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馬小屋の馬達は静かに眠っていた。
一人、ぽつんっと馬小屋の中央で立つリィティールは上から差し込む月明かりを見てい た。念願の騎士への道を歩きだしたというのに心は浮かない。 仮試合が終わった直後の手合せしていた同期の彼らの嫉妬にも似たあの表情がリィティー ルの脳裏に張りついて離れない。 『どうしてあんなチビが…』 すれ違いざまに聞いた言葉が再びよみがえる。 「…はぁ」 人知れずため息をつく。 その声に一頭の馬が目を覚ました。人にならされた馬なため驚く事もなく一声いなないた だけだった。 「…起こしちゃったか…ごめんな」 リィティールは起きた馬の鼻筋を撫でてやる。するとうれしそうに鼻筋をリィティールの 顔にすり付けてきた。 「…ありがとう…勇気が出たよ」 もう一度、馬の鼻筋を撫でてやるとリィティールは馬小屋を出た。厩舎へ戻る道をゆっく り歩いていた。 「やぁ…リィティール・ガルディバス君。久方ぶりですね」 目の前の暗闇から突然、声がした。 「!?」 リィティールは大声で叫びそうになるのを必死で堪え、前を見据えた。 「驚かせてしまいましたか…それは申し訳ない」 ぼぅっと徐々に姿が見えるようになってくる。目の前に立っていたのは朝方に出会ったエ サノアであった。 「どうしてここに?」 リィティールは率直に聞いた。真夜中の厩舎付近といえど王宮の敷地内である。忍び込む にもそう易々とはできないだろうし、かといって入隊式の日に謁見の許可など得れるわけ がない。 「ちょっと国王に呼ばれましてね。入城の許可はありますよ」 相変わらず黒ずくめな彼はにこやかに笑う。 「夜に…ですか?」 「謁見は先程終わりました。夜も遅いので翌日まで滞在の許可を貰ってちょっと寝付けな くてぶらぶらしてたんですよ」 「あまり…うろつかないほうがいいんじゃないですか?」 見るからに怪しい姿のエサノアにリィティールが忠告する。 「それはお互い様ですよ、リィティール。それよりも少し話をしませんか?先程はあなた の父上に邪魔されてしまいましたから…」 そういうとエサノアは傍にあったベンチに腰掛けた。 しぶしぶリィティールも隣に座る。 『…』 お互い黙ったまましばらく時間が経つ。 「今日の試合、すばらしかったですよ。お強いんですね」 先に口を開いたのはエサノアだった。 「…それほどてもないですよ…」 抑揚のない声で呟く。 「あまり嬉しそうじゃないですね」 俯いた顔を覗き込むようにリィティールを見るエサノア。 「勝つことは嬉しいことでしょう?」 「勝ったことで年下の僕が個室を割り当てられて…年長者達が…」 はぁっとため息をつき、空を見上げた。 「ほっときゃいいんですよ。実力の差というもんですよ」 気にしないでいいですよ、とエサノアはリィティールの肩を叩く。 「あ、魔法使いとは一般的に言えば不思議な力を使える人たちの事を言うんですよ。持ち得る知識も豊富で…でも偏屈な人が多いと言われています」 僕は違いますけどね、とエサノアは付け加えた。 「リィティールは騎士一族で有名な家のご子息であなたも剣の道を選んだ、しかもその若 狭で…何故ですか?」 唐突に投げ掛けられた質問にリィティールはきょとんとエサノアの顔を見つめた。 「どうして…気付いたときには剣を握って…父は僕を近衛隊に入るよう僕に毎日のように 言ってたし…それが当たり前だと僕も思ってた…理由なんて…特にはない…」 考えたこともない問いにリィティールは戸惑いを隠せない。 「僕は…これ以外やりたいこともないからこれでいいんだ」 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2007.01.05 21:12:59
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