べた夫婦が30時間後に死んだ事実を指摘されて、慌てて研究所に駆けつける。象の死因を調べてみると、果たして馬鼻疸菌であった。
 和田らは日本各地に血清を尋ねてみるが、どこにも存在しなかった。30時間後に訪れるであろう死。渡辺は、妻(植田曜子)に子どもたちの養育など後事を頼み、息子が行きたがっていたピクニックに一家で出かける。野村は新妻(朝霧鏡子)に告白し、観劇して気を紛らわせようとした。馬場は両親に別れを告げに、東京郊外の実家に帰省。
 和田が下宿先の娘・とみ江(空あけみ)と死ぬまでの期間限定で恋人になる約束をしたところに、森岡の研究所から、血清があったとの連絡が入る。そして、その到着を待つため、5人とその家族は上野駅に集まるが……。


 各種のデータベースなどには記載はないが、映画には「生命と科学に関する一考察」というサブタイトルがついている。

 吉村監督によれば、大元の話は本当にあったことで、宝塚の動物園で馬鼻疸桿菌に冒されて死んだ象の肉を食べた連中がワクチン探しに慌てたという記事だという。昭和15年に『西住戦車長伝』の撮影中に、風邪で伏せっているときに池田忠雄にその話をして、斎藤良輔に脚本化してもらっていたらしいが、当局の検閲でお蔵入りしていたものだそうだ。
 また戦争中、全国の動物園では大型動物を射殺または毒殺してしまっていて像がおらず、ようやく名古屋の東山動物園に2頭生きていることがわかって、名古屋までロケをしに出かけたという。

 ある意味でたわいもない話ではあり、ラストのオチはちょっとあっけない感じではあるが、映画全体は軽妙な喜劇として終始楽しめる仕上がりになっている。
 役者の中では、チョビ髭をはやした笠智衆と、そもそもの発案者である日守新一の、真面目なのだがユーモラスな演技が魅力的。また、渡辺の妻役の村田知英子が、夫と話をしながら煙草を巻いている姿が非常におかしい。
 あと関係ないが、原保美の表情や仕草が、柳葉敏郎に似ている感じがした。

 終戦直後の食糧難の時代を描いたものは数々あれど、食糧難そのものをコメディであれシリアスドラマであれ、本作品の他にはちょっとないみたいなので、その意味でも貴重な作品であろう。

『象を喰つた連中』

【製作年】1947年、日本
【製作】松竹(大船撮影所)
【監督】吉村公三郎
【脚本】斎藤良輔 、池田忠雄、吉村公三郎
【撮影】生方敏夫
【音楽】万城目正、仁木他喜雄
【出演】日守新一、神田隆、原保美、安部徹、笠智衆、文谷千代子、村田知英子、朝霧鏡子、高松栄子、空あけみ ほか





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最終更新日  2007.06.08 15:43:20
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