テーマ:映画レビュー(894)
カテゴリ:スペイン語
本日、メキシコドキュメンタリー映画際の初日。
初回の上映、『ムーシェス:アタシたちの楽園を求めて』に出かけてきました。 職場の友人が朝10時過ぎにチケットを買いに行ってくれたので、整理券番号順入場でも早いうちに入れ、いい席に座れました。 ムーシェスとは、オアハカ州の一部の地域で「ゲイ」のことを指す言葉。 一般のゲイとは違って、彼らは女性であり、パートナーとしては普通の男性を理想としています。 舞台となった町、フチタンは母系社会のため、女性がコミュニティでの生活や活動において主導権を握っています。 そんな中で、ムーシェスは他の地域で後ろめたさを感じながら暮らすゲイと違って、ゲイであることを自然に受け入れて表に出し、女装したい人は女装し、ごく普通に社会に混じって生活しています。 このドキュメンタリー映画ではのびのびと生き、活動するムーシェスたちの自由を謳歌する様子を本人達の言葉で語らせると同時に、社会との軋轢、家族との関係、孤独などの困難や問題についての告白も描いています。 彼らのユートピアを実現できるはずの「楽園」にも、さまざまな障害が存在するという現実を無視しない上で、近代化、グローバリゼーションの波に徐々に飲まれて変わりつつあるメキシコの地方の独自文化をドキュメンタリーの形で保存した映画です。 この回の上映にはスペイン語業界関係者の方がたくさんみえていたので各方面の知人にもたくさん遭遇しました。 その大きな理由は、この場にはこの映画の監督が来ていて、上映後にインタビュー形式のQ&Aセッションがあったからです。 インタビュアーは私がかつてよりずっと尊敬している現早稲田大学教授の野谷文昭先生。 この映画の字幕を担当し、今回のフェスティバルの主催者の一人を務められた比嘉世津子さんが通訳でした。 インタビューの内容は、野谷先生らしく、いきなり映画の中身に触れず、まずは監督が他の作品や監督から受けた影響について、また、メキシコ映画史の流れのなかにおけるドキュメンタリー映画という観点からこの映画が持つ意義について問い、その後映画の中で用いられたモチーフやテクニックについてなどの話に入っていきました。 途中で出てしまったので、最後まで聞けなくて残念でしたが… このフェスティバル、今週いっぱい渋谷のユーロスペースでやっていて、他にも面白そうなドキュメンタリー映画をやっていますので、フィクション映画に出てくるのとは違った顔のメキシコの現実の一端を見るには格好の機会かと思います。 興味のある方はお出かけください。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
October 14, 2006 10:36:50 PM
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