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テーマ:小説日記(233)
カテゴリ:短編小説
私は彼女の事が嫌いだった。
いつもニコニコ笑って。何の悩みもなさそうに。 失敗しても笑えば済むと思っているに違いない。 誰もから愛されて。 誰よりも幸せそうで。 私は彼女の事が大嫌いだった。 「ねぇ!この絵、西野さんが書いたの?」 いつものように満面の笑みを浮かべて、安藤さんが話しかけてきた。 「そうだけど・・・」 「すっごいね~!めちゃめちゃキレイ!あたし、この絵大好きだよ」 屈託なく笑う彼女に、私は正直面食らった。 好きとかどうしてそんなに簡単に口にできるのだろう。 「西野さんって絵が本当に上手なんだね~」 「そんなことないよ・・・」 「あたし、取り柄なんもないから。うらやましいな~」 そう言って、じっと私が書いた絵を見つめる彼女に、私は何も言えなかった。 それは県の美術展に出品する作品だった。 桜吹雪の中に赤い着物を着た少女が立っている。 美術部の仲間には、何だかホラーっぽいねと言って笑われた。 それから安藤さんはよく美術室に遊びにくるようになった。 そして、「あたしは西野さんのファンだから」と言っては熱心に私の作業を見ていくのだった。 彼女の事が嫌いだったはずなのに、私たちはいつしか友達になっていた。 私たちはクラスは違ったけれど、授業の時以外はほとんど一緒に過ごしていた。 私は初めてイラストレーターになりたい夢を彼女に語った。 彼女は、お母さんになりたい。と言って笑った。 子供ができたら、いっぱいおやつを作ってあげるんだ、そう言って笑った。 お母さんになるのが夢だなんて、変なの。誰でもいつかなるよ。私はそう言って笑った。 安藤さんは、そうだね。と言って、本当は上原君のお嫁さんにもなりたいと告白したのだった。 安藤さんが入院したのはそれから2週間後だった。 あと20日もすれば夏休みになる頃だった。 お見舞いに行った時、彼女は驚くほど痩せていて。 「あたし、白血病なんだ」 そう言って力なく微笑む彼女を、私はまともに見ることができなくて、ずっとうつむいていた。 病室に入る前に、手を洗って、紙の帽子とマスクをした。 彼女の体は免疫が低下していて、ちょっとした雑菌でも感染してしまうのだと安藤さんのお母さんが言っていた。 「また来てあげてね」 安藤さんのお母さんに見送られ、私は逃げるように帰った。 青白い安藤さんの顔が恐かった。折れてしまいそうなくらい細い腕が恐かった。 彼女の前で泣いてしまいそうで恐かった。 私はそれから、ほぼ毎日お見舞いに行った。 今日、体育祭の応援団に上原君が選ばれたとか、私と安藤さんは白組になったといった他愛無い報告。 それでも彼女は嬉しそうに、私の話を聞いて、ニコニコしていた。 「あたし、足遅いから100メートル走だけは出たくないなぁ・・・」 「じゃあ綱引きでいいじゃない。安藤さん腕力あるから」 「え~怪力な女の子なんてやだよ~」 彼女はもうその頃、自分で立って歩くこともままならない状態だった。 それでも私が行くと嬉しそうにベッドから起き上がった。 「薬が強くて、髪の毛が抜けちゃうの。こんな頭、絶対に上原君に見られたくないな」 「大丈夫だよ。髪の毛はまた生えてくるじゃない」 「うん。そうだね」 安藤さんはいつも私が行くと帽子をかぶっていた。 でも一度、ひどく具合が悪いときに行って、彼女はベッドに横たわったまま私が来たことにも気付かず、苦しそうだった。 彼女の頭にはざんばらに髪の毛が残っているだけで、ほとんど抜け落ちてしまっていた。 私は安藤さんのお母さんにだけ会釈して、そのままトイレに行って声を殺して泣いた。 彼女は何の悩みもなさそうで。 いつも笑っていて。 私はそんな彼女がうらやましくて嫌いだった。 夏休みに入ってからも私は毎日お見舞いにいった。 その日もいつもどおり、安藤さんの病室で2人で色々喋った。 安藤さんはいつもより元気そうで、2人で恋占いや心理テストをやって遊んだ。 彼女は昨日、クラスの子達がお見舞いに来てくれて、上原君も一緒に来てくれたのだと恥ずかしそうに言った。 「早く、学校に行きたいな」 「今は夏休みだよ」 「あ、そっか!」 そう言って2人で笑った。 そして、また明日。と手を振って私は帰ってきた。 安藤さんは笑顔で、またね。と見送ってくれた。 その夜遅く。 安藤さんのお母さんから電話があった。 『裕美、さっき息を引き取ったの。西野さん、本当にありがとうね。裕美と友達になってくれてありがとうね』 私は頭が真っ白になって、安藤さんのお母さんが言った事の半分も覚えていない。 そのまま家を飛び出して自転車に乗った。 パジャマ姿なのも忘れて、私はひたすら病院への道を走った。 嘘。嘘。嘘。 だって、またねって言ったじゃない。 また明日って別れたのに。 一緒に2学期から学校行こうって言ったじゃない。 嘘つき、嘘つき!! 「アアアアアアアアアアアアアアアアアッッッッッッ!!!!!!!!!!!」 私は絶叫しながら自転車をこいだ。絶叫しながら涙を流した。 途中で自転車が溝にはまって転んだ。 誰かが大丈夫?と声をかけてくれたけど私はそのまま自転車に乗って走り続けた。 痛みも感じない。 何も感じない。 安藤さんが死んでしまった。 病院に着くと、安藤さんのお祖父さんとお祖母さんが待っていてくれた。 「こんな格好のまま、走ってきてくれたのね」 お祖母さんが涙ぐみながら私を抱きしめてくれた。 私はお祖母さんにしがみついて大泣きした。 悲しいのか、ショックなのか、自分でも訳が分からず、とにかく涙だけが流れた。 しばらくして父と母が迎えに来た。 そしてそのまま安藤さんの家に連れて行ってもらった。 安藤さんはすでに病院から自宅に帰っていた。 いつもかぶっていた帽子をかぶって、安藤さんは布団で眠っていた。 顔は青かったけど、いつもの安藤さんだった。 手に触ると、まだ暖かかった。 「安藤さん・・・一緒に、学校、行くんでしょ?」 背後で安藤さんのお母さんがわっと泣き出した。 安藤さんの目が再び開くことはない。 そんなことはちゃんと理解していたけれど。 ねぇ、お願い。もう一度笑ってよ。 一度でいいから・・・もう一度だけ、笑ってよ。 お母さんになるのが夢だと言った安藤さん。 上原君が好きだと頬を染めた安藤さん。 いつも笑って、悩みなんて無縁そうな安藤さん。 私はいつも彼女が眩しくて。彼女が羨ましくて。 彼女のことが嫌いだった。 素直で、誰からも愛されて。いつも前向きで。 私の大好きな親友。 彼女はたった17年の、短い人生だった。 安藤さんの葬儀には、大勢の人々が集まった。 私は安藤さんのお母さんに、県の美術展に出品した絵を渡した。 安藤さんが褒めてくれた絵。私たちが友達になったきっかけの絵。 安藤さんが大好きだよって言ってくれた絵。 青い、青い空の日に。 安藤さんは天に昇っていった。 私は、安藤さんに語った夢を叶えようと思う。 安藤さんが褒めてくれたから、きっと大丈夫。 安藤さんみたいに、どんなことがあっても笑顔で乗り切っていけるよ。 ----- 連載小説中なのですが、お盆でしたのでこんなお話を載せてみました。 ちょっと一息。って、全く息抜き出来ない話で申し訳ない^^; お盆になると色々思い出して、ちょっぴりナーバスになってしまうシノルなのでした。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
Aug 18, 2004 08:48:17 PM
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