カテゴリ:白木蓮は闇に揺れ(完結)
詩織が戻って来た。 手には水色のトランクを提げていた。朱雀はそのトランクに見覚えがあった。百合枝の物であった。かつて誤解とすれ違いから百合枝が朱雀の家を出た時に、手にしていた物であった。懐かしさが瞬間、朱雀の目を細めさせた。悲劇はあったが百合枝は戻って来た。 (求め合う魂を引き裂くなど、出来るものではない) 朱雀と百合枝がそうであったように、この二人も又。朱雀は鍬見に言った。 「これからはお前ひとりで彼女を守らねばならぬ。それでも二人で行くかね」 鍬見よりも先に詩織が答えた。 「かまいません。ただずっと生かされているだけよりも、私は鍬見さんと行きます」 朱雀は微笑した。朱雀は鍬見の手に車のキーを渡した。一緒に小さな紙切れを渡した。行き先の地図であった。 「今宵はそこで休むがいい。これからの事を二人で相談するといい」 朱雀は封筒を詩織に渡した。 「これは」 中には紙幣が詰まっていた。返そうとする詩織の手を朱雀は押しとどめた。 「当座の足しにしなさい。百合枝と私からの餞別だ」 「ごめんなさい。百合枝お姉さまには、良くしてしていただいたのに」 「私達はキミ達の幸せを祈っている」 「ありがとうございます」 朱雀は二人の車を見送った。テールランプが見えなくなると、朱雀は言った。 「さて、私相手に勝算はあるのかね」 どこからともなく現れた幾つもの影が朱雀を取り囲んだ。くぐもった笑いが幾つも沸き起こった。 「今頃、二人は亡骸になっておるわ」 「仲間がこの先に潜んでおったのだ」 朱雀は微笑した。 「それはありえんな」 殺気が朱雀の周囲に膨れ上がった。 「何をいう」 「強がりか」 「戯言よ」 頭上から声がした。 「そう、ありえぬ」 風が吹いた。 三日月の照らす天空には白き裾を翻す美しい姿があった。 「私が皆、斬り捨てた」 三峰であった。三峰を見上げ、朱雀は再び微笑した。次の瞬間、朱雀を囲んでいた影はことごとく地に伏していた。朱雀はいつの間にか愛刀を手にしていた。おそらく、どの影も自分が斬られた事すらも気づかずに絶命したであろう。影は音もなく黒い煙となって消え去った。三峰は優雅に地に降り立った。 「これで良いのだな」 「我らの未来の選択肢を増やす試みのひとつ」 「ただ、肉親の情で動いたわけではないと」 朱雀は三峰を見た。稀なる美貌のぬしは、兄の竹生と良く似た切れ長の目で朱雀を見ていた。 「”外”に出た時から、それが私の役目」 「辛いな」 「そう言うな、少なくとも二人を引き裂かずにすんだ」 「では」 朱雀は言った。 「私は自分の車で帰るが、お前はどうする、三峰」 「飛んで帰れというのか?」 「私の助手席はご婦人専用だ」 「お前らしいな」 朱雀はにやりとしてみせた 「だが、今日は例外を認めよう」 (つづく) お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2013/03/06 12:51:19 AM
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