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貴方の仮面を身に着けて

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2013/03/01
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ダイヤ

「今の私は朱雀ではない。詩織の親族としてここに居る」
運転席で前を見つめたまま、朱雀は言った。朱雀は濃茶のカシミアのコートをまとっていた。それを見て鍬見は寒さを初めて感じた。外の寒気にすら気づかぬほどに緊張しきっていたのだ。車は古本屋を直ちに離れ、郊外へと向かう道を走っていた。深い森の色をした朱雀の愛車ではなく、ありふれた黒い乗用車であった。助手席の鍬見にはその意味が理解出来た。朱雀の部下である前に”盾”である限りは、生殺与奪の権利は白神にあった。さすがの朱雀も関与は許されぬ領域である。表立って動く事は出来ない。だからこそ一人で鍬見を待っていたのだ。
「お前は生きて表へ出る事はない、白神は皆に宣言した。だからお前は消えねばならぬ」

朱雀はちらりとバックミラーを見た。
「追手はいないようだな」
朱雀はハンドルを握りなおした。
「白神がお前を逃がした事を快く思わぬ者もいる。今の体制では、秘密などすぐに知れてしまうからな。味方の中にも敵がいるようなものだ」
鍬見は黙していた。これから何が起きるにしても、受け入れるしかないと思っていた。車は別荘地へと入っていった。瀟洒な建物が森の中に点在している。ほとんどが無人で暗く鎧戸を閉ざしていた。ひとつの家にだけ灯りがついていた。一昔前に流行ったログハウス風の建物である。朱雀はその家の裏手に車を停めた。裏口から二人は中へと入った。廊下には灯りはなかった。暗闇であっても朱雀の”人でない”目には昼間同然に見える。鍬見も夜目が利く。二人は奥へと進んだ。その先の部屋の扉の隙間からから灯りがもれていた。

そこは簡単な応接セットとブルーフレームのストーブがあるだけの部屋だった。二人が部屋に入ると、ソファに座っていた女が立ち上がった。詩織であった。目が合うと鍬見は動けなくなった。急激に湧き上がる愛しさとともに罪悪感もあふれ出した。自分のせいで彼女は危険な橋を渡っている。彼女は自分をどう思っているのだろう。側へ行っても良いのか、鍬見には判断がつきかねた。女の方が潔かった。詩織は鍬見に駆け寄ると抱きついた。
「逢いたかった」
息だけで詩織は言った。声にならない激しさを彼女も抑えているのだと鍬見は感じた。戸惑いながらも鍬見はその肩を抱き寄せた。

「時間がない」
朱雀が言った。
「キミの荷物を取っておいで、詩織」
鍬見の胸にすがったまま、詩織は頷いた。そして身体を離すと奥の扉の中へと消えた。鍬見の目はその姿を追っていた。朱雀は鍬見を見ていた。
「その格好では目立つ」
鍬見は黒い詰襟に似た”盾”の制服を着ていた。朱雀はコートを脱ぐと、鍬見の肩に着せ掛けた。
「これを着ていくがいい。お前の着替えを用意する暇がなくてね」
「ありがとうございます」
鍬見はコートに袖を通した。
「これから先、我らがお前と顔を合わせる事はない」
「はい」
頷くと鍬見は朱雀を見上げた。鍬見も背は低い方ではない。それでも朱雀の方が長身であった。鍬見を見る朱雀の目は温かかった。部下の誰もが尊敬し憧れる社長、いつもの朱雀であった。だが今その目には普段よりも複雑な色があった。

(つづく)





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Last updated  2013/03/01 05:26:10 AM
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