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カテゴリ:遡行エッセィ
幼い頃の俺にとって親父は絶対の存在で、恐ろしくて刃向かえない人だった。
俺が小学一年か二年生だった頃、ある日親父は突然 「絵は好きか?」 と尋ねてきた。俺は以前より、とにかく絵を描く事が好きで、暇があるといつも画用紙に向かってわけわからん絵を描いていた記憶がある。そんな毎日の中での出来事だ。いつものように絵を描いていた俺に 「絵は好きか?」 「うん、好きだよ。」 「そうか」 有り触れたそんな会話を交わしただけだった。そんなある日、親父はデカイ買物袋を持って帰宅してきた。俺を呼び付け、目の前でそのデカイ買物袋の中身を広げてみせた。その袋からは画用紙の束、鉛筆数十本。今まで見たこともない鮮やかな何十色もの色鉛筆の缶ケース。絵の具道具の数々が現れたのだ。親父は 「これで好きなだけ描け。」 と俺に言ってきた。俺は天にも昇るほどの有頂天ぶりだったのは言うまでもないだろう。 「―――ただし、」 更に親父は言葉を続けた。 「毎日、必ず画用紙に十枚はスケッチをすること。それができるなら使え。」 俺は軽く 「わかった、いいよ」 と返事をした。…してしまったのだ。後々に、ろくに考えずに言ったその軽返事に、俺は心底後悔することとなる。 早速、その翌日からスケッチを義務づけられた。学校から帰ってきたら、まず家にあるものでスケッチする為の対象物を探す事から始まる。決まったら好きなようにスケッチをする。親父からの言い付けで、色をつけずに鉛筆だけを使ってスケッチをしていく。途中、親父が仕事から帰宅する。その間で、まだ二・三枚しか完成していない。更になんと!親父のスケッチ講習が始まるのだ。 「よく見ろ!これのここになんで影があるんだ?」 「観察するんだ、こことここでは色が違うだろ?ここが影になっているからだ。」 などなど。延々、親父のスパルタ講習が続くのだ。皆さん考えても見て欲しい。落書きを描くのとは訳が違う。一日十枚など描ける訳がない。しかも当時は遊びたい盛りのか弱きワンパク小僧だったのである。 結末はきっと皆さんのご想像通りである。そうです、俺は一週間もせずに弱音を吐いたのだ。いや逆によく一週間もの間続いたものだ、と当時の俺を誉めて頂きたい(笑)。 結局、約束を破ってしまった俺は、あの豪華な色鉛筆セットを使う事は許されなかった…。ソレは学校で使うからという理由で直ぐさま兄貴の手に渡っていった。 ようやく俺の手元に返却される事になるのは、そのスパルタ事件の数年後となる。 その時には時すでに遅し。古臭く傷や凹みまくったケースに、あと残り少ない命と宣告された弱々しく小さな鉛筆たち。また元気で活躍していたであろう色鉛筆たちのあるべき居場所には、所々憐れすっぽりともぬけの殻となっていたのだった……。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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